04
通学用の馬車留めへ続く道の脇の広場に、王子の声が朗々と響いた。
「聖女セラフィナよ、そなたは私の婚約者であろう。やむを得ない時もあろうが、婚約者以外の異性と親し気に会話するのは無作法ではないだろうか。異性との接触は必要最低限にとどめるべきであることなど、貴族の常識だろう。それから必要以上に愛想を振りまくのは相手に気を持たせかねない。早急に改めるように」
……なんか、ちがくない?
帰宅しようと馬車留めに向かっていた貴族も、正門へと歩いていた平民も、足を止めて内心で一斉にツッコんだ。
「アルベルト殿下……ご存知とは思いますがわたくし聖女ですの。業務の関係上、異性を排除することも無愛想な対応をすることも、妨げにしかなりませんわ。それと殿下と婚約しているわたくしは、現在準王族ですのよ。わたくしの社交能力に難があるなど大問題です。意味の分からない難癖はおやめください」
王子のいちゃもんとしか思えない言い分に、いつもの柔らかい愛想を捨てたセラフィナが冷たく言い放った。
聞いたことのない声音に周囲が肩を震わせる。
今回は近い距離にいたリリアには、セラフィナが美しく冷笑する様までハッキリ見えた。
ゲームでは悲しそうに眉を下げる気弱な聖女の姿か、怒りと憎悪に塗れた哀れな魔女の姿しか見れなかった。
こんな蔑みを浮かべた笑みなど想像したこともない。
でも正直に言おう。
めちゃくちゃ似合っている。
この子こういう方面での魅力もあったの? 一粒で二度美味しい! みたいな謎のお得感。
(とりあえずゲームとは全然違うキャラなのは確定かな?)
学園生活の傍らこっそり普段の様子もうかがっていたが、ゲームのシナリオとは全く様子が異なっていた。
気弱でも自己犠牲精神に追い詰められてもいなければ、皆に誤解されたり悪意を向けられていることもない。
むしろ嬉々として立ち向かい、打破していくタイプに見える。
(ゲームシナリオのような悲惨な展開になるくらいなら、こっちの方がいいわ)
入学前の必死のレベリング作業が無駄になることよりも、悲しい事件が起きない方がリリアはよっぽど嬉しい。
ふと体から余分な力が抜けた気がした。
ああ、ずっと肩に力が入っていたんだなぁとやっと気が付いた。
いつからって、多分事故の日からだ。
未来に起こりうる最悪の可能性を知って、それを止められるのが『リリア』で、たとえ『リリア』がいなくとも止められるとしても最大の対抗策であることには変わりなくて……
(知らないふりをしていたけれど、本当は私ずっとプレッシャーを感じていたのね)
だから未来を変えられる予感がするだけで、こんなにも心が弾む。
先ほどよりも余裕がでたリリアはそっと周りを見回して、やや離れた位置でうずくまる人影に気が付いた。
王子たちのやり取りに驚いて縮こまっているのならともかく、体調不良なら問題だ。
傍らで続く、意見の応酬のようでいて痴話げんかにしか聞こえないの彼らの邪魔をしないよう、リリアは静かに離れて人影に近づいた。
近くまで寄っていく途中で先に男性が傍に立ち、話しかけているのが見えた。
リリアからは後ろ姿だったので判断がつかず、知り合いかと少し様子見で立ち止まると、うずくまっていたその人は何やら返事をしたあとに両手で顔を覆ってしまった。
どうにも泣いているように見える。
やっぱり気分が悪いのか、はたまたとリリアは急いで駆けつけ、なるべく優し気に二人に声をかけた。
「そこの方、大丈夫ですか? 気分が優れないのでしたら、私が治療できるかもしれません」
どちらの人物も素性が知れなかったため、刺激しないよう少し離れた位置から丁寧に尋ねる。
声に気付いて振り返った青年の顔と、うずくまる人物の全体図を目にして、リリアは飛び上がりそうになった。
(攻略対象かつ殿下の側近のメガネとショタ枠?! 関わるつもりなかったのに!!)
