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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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96/99

魔女はキネマの中 二

「どういう原理で魔女達は扉を見つけたり作ったりするのですか?」

「感覚、としか言いようがないな。貴様たちが群集の中から知り合いを見つける感覚に近いと言えよう」


 分かりやすい例えに小春は納得する。

 灼司からの羽交い絞めから解放された小春は扉に近づき、躊躇いもなく開けた。

 アーベンに案内された時のように裏口世界に足を踏み入れる。

 踏み入れた瞬間、生き物の鳴き声はすべて消え、山風に揺れる木々の音だけしか聞こえなくなった。


「兄さんから話は聞いてたけど、これは驚いた。虫や鳥さえもいないんだね」

「生き物はおらぬ。この世界はこの扉をくぐったものしか生存できぬ構造になっているからな。必然的に魔女か招かれた人間かの二択になるな」


 魔女狩りが世界中で活発に行われていた時期、魔女たちはこの世界で身を潜めながら暮らしていた。

 招かれた人間しか来れないこの世界は魔女たちにとって安寧の場所になっているのは納得のいく話だ。

 話し合いにも最適な場所と言える。ちゃんと話し合いになればいいが。


「してレディ、夜の始祖を呼ぶ手段はあるのか?」

「あります」


 小春は息を吐き、無理やり心臓から糸を引き抜く。

 バッシキも起動させずに無理やり引き抜いているせいか、体が危険信号を示し出す。

 脂汗が噴き出し、糸を引き抜く手が大きく震える。まさか禄士郎の真似事をするということも、無理やり糸を引き抜くことがこんなにも恐ろしく痛いものだと知るなんて思わなかった。

 体の中からはビクトールが、外からは禄士郎の声が聞こえる。


(やめて小春ちゃん!危険すぎるよ!)

「小春ダメだ!そこまでする必要なんて!」


 脂汗が頬を伝って地面に落ちていく。禄士郎やビクトールの言葉に返す余裕もなく、引き抜かれるのを拒む糸を力の限り引き抜き続ける。

 必ずアーベンは現れる。否、引き摺り出してやる。小春はこれから行うことに対して下唇を噛んで気合いを入れた。

 蕎麦をビクトールに食べさせる時に泉に小春はいたが、その泉は夜に染まっていた。

 ビクトールの記憶を共有した小春だから分かる。ビクトールは夜の泉を訪れたこともなければ、月明かりに照らされた水面を見たことがないのだ。

 つまり小春が見てあの泉の景色は()()()のもの。泉で過ごしていたルナーもといアーベンしか知らない景色だ。

 不思議だったのだ。何故、ビクトールの魂が死後百年も保ち続けられていたのか。

 そして何故ルナーが見ていた景色がビクトールの魂の中に存在しているのか。

 恐らくビクトールにも気づけないくらいの小さなアーベンの魂の欠片が埋め込まれていた。


「坊ちゃん、小春を止めんな!覚悟に泥を塗る気かァ!?」

「でも…!」


 きっと禄士郎達に後で怒られるんだろうなと思いながら崩れそうな膝に鞭を打つ。禄士郎達を背に小春は集中を再開した。

 では何故アーベンの魂の欠片があるのか。

 それこそ『ビクトールの魂を保つためのギフトを維持しなくてはならないから』。

 本来ギフトは肉体の再生に作用するもの。魂の維持にギフトが作用するのかは分からない。

 だがアーベンは小春にビクトールの魂を飲み込ませる時、小春にはギフトを施さなかった。ビクトールの『魂』に施していたのだ。

 無理やりだが逆算して考えれば辻褄は合う。

 そしてアーベンの魂の欠片があるということは少なからず今の小春は魔術を扱える可能性があった。

 ビクトールと小春の魂が交わり始めている今、得意武器である短刀を紡ぐことが難しい。

 妖術と魔術の構造が似ているなら今から小春がしようとすることもできる可能性がある。

 輪廻の糸を使って武器を紡ぎ上げることも妖術の一つだ。

 妖力、術者の技量、そして『想像力』が織重ねることで初めて妖術が発動する。そこに術式や精神力が加わると妖術の精度は高くなり、より強力なものになっていく。

 銀座で出会った喫茶店を爆破させた魔女が例にすればわかりやすい。彼女は術を発動させる時、爆発と声に出していた。

 想像を形にする時、声に出すとより頭の中で明確になる。これは妖術を学ぶ際に最初に教わることだ。

 小春は口を開き、腹に力を込めた。


「糸を断裁する…!」


 人差し指と中指を立て、手で鋏の形を作り、引っ張り出した糸に触れようとした瞬間だった。

 汗が滲む小春の手に何かが触れた。それは氷のように冷たく、震える小春の手を包み込んだ。

 顔を上げると視界いっぱいに忘れられない、あの黒い瞳を持った偽善者の顔があった。


「乱暴な人ね。そういうのよくないと思うわ」

「また会えたな、アーベン。よくないならさっさと乱暴者から恋人の魂を引き抜いたらどう?」


 小春はニヒルに笑い、アーベンを睨み返す。

 そんな小春が癪に障ったのか、小春の手を包み込んでいる手に力がこもった。


「あなたのそういう愚かで乱暴なところ嫌いだわ。でも死んでしまえば関係ない」

「やっぱりどこまでも分かり合えそうにないな、私達は。覚悟決めろよ、偽善野郎」

「ふふっ、やっぱりコハルのこと嫌いだわ」


 小春の瞳孔が怒りで開いた刹那。

 灼司が舌打ちを鳴らしながら小春の腰を掴んで掻っ攫い、禄士郎が紡いだ刀でアーベンに斬りかかった。

 だが蝶が舞うようにひらりとアーベンは避け、突如として現れたウルシュが禄士郎の刀を斧で受け止める。

 満月の明かりが小春達を照らし始める。当然だが夜が訪れた。


「小春!オメェ、夜目は利くかァ!?」

「虎じゃないから何も見えねー!心臓も痛い!」

「そりゃあ自業自得だボケェ、あんなこと二度とすんな!」


 優しさも助ける瞬間も完璧な虎である。

 それよりも問題なのはこの月明かりしかない戦場でどう戦うか。ここから話し合いで解決というのも無理な話だ。互いに譲る気がないのだから。

 すると一部始終を静かに見ていたはずのロヴィンが栓を抜いたように笑い声を上げた。

 一同の視線は盛大に笑う雷の魔女に注がれる。


「クハハハ!!本当に人間とは面白いものよ!!まさかレディが夜の始祖から一本取るとは思わなんだ!!」

「…耳障りだわ。あなたも邪魔するなら良くてよ?殺してあげるから」

「いいや、余はあくまで『協力』だ。余がお前を殺すのはレディの後である。だが余も協力せぬと後々が面倒だよからな、灯りくらいは提供してやろう!」


 ニヒルに笑ったロヴィンは指を鳴らした。

 指で鳴らした音は高尾山に響いていき、やがて夜空へと届く。

 霞のような雲が漂っていた夜空は瞬く間に厚い雲に覆われ、ついに満月さえも隠した。

 その代わりに厚い雲は光と轟音を放ち、落雷を小春達の近くの木々に落とした。

 こんな木しか山に落雷が起きるとどうなるか。


「ただしタイムリミット付きの灯りだがな!」

 

 稲妻から発された熱は炎の種となり、木を燃料にして燃え盛っていく。見事な着火だ。


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