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才色兼備で文武両道のはずが、気づけば悪役令嬢の席に座っていました  作者: 渚月(なづき)
第2章

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第17話 静かな告白

セレナが去ってから一週間。返事はまだ来ない。待つ時間は、いつだって一番長い。


支所の仕事は変わらず続いている。伝票を処理し、書簡を書き、在庫を確認する。日常の中に、非日常の緊張が混じる日々。


伝票を処理し、書簡を書き、在庫を確認する。だが最近は、仕事の合間に窓の外を見る時間が増えた。


リンデの街並みは季節とともに少しずつ変わっている。街路樹の葉の色が変わり、市場に並ぶ果物の種類が変わり、旅人の服装が厚くなっていく。この街に来てから、もう季節が一つ巡ろうとしている。


セレナからの返事を待ちながら、わたしは自分の中の焦りと闘っていた。動きたい。


進みたい。だけど今は待つ時だと、頭では分かっている。


カイが以前言ったことを思い出す。「動くべき時と、動かない時がある」と。今は後者だ。


動きたい。進みたい。


だけど今は待つ時だと、頭では分かっている。カイが以前言ったことを思い出す。


「動くべき時と、動かない時がある」と。今は後者だ。待つことも、戦いの一部だ。


ある晩、閉所後の支所でいつものように茶を飲んでいたとき、カイが不意に言った。


「お前、最近寝てないだろう」


図星だった。夜になると考え事が止まらず、眠れない日が続いていた。


「少し、考えることが多くて」


「考えすぎだ。──お前が一人で抱える必要はない」


「カイさんには十分助けてもらっています」


「そういう話じゃない」


カイの声が、いつもより低かった。茶の杯を机に置き、わたしを真っ直ぐに見ている。


茶の杯を机に置き、わたしを真っ直ぐに見ている。いつもの無表情ではなかった。


眉間にわずかな皺が寄り、口元の線がいつもより深い。心配しているのだ。それが顔に出るほどに。


「お前が倒れたら、俺が困る」


言い方が不器用だった。だけど、その不器用さの裏にある感情は、わたしにはもう分かっていた。


カイは不器用だ。言葉で気持ちを伝えるのが苦手だ。


だけど、その不器用さの中に、誠実さがある。飾らない言葉だからこそ、嘘がない。


「……ありがとうございます」


「礼じゃない。──少し、外を歩かないか」


支所を出ると、夜風が心地よかった。星が見えている。リンデの夜は静かで、遠くから酒場の笑い声がかすかに聞こえるだけだ。


二人で石畳の道を歩いた。目的地はなく、ただ並んで歩く。


カイは歩きながら、ぽつりと話し始めた。


初めて聞く話だった。カイが自分の過去を語ることは、ほとんどない。わたしにだけ話してくれているのだと気づいて、胸が温かくなった。


わたしにだけ話してくれているのだと気づいて、胸が温かくなった。カイにとって、過去を語ることは心を開くことと同じだ。


無口な人間が言葉を選んで話してくれる。その一語一語が、宝石のように重い。


「孤児院を出て、最初に雇われた先で、ひどい目に遭った。給金を踏み倒されて、路頭に迷った」


初めて聞く話だった。カイが自分の過去を語ることは、ほとんどない。


「そのとき、通りかかった商人が飯をおごってくれた。理由は訊かなかった。ただ、「腹が減ってるだろう」と言っただけだ」


カイの声は淡々としていた。けれど、その記憶を大切にしていることは伝わってくる。


「あのとき助けてもらわなかったら、今の俺はいない。だから──」


カイが立ち止まった。わたしも止まった。


「お前のことも、放っておけない」


月明かりの下で、カイの横顔が見えた。無表情ではなかった。今までに見たことのない、静かで、真剣な表情。


わたしは何も言えなかった。言葉が見つからないのではなく、言葉にしてしまうのが惜しかったのかもしれない。


代わりに、半歩だけカイに近づいた。肩が触れるか触れないかの距離。


夜風がわたしたちの間を通り抜ける。カイの体温を、風を通して感じた気がした。


言葉はいらなかった。この距離が、今の二人にとってちょうどいい。


近すぎず、遠すぎず。確かに、隣にいる。


カイは動かなかった。離れもしなかった。


夜風がわたしたちの間を通り抜ける。カイの体温を、風を通して感じた気がした。


言葉はいらなかった。この距離が、今の二人にとってちょうどいい。


二人でしばらく、同じ星を見上げていた。


リンデの夜空は、王都よりもずっと星が多い。前世で見た星空とも違う。


この世界の星座は知らないけれど、綺麗だということだけは分かる。カイも同じ星を見ている。それだけで、十分だった。



翌朝、セレナからの書簡が届いた。


封を切る手が震えた。


中には、たった一行だけ書かれていた。


『証言する。日時と場所を指定してほしい』


──天秤が、動いた。


翌朝、出勤すると、カイが先に来ていた。いつもより少し早い。


机の上に、二つの茶が用意されている。一つはわたしの分だ。


いつから用意してくれるようになったのだろう。気づけば、それが当たり前になっていた。


当たり前の中に幸福がある。前世ではそれに気づかなかった。この世界で、ようやく分かった。


カイは茶を飲みながら、昨日のことには一言も触れなかった。夜の散歩も、星空も、肩が触れた距離も。


何事もなかったかのように書類を開き、仕事を始めた。わたしも同じようにした。


だけど、二人の間の空気は確かに変わっていた。以前より柔らかく、以前より近い。


言葉にしないからこそ、壊れない。そういう距離感を、わたしたちは少しずつ学んでいる。


午後、ヴェルナーからの書簡が届いた。告発のための理事会の日程が固まったという。


来月の十五日。あと三週間。


その日に向けて、最終的な資料の整理を始めなければならない。セレナの証言の打ち合わせも必要だ。


やるべきことが山積みだが、不思議と気力は満ちていた。カイがいる。


マルタがいる。ヴェルナーがいる。


セレナもいる。一人ではない。それだけで、山は登れる。


セレナが決断してくれた。壁の向こう側から、自分の意思で出てきてくれた。


その勇気を、わたしは一生忘れない。あの庭で花に触れていたセレナの手が、今度は証言のためにペンを握る。


人は変われる。環境に縛られていても、自分の意思で鎖を断ち切ることができる。


わたしがそうだったように。マルタの宿で品書きを書いた夜から、少しずつ、だけど確実に。

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