すらりとした細身に理知的な顔立ちの眼鏡の青年がグラス。
今は顔が見えないが、髪も顔立ちも性格も話し方もおっとり柔らかく癒し担当の少年がティミー。
どちらも腹黒とかの裏設定もなく、見た目通りの性格である。
まあゲームでは嫌いじゃなかったけど、私の推しキャラではないので様子見すらしておらず、遠目では誰か分からなかったのよ。
いやあの聖女が最優先だったし。
関係者なんだから調べとけよとか言われても困るっていうか。
私だって自分の青春のために時間を使いたいのよ!
などと言い訳まじりの反省をしつつ、ここまで来て体調不良の確認をやめるわけにはいかない。
こういう時に、誰かを助けられるように光属性を育てたのだから。
引き下がるのは拒絶されてからだ。
リリアが二人の素性に気付いて一瞬ひるんだものの、下心なく体調を心配している様子に気付いたようで、グラスは警戒心を薄めた。
「君は? 新入生だね」
「はい。平民のリリアと申します。そちらの方が具合が悪そうに見えたため、差し出がましいようですが手助けできればとお声掛けさせて頂きました。不要でしたら大変申し訳ございません」
「平民のリリア嬢……ああ回復魔法に長けた希少な光属性を持つ特待生だね。気にしてくれてありがとう」
希少属性に関わらず、学園性全員の情報を把握していると噂されている通り、サラッとリリアの属性に思い当たるグラスに感心する。
イケメンと関係なく権力者じゃなかったら犯罪臭、とか思うのは前世の現代人感覚なのかしら?
……じゃあ権力者なら当たり前と感じているのが今世感覚なのかも。
それはさておき、だ。
結局そこの小さくなったショタ君、と言っても今は同い年だけど、そのティミー少年は一体どうしたものか。
まだプルプル泣いているみたいなんですけど。
「ああ、すまない、コイツのことだったね。怪我や病気ではないから大丈夫だよ。最近少し精神的なダメージが溜まっていたようだ。要はストレスだね。気が済むまで泣いたら多少なりとも発散するから、しばらく放っておけばいいよ」
にこりと笑って突き放すグラスに、思わずリリアの顔が引きつった。
傍についている以上仲が悪いわけではなさそうだけど、泣くほどストレスが溜まっている相手にだいぶ塩対応な気がする。
反応に困っていると、顔を覆ったままティミーがうめいた。
「先輩ひどいです……ぼくだってこれまで我慢したんです! 色々と思うことろはあっても、年に1度、せめて半年に1度なら微笑ましく見守ることも、フォローに走り回ることも厭いませんよ。でも月に3度は辛いです! それできっとこれからさらに増えるんです……もうムリですよぅぅぅ……」
何に我慢して苦労してきたのか何となく察して、リリアはちらりと元凶に目を向けた。
未だに喧々と言い合いを続けている二人はどことなく楽しそうで。
視線を戻すと二人は静かに頷いた。
アレのフォローを何度もやるのは確かに大変そうだ。
「あれ、でも月に3度?」
確かにリリアは3度遭遇したけれど、入学式してから今日でほぼ2か月なのに? と首を傾げると、とんでもない事実を教えられた。
「学園の観衆の前では今回が3度目だな。彼らは会員制サロンでのお茶会と、王宮の執務室でも同じことをしている。君もよく知る入学式から数えると、今回で5回目だ。落ち着くどころか間隔は狭まっているよ」
え、アレを?
つまり入学式の時はともかく、今日など途中から見るのも聞くのもバカバカしい内容に変わってきたのは、回数をこなしてきたからだと?
絶句するリリアに、静かにグラスは問いかけた。
「君にはどう見える? アルベルト殿下は反撃されて憤っている? 論破されて恥ずかしがっている? それとも生意気な婚約者を疎ましがっているかな? 逆に聖女セラフィナは?」
改めて尋ねられ、もう一度お騒がせな二人を観察した。
片や居丈高に言いがかりを付けては反論され、毎度やり込められているというのに懲りずに突っかかるアルベルト殿下。
普段は穏やかで理性的な、優秀な王子様だと評判もいい。
片や護衛がいるとは言え欠片も権力や暴力に委縮することなく、慇懃無礼に完膚なきまでに婚約者を論破する筆頭聖女セラフィナ。
こちらも普段は優しく慈愛に満ちた、皆に慕われる女性の憧れ。
どちらも『普段』を脱ぎ捨てた姿で全力で相手にぶつかっているように見えた。
聖女は蠱惑的に笑み──王子はよく見ると薄く顔を染めて。
その二人の姿を見てどう思うかって?
