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才色兼備で文武両道のはずが、気づけば悪役令嬢の席に座っていました  作者: 渚月(なづき)
第2章

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第13話 味方の条件

交流会は、本店の大広間で開かれた。商会の取引先や出資者が一堂に会し、酒と料理と社交辞令が飛び交う。華やかだが、その裏には利害と思惑が渦巻いている。


前世の取引先との懇親会を思い出す。笑顔の裏で腹の探り合い。


酒を飲みながら情報を引き出す。あの経験が、こんなところで役に立つとは。わたしはグラスを傾けるふりをしながら、耳を澄ませていた。


笑顔の裏で腹の探り合い。酒を飲みながら情報を引き出す。


あの経験が、こんなところで役に立つとは。わたしはグラスを傾けるふりをしながら、耳を澄ませていた。


わたしはカイの傍で、できるだけ目立たないように立っていた。書記として記録を取る姿勢を崩さず、しかし耳だけは周囲の会話に向けている。


セレナ・ドルークは会場の中心にいた。取り巻きに囲まれ、優雅に会話をしている。


わたしとは目を合わせない。昨日の接触が探りだったのか、単なる社交だったのか。まだ判断がつかない。


だが一つだけ確かなことがある。セレナはわたしを「ただの書記」だとは思っていない。あの薄紫の瞳には、探る光がある。


交流会が半ばを過ぎた頃、一人の男性がカイに近づいてきた。長身で、整った銀髪。


年齢はカイより少し上だろうか。穏やかな笑みを浮かべているが、目に知性の鋭さがある。


「カイ支所長。リンデ支所の報告、見事だった。不正の対処も再建の手際も、なかなかできることではない」


カイが軽く頭を下げた。


「恐れ入ります。──失礼ですが、お名前を伺えますか」


「ヴェルナー・クラウス。本店で商務を預かっている」


クラウス。その名前は、本店の資料で見たことがある。


商務の責任者で、商会の実務を統括している人物だ。いわば、ヴァイス商会の実質的な司令塔。


ヴェルナーの手は商人の手だった。指先にインクの染みがあり、爪は短く切り揃えられている。


書類を扱い、計算をし、自分の手で仕事をする人間の手だ。信用できるかどうかは分からない。だが、少なくとも自分の手で働く人間であることは確かだった。


ヴェルナーはわたしに目を向けた。


「そちらの書記は?」


「レティと申します」


「ああ、リンデ支所の有能な書記。グレイルから話は聞いている」


グレイル監査部長から話が──。ということは、ヴェルナーはわたしの告発のことも知っているのか。


「少し、二人に話がある。場所を変えてもいいか」


カイがわたしをちらりと見た。わたしは小さく頷いた。


会場の隅にある小部屋に移った。ヴェルナーは扉を閉め、穏やかな笑みのまま切り出した。


「単刀直入に言う。グレイルの報告で、リンデ支所の件は本店でも話題になった。不正を発見し、監査官の出来レースを見抜き、本店に直接告発した。──その判断をしたのは、レティ、君だね」


隠す意味はない。


「はい」


「そして君の本名は、レティシア・グランヴェール。没落貴族の令嬢だ」


息を吸った。カイが一歩、前に出た。わたしを庇うように。


ヴェルナーは手を上げて制した。


「敵ではない。むしろ、味方になりたいと思っている」


「……味方、ですか」


「ドルーク家のことを調べているだろう。商会の資料へのアクセス記録は本店で把握できる。グランヴェール家の旧領地に関する資料を重点的に閲覧していたね」


見抜かれていた。情報へのアクセスそのものが、監視対象になっていたのだ。


「弁解は──」


「必要ない。私も、ドルーク家のやり方には疑問を持っている。彼らの影響力が商会の中で大きくなりすぎている。出資者として適正な範囲を超えた口出しが増えてきた」


ヴェルナーの目が、ここで初めて真剣になった。穏やかな仮面の下に、明確な意志がある。


「私は商会の独立性を守りたい。そのためには、ドルーク家の不正があるなら、それを明らかにする必要がある。──君の調査に、協力したい」


カイが口を開いた。


「条件は」


「証拠が揃ったら、商会の正式な場で告発すること。私的な復讐ではなく、正規の手続きで。それが条件だ」


正規の手続き。それはわたしにとっても望むところだった。


感情ではなく、事実で戦う。それがわたしの方法だ。


感情ではなく、事実で戦う。それがわたしの方法だ。


私的な復讐ではなく、正当な場で真実を明らかにする。その方が、ずっと強い。


「お受けします」


ヴェルナーが頷いた。


「では、まず一つ情報を渡す。グランヴェール家の旧領地の売却記録に、不自然な点がある。売却価格が市場価格の三割以下だった。これは競売としても異常に低い。──恐らく、入札が操作されている」


三割以下。それはつまり、ドルーク家が意図的に安値で買い叩いたということだ。父の借金を利用して。


指先が震えた。怒りではなく、確信に近い感覚。やはり、すべては仕組まれていた。


「その売却記録は、どこで確認できますか」


「王都の登記所だ。ただし、閲覧には身分証明が必要になる。──没落貴族の名前では、門前払いされる可能性がある」


身分の壁。また、同じ壁だ。


カイが言った。


「商会の業務として閲覧申請を出す。取引先の土地調査という名目なら通る」


ヴェルナーが感心したように目を細めた。


三人の間に、目に見えない同盟が結ばれた瞬間だった。ヴェルナーは商会の独立を守りたい。


カイは正義を貫きたい。わたしは真実を明らかにしたい。目的は違えど、方向は同じだ。


「なるほど。頭の回る支所長だ」


小部屋を出る前に、ヴェルナーが最後に一言だけ付け加えた。


「セレナ・ドルークには気をつけろ。彼女は叔父のアルベルトの忠実な駒だ。そして、見た目よりずっと聡い」


分かっている。あの薄紫の瞳の奥に、何が潜んでいるか。


会場に戻ると、セレナがちょうどこちらを見ていた。微笑んでいる。だがその微笑みが、昨日とは少し違って見えた。


味方が増えた。だが、敵もまた、こちらを見ている。


宿に戻る道で、カイが言った。「ヴェルナーを信じていいと思うか」と。


わたしは考えてから答えた。「完全には信じない。でも、利害が一致している間は味方です」と。


カイは少し笑った。「お前は本当に、商人向きだな」と。褒め言葉として受け取っておいた。


ヴェルナーとの密談を終え、会場に戻ると、すべてが少し違って見えた。知らなかったとき、世界は漠然とした不安の塊だった。


知った今、世界は明確な敵と味方に分かれている。不安は消えないが、形が見える分だけ対処できる。それが「知る」ということの力だ。


宿の部屋で、今日得た情報を紙に整理した。ヴェルナーという新しい味方。


セレナという危険な存在。そしてドルーク家の影響力の大きさ。


敵は想像以上に強大だ。だが、味方もまた増えている。天秤は、まだ揺れている。


だが揺れているということは、まだどちらにも倒れていないということだ。わたしたちが証拠を積み上げ続ければ、天秤はこちらに傾く。


ドルーク家が何もしなければ──だが、何もしないはずがない。向こうも動く。


その動きを先読みし、備える。それが次の仕事だ。

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