第21話 鬼想い②
鬼頭さんはすぐに仕掛けた。拳を構え、腰を落として地面に一歩踏み込むと、足元のレンガが砕ける。その踏み込みをバネにするように、垂直に日和さんの方へ飛びかかった。
飛びかかってきたタイミングで、日和さんが剣を大きく横に振る。しかし、鬼頭さんの力に押されてしまい、目の前で吹き飛び、背後に吹き飛ばされる。
そして公衆トイレの外壁に押しつけられてしまった。
「うあ”っ!」
壁は凹むようにひび割れる。そこにすかさず鬼頭さんはまた殴りかかる。
「日和さん!」
僕は思わず名前を叫んだ。それに答えようと、日和さんは剣に紫の光をまとわせる。
壁に背をつけたまま、大きく剣を縦向きに振りかぶった。だがその剣を鬼頭さんは、ガンッ! と硬い音をたてながら、片腕で受け止めてしまった。
な、なんで剣を素の腕で止められるんだよ……
皮膚が硬過ぎて刃が通っていない。まるで、腕が武器のようだ。
「はあああ!!」
日和さんは剣にエネルギーを出力しているようで、剣から発生する光が増していく。
「このっ!」
鬼頭さんはそんな日和さんの顔を鷲掴みすると、壁を壊すように横へ引きずりながら、グラウンドの方へ投げ飛ばしてしまう。
「うああっ!!」
日和さんは砂の地面の上に転がるように打ち付けられた。
身体中の痛みなんてどうでもいい。
僕は自身の痛みを耐えながら何とか立ち上がり、彼女の元へ近づこうと走り出す。
しかし倒れる日和さんの前には鬼頭さんが仁王のように立ちはだかる。そして彼女のことを強く踏みつける。
「オレはっ、女をいたぶってもっ、昂らねーんだよ!」
そして思い切り蹴りつけ、日和さんの身体は軽々と飛ばされてしまった。
「やめろ!」
それを見て耐えられず、僕は鬼頭さんの前に走って回る。少しでも攻撃を止めたいと思った。
鬼頭さんの武力には適わない。ただの人間が、異次元の力によって強化された相手を抑えられないことを、僕自身も理解している。
それをわかっていても、彼女が一方的に攻撃を受けている様を見るのは辛かった。
「おいおい、邪魔すんなよ。お前の相手はこのあとたっぷりしてやるからよ」
「だ、誰が、あなたの相手にもるもんか!」
「お前、子供じゃねーんだからよ、ここどいてろよ。今のオレがお前を殴ったら、確実にお前は死ぬぞ。木端微塵になるかもな。わかんだろ?」
「それでもいい。このまま何もできずに日和さんがただやられるところを見てるよりはいい。何もしないで腐ってるよりはましだ!」
「なんて愚鈍な!」
胸ぐらをつかまれる。鬼の形相を眼前に近づけてきた。
「オレはな、何もお前を殺したくはねーんだ。ただただお前をいたぶって、弱い顔をオレにだけ見せてほしーんだよ」
「そんなの、あなたの性癖、自分勝手な欲望だ」
「ああそうだ、だからあいつをぶっ殺して無理やりにでもオレのもんにしてーんだ。オレは自分勝手だならなあ」
「たとえ、日和さんが殺されても、僕はあなたに心移りなんてしない!」
「んなの、力ずくで分からせるっての」
そして赤い肌に顔を寄せられ……
「むかつく顔しやがって」
また痛めつけられる。そう思って目をぐっと閉じて、身構えたが。
唇に、硬くて、でも柔らかい、矛盾した感覚がくっつく。
キスだ。
「んっ!?」
しかも、舌をねじ込んでくる。
苦い。たばこを吸う人の味。そこにアルコールもある。そんなドロドロとした舌がねっとりと、脳を犯そうとしてくる。
両手で鬼頭さんを押すも、まったくもってビクともせず、ただ無理やり接吻が続く。
そのとき――
「その、汚れた唇を離せっ!!」
それは流星のように飛んできた。
光る剣が粒子を放ちながら飛んできて、鬼頭さんの横腹を刺した。
「うあ”あ”っ!?」
硬い皮膚に剣の先が刺さり、鬼頭さんは僕を離して後ろずさる。
「星也くん!」
僕を背後から抱き着く。硬い甲冑越しに優しく抱きしめられる。
鎧があると、胸の感覚が味わえない……
「ごめんなさい、私が弱いばかりに」
「弱いなんてそんな」
「くそっ!」
鬼頭さんは腹部に突き刺さった剣を投げ捨てる。腹部からは血が流れるが、しかしまるで切り傷のように出血が少ない。
「おとなしく伸びとけよ! いいところを邪魔しやがって!」
「何がいいところよ! 全部あなたの独りよがりじゃない!」
僕に抱きついたまま言い返す。
日和さんの声は、今までに聞いたことがないくらいに低く、憤っている。
「なによ、弱い顔を見せてほしいって。それでこんなにひどいことをしたの? そんなの最低じゃない! 星也くんの気持ちを無視して一方的に自分の好きなように傷つけて、ストレスのはけ口にして。こんなところに愛なんてない。相手のことを思いやらない人なんて、相手が誰であっても恋人になれるわけがないでしょ!」
「な、なっ……」
鬼頭さんは言葉が出なくなったように、口を開きながらこちらを見つめる。
今までの日和さんは、優しくて穏やかな印象のあった。そこからは想像つかないほどに感情的だ。
いや、一昨日だって僕は目撃したじゃないか、彼女の殺意むき出しの感情を。
「うるせえ……」
途端に、空間が揺らいだ。
鬼頭さんの周りの空気が揺れて見える。鬼頭さんの身体から蒸気が噴き出している。
怒りがにじみ出ている。
「オレだってなあ、好きな人に、自分の弱いとこも見せてえ。人に見せられねえ弱みを見せてえし、甘えてえし、慰めてほしーんだよ。そうやって、弱みを見せあう恋人になりてーんだ!」
「やっぱり、あなたは一方的な欲望を押し付けている。私は、そんなあなたを許せない」
日和さんは僕を離す。
「ここから離れて。決着をつけるから」
力のこもった本気の声。怒りに満ちた感情だ。
僕は素直に、日和さんの後ろに下がった。




