03
入学式から約一月。
学園生活を謳歌する生徒たちの前で、再び彼らは騒ぎを起こした。
「聖女セラフィナよ、そなたが身分を笠に着て平民を虐げたという声を聞いたぞ。たしかに学園理念である『学園に属するものは皆平等である』という言葉は身分を疎かにすることとは別物だ。しかし見下していいわけではない。聖女であるそなたなら尚更わかるだろう。慈愛の心で導いていくべきだ!」
昼時の食堂で突然始まった糾弾劇に、周囲は動きを止めて注目していた。
何が始まったのかわからない。
わからないが、始めたのは学内最高権力者である王子とその婚約者である聖女。
無視して移動したり食事の音を立てていいのか、邪魔をするような真似は全て控えるべきかもわからない。
わからないが……ちょっと迷惑。
食堂中にそんな空気が漂うが、本人たちは普段から見られ慣れているせいか周囲のことなど気にしない。
上級生たちはともかく新入生は入学式の記憶が薄れていないので、すわ義憤に駆られた王子の暴走再びか、と緊張を隠せない。
だってこの後の展開が怖すぎるんだもの。
「──たった今アルベルト殿下が仰ったように、聖女とは慈悲と慈愛の心をもって民を守るために存在します。その心得は幼い頃より丁寧に指導され、わたくし共の本質として染み付いております。国の中でもっとも多く、弱く、守るべき民である平民を差別するなど言語道断。神に誓って虐げたりなどしませんわ」
入学式と異なり、その言葉が怒りを内包しているのは聖女たる誇りを汚されたと感じたのだろうか。
いつも穏やかなセラフィナが感情的な反応を見せたことに、皆が驚いた。
「セ、セラフィナ……私は、その、」
「そもそも殿下ともあろう者が噂に惑わされるとは何事ですか。権力者たるもの事実確認を怠ってはなりません。殿下の意向に逆らえる立場の者は少ないのです。もし冤罪で人を陥れるようなことになったらどうするのですか。後から反省して間に合うことと、間に合わないことがあるのだと自覚してくださいませ」
「……ぐ、ぅ」
「先ほどの平民の方との件でしたら心当たりがございます。礼儀作法の講義の際、貴族への礼がうまく出来ず困っている方の手助けをしたことがございます。その方はカーテシー自体が未経験のため詰まっていたようで、その場で助力を望まれて指導に当たりましたの。とても熱心な方でしたので思わず指導に熱が入ってしまった自覚がございます。遠目からは完璧な礼を執拗に強要していたように見えるかもしれませんわね。講義中である点を考慮すれば違った見方も出来たでしょうに……残念なことです」
「……………………」
本当にぐうと言った後にぐうの音も出なくなった王子に、何人もの見物人がしょっぱい顔をした。
大半の生徒は貴族らしく表情を変えなかったが内心は推して知るべしだ。
うちの王家これで大丈夫?
(立て板に水論法は癖なのかしら? 相手の反論を封じつつ機を逃さず一気に叩き潰す戦法に見えるわ。つまり口を開かせたら終わりってこと? ……いやいや怖ぁ)
入学式の時よりもさらに離れた、食堂の片隅から一部始終を見ていたリリアはスプーン片手に戦慄した。
ますます敵にしたくない。
なお彼女の言うところの指導をお願いした平民とは私のことである!
前世知識のお陰で、貴族社会ではカーテシーが必須なことくらいは知っていた。
でも今まで習う場所も使う場所もなく、そもそも現実で目にする機会すらなかった。
だって目上の人に対して行う礼だよ?
お貴族様が平民のいる場で使うわけないじゃんってね。
入学前の鍛錬のお陰でリリアの身体能力はそこそこ高い。
でも運動能力と、規定の動きを正しく再現することは別物なのである。
実際にやってみたらめっちゃ細かいし、想像もしていなかったところがつりそうになったし、ついでに翌日は普段意識しないところが筋肉痛になった。
やって実感、ご令嬢ってすごい。
なのでめちゃくちゃ苦労しているリリアに気付いて声を掛けてくれたセラフィナさまマジ聖女、と思ったのが先週の話だ。
ついでに敵情視察? もかねて指導をお願いしてみたら、細かい指摘はあれど絶対に怒らず、すんごい丁寧に親身に教えてくれて、セラフィナ様まるで女神、と簡単にランクアップしたことは誰にも言っていない。
誰にも、ってそもそも言える相手いるの? とか思ったやつは、人の事を何だと思っているのか。
ちゃんと平民友達いるから。
実家にいたころだけじゃなく学園内にもいるから。
礼儀作法を覚え始めたあたりからは、気さくな下級貴族の知り合いも出来たんだから。
ゲームの恋愛イベントガン無視で、一般生徒らしく学園生活送ってるんですー。
と、誰にともなく脳内の仮想敵に嚙みついている自分に気付いて、ああ動揺してるんだな、と頭の別の部分が冷静に判断した。
だって清楚な聖女様ではなくても、口撃が強すぎても、嫌な人ではないと気付いているのだ。
闇落ちなんてしてほしくない。
打倒なんてしたくない。
王子は前回同様やり込められて落ち込んでいたが、最終的に顔を赤らめて謝罪した。
そのまま共に食堂から立ち去る二人の背中を見つめて、リリアはシナリオからの逸脱を心から望んでいた。
──そんな食堂事件から3週間。
今度は放課後の、通学用の馬車留めへ続く道の脇の広場で、またもやそれは起きたのだった。
最後まで読んでくれてありがとうございます(*'▽')
感想・評価くれると嬉しいです☆




