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歪んだ性欲

霊が見えるようになってからの由紀の世界は、終わりのない悪夢だった。



登下校中の雑踏、コンビニの片隅、そして自分の部屋。


どこにいても、彼らの「澱」が視界を侵食してくる。

彼らは由紀の不安や恐怖に反応し、その数と濃度を増していくようだった。


彼女は、蓮が与えてくれた「毒」が足りないのだと確信していた。


自分はまだ、彼に染まりきれていない。


中途半端に「見える」だけの脆弱な存在だから、この世界を汚す影たちに怯えなければならないのだ。


 ――もっと深く、彼の深淵を飲み込めば。

 ――もっと彼と混ざり合えば、この醜い視界も、彼と同じ「掃除の眼」に変わるはずだ。



放課後の静まり返った境内。


由紀は、掃除を終えて手を洗う蓮の背中に、すがりつくようにして跪いた。



彼女の目元には隈ができ、唇はカサカサに荒れている。アイドルだった頃の面影は、もはや幻のようだ。


「……蓮くん。お願い、もっと私を、壊して」


由紀の声は震えていた。彼女は蓮の背中に額を押し当て、懇願する。


「私、もう見たくないの……。あの、黒いものたちが、私を笑うの。蓮くんみたいに、それらを『掃除』する力が欲しい。……私の全部を使って、あんたの力を、もっと頂戴」



彼女は、自分の身体を差し出すことが唯一の「対価」だと理解していた。


彼のような冷徹な存在が、自分に無償の力をくれるはずがない。ならば、自分に残された唯一の価値であるこの肉体を、彼という深淵を埋めるためのにえにするしかない。



「……身体で、教えてよ。……あんたと一つになれば、私も『掃除』ができるようになるんでしょ?」



彼女の提案は、もはや常軌を逸した取引だった。それは、蓮という「真空」に対し、自ら飛び込んで消滅しようとする蛾の衝動に似ている。


蓮は、蛇口を閉め、ゆっくりと振り返った。 


彼の瞳には、由紀の切実な願いに対する憐憫も、肉体的な欲望も、一片たりとも浮かんでいない。


彼は由紀を「少女」として見てはいない。ただ、自分のエネルギーを過剰に受け入れ、自壊しかけている「欠陥品」を観察しているだけだ。



「……それをすれば、お前は壊れるぞ」



蓮の声は静かで、警告というよりは、実験の予測を述べるような無機質さだった。


彼にとって性交渉とは、愛の確認などではない。


純粋なエネルギーの移譲であり、器である人間には負担が大きすぎる、極めて危険な行為に過ぎないのだ。



「いいの……」



由紀は、壊れた人形のような笑みを浮かべた。



彼女はもう、自分が壊れることを恐れていない。むしろ、蓮にすべてを奪い去られ、彼の所有物として完全に作り変えられることを熱望している。



「……壊れてもいい。……あなたの色に染まるなら、この視界も、私の心も、全部、あなたが決めて。……私の中のものを、全部、あなたが掃除して」


由紀は彼に這い寄り、その膝に顔を押し付ける。


彼女の瞳は潤み、かつてのアイドルとしての打算もプライドも、すべてがドロドロに溶け出していた。


蓮は、その様子をしばらく無言で見下ろしていた。やがて彼は、ため息をつくこともなく、ただ淡々と、彼女の顎を指先で持ち上げた。



「……望む通りにしろ。その代わり、消えてなくなっても文句は言うな」



その同意は、あまりにも冷淡で、残酷だった。


しかし、由紀にとっては、それが人生で最も甘美な許諾きょだくに聞こえた。



境内の静寂の中、二人の歪んだ儀式が始まろうとしている。



由紀は、自分を失う恐怖と、彼に支配される悦びの狭間で、震える唇で彼のシャツの裾を掴んだ。



この先に待っているのが、力の覚醒なのか、あるいは魂の完全な消滅なのか、彼女にはもうどうでもよかった。



ただ、彼という「深淵」に飲み込まれることだけが、今の彼女の唯一の救いだった。



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