「……殿下は罵られて喜んでいるように、聖女は生き生きとしているように見えます」
とても簡単に言うと楽しんでいる、のだろう。
……まさかアレが、彼らなりのスキンシップだと言うのか。
呆然と二人を見つめたままだったリリアの視界に、愕然とした表情に変わっていく人たちの姿が映った。
近くで話を漏れ聞いていた人や、一部の勘のいい人たちは同じ結論に至ったらしい。
よくよく見ると、普段から影のように気配を殺してセラフィナに付いている護衛の青年は悟りを開いたような顔をしていた。
完全に虚無の目だ。
誰よりも近くで見せつけられてきたのだろう……無我の境地に至る姿は、涙を誘った。
「ぼくだってちゃんと殿下に忠誠心はあります! でもバカップルの特殊性癖の尻ぬぐいで仕事が増えるとか……勘弁してくださいよぅ」
現状を再認識したのか、またもさめざめと泣きぬれるティミーに欠ける言葉を失った。
同じ立場のグラスが投げやりな対応になるのも理解した。
でも多分あれは直せないし、治せない。
せめて周りの迷惑にならないよう、二人きりの時に限定できるようになるまで、本人たちが満足して冷静に判断できるようになるまで、しばらくはこのままだ。
ただしその二人きりという状況が、本当の意味で実現するのは結婚後。
それまで側近の二人は逃げることが出来ない。
気が済むまで泣けばいいよ、とリリアを含む周囲は同情した。
でも代わりたくはない。
出来るなら関わりたくもない。
「本当に困った人だこと。視野狭窄もたいがいになさいませ」
「そ、そうだな……」
「いい加減に帰りますわよ、今日は関税についての課題が出ていたはずです。ディナーに遅れないよう早急に処理してしまいましょう」
あちらはそろそろ気が済んだのか、今日の所は切り上げることにしたようだ。
セラフィナの帰宅を促す声に素直に従い、いつかのように並んで歩きだす二人を皆黙って見送った。
声など掛けられるはずもない。
聖女の護衛の青年がちらりとこちらを──正確には側近のグラスたちに目をやり、軽く頷いてから二人の少し後ろについた。
助かります、とこぼしたグラスの様子からして、どうやらティミーの様子を察した護衛が、彼らは王子の馬車に同乗せずに別口で帰宅するよう促してくれたようだ。
さすがの気遣い。
さすが前世の私の推し。
遠目にチラ見で満足です。
だから聖女たちには近づかないと誓います。
今世に仏教はないけれど思わず合掌して見送っていた。
ごめんね、元推し。私は無力です。
とは言え二人の関係が良好ならば、冤罪からの追放闇落ちルートは完全に断たれたも同然だろう。
王都も、私の家族も、今と地元の友達たちも失う未来が来ない。
快哉を叫びたい気分だわ!
だけど叫びたい気持ちはすぐにしぼんだ。
もちろん周りの目が気になるというのもあるが……素直に喜べないのは先ほどの複雑な気持ちを引きずっているからか。
それともここ数年の苦労が、自分とは関係ないところで勝手に解決したからか。
安堵するにはまだ早いと理性がブレーキをかけたからか。
大きな喜びと小さな不安。
そして大きすぎる疲労と無力さに苛まれながらリリアも帰宅するために歩き出した。
万が一を考えて今後も鍛錬は続けることにする。
能力が上がること自体はリリアの将来に利となるだろうし、今さら投げ出す利点は少ない。
だけどちょっとだけ未来に希望を持って、明るい未来を夢見てみてもいいのかもしれない。
歩きながら考えているうちに気分が上向いてきた。
そうよね、ゲームのことを考えすぎても仕方ないわ。
私も『今の私』の人生をちゃんと考えてみよう。
学園生活を楽しんで、推しとは別の好きな人を作って、将来のことを考えて。
そんな風に自分の人生を楽しみたい。
だから。
聖女さまと王子さまは二人で勝手に楽しんでてくださいな。
最後まで読んでくれてありがとうございます(*'▽')
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