終活 五
『遅かったな霧崎』
「報告が遅くなってしまい申し訳ありません、大佐」
『事の顛末は母君から聞いている。全ての報告は不要だ。こちらの質問に答えてくれ』
「はい」
『何故、橘の命令を無視して魔女の元に行った?』
かの子の言葉が剣となって小春を突き刺す。
当然だ。かの子からすれば命令無視の何物でもない。
例え、小春と千子がどんなに深い仲でも白夜軍兵士として優先すべきは一つの命よりその他の多くの命である。
ここで除隊しろと言われたとて小春は食い下がることさえ許されない。
「私は兵士として目の前で助けを乞う民間人を助けるべきだと判断しました。これには私情が入っておりますが、私自身が下した判断に間違いはないと考えております。処分は如何様にも」
『…霧崎は半分桃坂の駒だから扱いにくいことに目を瞑っていたが、ここまで制御しづらいとは思わなかった。だが安心しろ、処分はしない。結果として霧崎のお陰で魔女のしっぽを掴むことができた。お前の行動に関して母君の提案だったが許可を下したのは私だ。犠牲は少なければいい。そうだろ?』
「私が魔女を捕らえるとお考えですか?過分な評価です」
『お前達コンビならそれもさもありなん、とは思っているさ。だが何かしらの手土産は期待しているぞ、霧崎』
「……頑張ります」
そこで通話は切れ、小春はおおきな息を吐いた。
魔女と話がしたいならそれ相応の結果を待っている、ということで何とかはなったようだ。
小春が座席に身を預けた瞬間、ビクトールの怒りの声が上がった。
(ちょっと何あれ!?)
「何が?」
(まるで小春ちゃんの犠牲だけで済むことが一番良いって言ってるようなものだよ!そりゃあ小春ちゃんやパートナーの彼は僕と比べたら強いけどさ?でも…!)
「…あ、そっか。一般的な感覚だとそうなるのか。ごめん、嫌ところ聞かせちゃって」
(そういうことじゃないよ!小春ちゃんは兵士だし立場があるから僕達だけの問題じゃないってのも分かるよ…ルナーがしたことはそれだけ多くの人を巻き込んだってことだし…)
「そう言ってくれるだけ嬉しい。でも大切な人達を守るのに綺麗事だけじゃ意味はなさないんだよ」
(あ…ごめん、小春ちゃん。僕、軽率なこと言っちゃったね)
それだけ言うとビクトールはまた静かになった。
蕎麦を食べさせたらビクトールの中のつっかえ棒が無くなったようだ。
くよくよされながら居られるより幾分かマシにはなった。
小春が大きく深呼吸しところで誰かが車に近づいたのか耳に破裂音が劈く。遮音術が解除されたのだ。
「誰かに電話してたのか?」
「うん。報告してた」
車に乗ってきたのは凉斗だった。
おかしい。車に乗ってきたのは凉斗だけだったのだ。
本来なら小春がいる後部座席の扉が開いて人虎と伊達男がいるはず。
なのに車には凉斗以外に乗ってくる気配はなく、何ならエンジンを噴かし始めた。
「ねえ、灼司達はどうしたの?」
「アイツら酒盛り始めてた。後から追いかけるって」
「何しに来たんだよあいつら!?やっぱり境にいる時に焼肉にしとくべきだった!ちょっと人虎の解体ショーしてくる!」
「やめとけー。時間がもったいねぇからさっさと行くぞ」
車は躊躇なく発進し、その反動で後部座席に小春の体は投げられた。
「ぐぇ」
「そのまま寝とけ。どうせちゃんと寝てないんだろ」
「そ、そうだけど…その…」
「何だよ。言いたいことがあるならちゃんと言え」
「………もっと凉斗と話しておきたい」
「へえ、可愛いこと言ってくれんじゃねーか。どういう心境だ?」
軽く笑いながら凉斗はハンドルをきる。
つっかえ棒が取れたのはどうやらビクトールだけじゃないらしい。
普段なら凉斗に対して言わないようなことを口走ってしまった。
だが寝たくない、話していたいと思ったのも事実だ。
「…魔女に会いに行って話し合いができると思えない」
「だろうな。じゃなきゃ小春が死にかけるなんて事態起きないはずだ」
「きっと戦いになる。だから裏口世界なんて用意されて誰もいない場所で存分にやれってことなんだろうし」
「だろうな。お偉い軍人様が考えることはそうだろうよ」
「今の私って無敵なんだ。傷ができてもすぐに治るんだって」
「へえ、便利な魔術があるもんだな」
「…それでもどうにもならなくて、私の体だけがこの世界に残るなんてことが起きるなら私は私を終わらせるから」
「そうか。でもそんな事、起きないと思うけどな」
「何で、そんなこと分かるの」
凉斗は振り返らず、アクセルペダルを踏み続ける。
車内にはトランペットがメインの凉斗が好きそうな楽曲が流れ続けていた。
「小春の幼馴染みを何年してると思ってんだ?小春の悪運なんて死ぬほど見てきた俺が最悪なことなんて起きねぇって言ってんだ。じゃあ、それが正解でいいだろ」
「お母さんが凉斗と灼司を送迎に呼んだのか何となく分かったかも」
「奇遇だな、俺も今わかったわ。小春は目ぇ離すとすぐに無理するんだもんな。そりゃあ俺や灼司が呼ばれるってわけだ」
「なんか見透かされてるみたい。無理してるわけじゃないんだけど、お母さんからはそう見えてたのかな」
「意外と小春はそういうところは顔に出にくいからわかりづらいんだよ。しかも小春自身も痛みに鈍いときた。じゃあ誰かが指摘するしかないだろ」
ぐうの音も出ない。凉斗に言われて気づいたことも、自覚していたことも改めて指摘されると小春は何も言い返せなくなってしまった。
だからこそガス抜きのために一番小春とかかわり、信頼している凉斗と灼司が送迎役に選ばれたのだろう。
不安を零したからか、ゆっくりと瞼が重くなっていく。
小春の口数が減ったことから察しって凉斗は音楽の音量を下げた。
「ちゃんと帰ってこい」
「…帰ってきたらまた一緒に大阪に行ってくれる?」
「おう、大阪じゃなくてもどこへでも一緒に行ってやる」
「へへ」
小春の口から不安が零れることはなくなった。
揺れる車の中、小春は瞼を閉じて眠りについた。




