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才色兼備で文武両道のはずが、気づけば悪役令嬢の席に座っていました  作者: 渚月(なづき)
第2章

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第16話 壁の向こう側

セレナからの書簡は、丁寧な文面だった。「商会の発展について意見交換をしたい」という名目で、リンデ支所への訪問を申し入れてきている。


表向きは友好的。だが、タイミングが不自然すぎる。こちらが証拠を揃え、告発の準備を始めた矢先に、ドルーク家の代理人が乗り込んでくる。


こちらが証拠を揃え、告発の準備を始めた矢先に、ドルーク家の代理人が乗り込んでくる。偶然ではない。どこかから情報が漏れているのか、あるいはセレナ自身の勘が鋭いのか。


「探りだ」


カイが言った。わたしも同意見だった。


「断りますか」


「断れば怪しまれる。受けた方がいい。──だが、何を見せて何を隠すか、あらかじめ決めておく必要がある」


カイと二人で対策を練った。調査に関する資料はすべて支所の外に移す。


わたしの経歴に関わる書類も隠す。セレナに見せるのは、通常業務の範囲だけ。


三日後、セレナがリンデに来た。


馬車から降りたセレナは、王都で見た時と同じ優雅さだった。薄紫の瞳が、支所の建物を見回す。


「小さな支所ね。でも、よく整っている」


カイが応対し、わたしは書記として同席した。セレナは巧みに会話をリードし、支所の業務内容や取引先について質問した。一つ一つは無害な質問だが、組み合わせるとかなり詳細な情報になる。


支所の業務内容や取引先について質問した。一つ一つは無害な質問だが、組み合わせるとかなり詳細な情報になる。


前世の取材を思い出す。優秀な記者は、核心を直接訊かない。


周辺から固めて、相手が自ら核心に触れるよう誘導する。セレナも同じ手法を使っている。


わたしは議事録を取るふりをしながら、セレナの質問の意図を分析していた。彼女が探っているのは、支所の業務ではない。わたしだ。


昼食を挟んで、午後。セレナがふいにわたしに話しかけた。


「レティ。少し二人で話せないかしら。女同士の方が気軽に話せることもあるでしょう」


カイが一瞬わたしを見た。断るべきか。だが、ここで断れば不自然だ。


「もちろんです」


支所の裏庭に出た。小さな庭だが、マルタがくれた種から育てた花が咲いている。


花の名前は知らない。だけど、赤と白の小さな花がリンデの風に揺れている。わたしがこの街に根を下ろした証のような花だ。


セレナは花を眺めながら、穏やかな声で言った。


「あなた、本当にただの書記なの?」


「……はい」


「嘘が下手ね。あなたの所作、教養、判断力。どれも「ただの書記」ではないわ。──グランヴェール家の人間でしょう」


空気が凍った。直球だった。もう隠す余地がない。


もう隠す余地がない。だが、ここで動揺を見せれば負ける。


前世で、面接の最後に予想外の質問を投げられたときのことを思い出す。あのとき先輩が教えてくれた。


「想定外の質問こそ、正直に答えろ。嘘はすぐバレる」と。


だが、わたしは逃げなかった。


「……そうです。レティシア・グランヴェールです」


セレナの表情が変わった。微笑みが消え、代わりに複雑な何かが浮かんでいる。


「やっぱり。あの日、会議で見たとき、気づいていたの。幼い頃に一度だけ会ったことがある。叔父の屋敷で。あなたのお父様と一緒だった」


幼い頃の記憶。レティシアの記憶の中に、薄くだが残っている。


大きな屋敷の広間。父に手を引かれていた。そして──同じくらいの年頃の、紫の瞳の女の子。


「覚えています。……少しだけ」


セレナは庭の花を一つ、指先で触れた。


「叔父のしたことは、知っているわ。あなたのお父様のこと。領地のこと。全部」


心臓が痛いほど鳴っていた。


「知っていて、何もしなかったのですか」


「できなかった、と言えば言い訳になるわね。叔父は家長で、わたしは姪に過ぎない。逆らえば、わたし自身が排除される」


セレナの声には、怒りでも悲しみでもない、もっと乾いた感情が混じっていた。諦めに近い何か。


「でも──あなたが生きていて、ここまで来たことは、予想していなかった。叔父も予想していないはずよ」


「セレナさん。わたしは、ドルーク家の当主がしたことを告発するつもりです」


正面から言った。隠す理由はもうない。


セレナは長い間、黙っていた。風が花を揺らした。


マルタがくれた種から育った花が、風に揺れている。わたしがこの街に根を下ろした証だ。


この花が咲くまで、どれだけの水をやり、どれだけの日差しを浴びたか。人も同じだ。花が咲くまでには、時間がかかる。


「……わたしに、何を求めているの」


「証言です。ドルーク家の内部を知る人間の証言があれば、告発の信憑性が格段に上がります」


「叔父を裏切れと?」


「真実を語ってほしいと、お願いしています」


セレナの薄紫の瞳が、揺れた。長い沈黙。風の音だけが庭に響いていた。


「……考えさせて。今すぐには答えられない」


それは拒絶ではなかった。完全な拒絶なら、もっと早く切り捨てている。


セレナの目には、葛藤があった。叔父への忠誠と、自分自身の良心。


その二つが、彼女の中で戦っているのだ。わたしにできるのは、待つことだけ。答えを急かせば、逆効果になる。


その二つが、彼女の中で戦っているのだ。わたしにできるのは、待つことだけ。


答えを急かせば、逆効果になる。セレナもまた、この状況の被害者なのかもしれない。


ドルーク家の名前に縛られ、叔父の意向に従わざるを得ない立場。わたしがグランヴェールの名前に苦しんだように、セレナもまたドルークの名前に苦しんでいる。血筋という鎖は、わたしたち二人を別の形で縛っていた。


「待ちます」


セレナは馬車で去っていった。見送りながら、わたしはカイの隣に立っていた。


「どうだった」


「壁の向こう側にも、閉じ込められている人がいました」


カイはわたしの横顔を見た。何か言いかけて、やめた。


代わりに、そっとわたしの肩に手を置いた。ほんの一瞬だけ。すぐに離した。


その一瞬の温もりが、長く残った。


セレナを見送った後、裏庭に一人で立っていた。花が風に揺れている。


マルタがくれた種から育った花だ。小さな花だが、根は深い。


わたしもそうありたいと思った。どんな嵐が来ても、根を張って立っていられるように。そして──セレナにも、自分の花を咲かせてほしいと、不思議とそう願っていた。


カイが裏庭に来た。わたしの隣に立ち、花を見た。


「マルタの種か」とカイが言った。「はい」と答えた。


カイは花に手を伸ばし、一輪だけ指先で触れた。そっと、壊さないように。その仕草が、普段の無骨なカイとは似合わなくて、だからこそ胸が温かくなった。


──セレナの答えが届くまで、あと何日かかるか分からない。だが、今はそれを待つしかない。

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