終活 二
「八虎おじ様?」
「おはよう小春嬢。寝不足かな?顔に疲れが残っているね」
「仮眠はしたんですけど、昨日の疲れは取れてないかもしれません」
「まあ、それでも無理をすると決めたのは小春嬢だものねぇ。…だけど覚悟は決まっているようで何より。玄関口まで送るよ」
「ありがとうございます」
家族とは言うほどではないが、それでも小春の成長を見持ってくれた人だ。何と言わずとも小春の顔を見て、色々と察してくれた。
見送ってもらうがてら凉斗達がここにいることを聞いてもいいかもしれない。
小春は八虎の半歩後ろを歩きながら口を開いた。
「八虎おじ様、凉斗達がここにいるのは何故ですか」
「おやおや、凉斗君から何も聞いていないのかい?」
「ここにいるのは母達の指示だということしか聞いてません」
「ふむ…後で説明されるだろうけどいっか。話しちゃおう」
判断が早い八虎は半歩下がって小春に笑いかけた。
小春と歩幅を合わせてまた歩き出す。小春は八虎のこういうところが昔から好きだった。
前を歩き続けることもなく、小春を抱き上げて歩くのでもなく、八虎は小春の隣を必ず歩いてくれるのだ。
「現状、魔女を探すってのは困難でね。恋人の魂が小春嬢の体を奪うまで潜伏する気らしい。だから何があっても良いように裏口世界で誘き寄せることにしたんだよ」
「それが高尾山、いや裏口世界の高尾山ってことで、私は誘き寄せる餌ということですか」
「…そういうこと。私としては大反対なんだけどね。本当は協力してくれているフレデリクス達と無理矢理引きずり出して捕縛予定だったんだけど、それだと夜の始祖と全面戦争は避けられない。だけどそこに棚から落ちてきた小春嬢というわけだ」
「私を餌にすれば被害は抑えられる、と」
「まあ、小春嬢の申し出は驚いたけどね。那由が有余を与えた最大の譲歩であり、独断でもある。魔女と白黒をつけたいなら早く終わらせなさい。小春嬢が劣勢と判断すれば問答無用昼夜問わずに那由が介入してくるからな」
前までなら那由が介入してくることが心に引っかかっていただろう。
だが那由の不器用さや小春への思いを知った今、自然に納得することができた。
血は争えないというように那由もまた小春とともに頑固なところがある。
きっと小春がどんなに頑張っても魔女との問題に白黒つけられなければ首根っこを掴んでイギリスへ連れて行くのだろう。
「母さんが入ってくる前に終わらせます」
「勝算はあるのかい?」
「計算してないので分かりません。何とかなると思います」
「あまり褒められたものではないけれど、でも人生はそんなものだからね」
出入口の扉を八虎が開ける。
開けた扉から太陽の光が差し込み、小春の瞳を突き刺す。
染みる感覚を感じながらゆっくりと瞼を開けた。
そこには車に寄り掛かりながら車の鍵を持った凉斗がいた。
この状況を補足するように八虎が口を開く。
「高尾山には車で向かってもらう。私が送ってあげたいけど、残念ながら私は禄士郎の送迎があるから彼らに連れて行ってもらいなさい」
「そして余も貴様らのドライブに同行するぞ!フハハ!!」
「お父様、下品ですので車の上に立つのはおやめ下さい」
八虎の説明と共にいつぞや助けてくれたべっ甲色の背広の男が車の上で豪快に笑っていた。
車の影から現れたレイチェルがお父様と言っているので雷の魔女で間違いないだろう。
助けてもらった時は呼吸もままならない状態で起きたことを記憶するなんてことはできなかったが、姿をよく見ればフィレンツェにいそうな伊達男だ。のどかな田舎の景色がとても似合わない。
「これくらい登場は必要だぞレイチェル!」
「ちゃんとレディの記憶に残りましたから降りてください。怒りますよ」
レイチェルと初めて話したあの晩の時とは随分態度が違う。心なしか当たりが強いような気もする。
雷の魔女はレイチェルに睨まれ、怒られた犬のようにしょぼくれながら大人しく車から降りた。
改めて小春の前に立ち、手を差し出す。そして小春を見つめる瞳の中には白い稲妻が走っている。
「まだ名を名乗っていないかったな、レディ。余はロヴィン・フレデリクス、雷の魔女にして始祖である!今回はレディの力になろうぞ!もちろん、今回だけじゃなくてもよい。レディはイイ女になる、いつでも余に惚れてくれ」
差し出された手は握手のためかと、恐る恐る小春も挨拶しながら手を差し出した。
すると優しく差し出した手を掬われ、手の甲にロヴィンの厚い唇が落とされる。
数秒驚いたが、海外に旅行した時に体験していたことを思い出しすぐ冷静になれた。こういう文化を知らない生娘なら頬を赤く染めていただろう。
だが残念なことに生娘ではあるが小春である。おお、くらいの感想しか湧いてこない。
「お父様、いい加減にしてください。レディをこれ以上口説くようなら私、娘やめますから」
「なぁ灼司、異国の男はあんなんばっかりか?」
「一応オレも異国の雄だけどよォ、日本ではしねェな。でも安心しな凉斗。小春に何にも響いてねェよ、あれ」
外野からの不評がすごい。
果てには苛立ちを隠さなくなったレイチェルがロヴィンを小春から引き離し、車の後方座席に押し込んだ。
あまりにも引き離し方が手早く、というよりは手慣れており、呆気に取られるしかなかった。
「レディ、念のために聞いておきますがあの方の言葉は真に受けてませんよね?」
「ないです。あ、お粥美味しかったです。腹立つくらいに」
「それは嬉しい感想です。レディ、父がうるさいと思いますが陰ながらご武運を祈っています」
「レイチェルさんは私の生存より結果を待っているの間違いでは?」
「嫌ですわ、私そこまで『言ってませんよ』?」
「まあ、『言って』はないですね」
やはりレイチェルの中で小春はよく鳴るおもちゃであることは変わっていない模様。
面白そうに笑うレイチェルに対して小春は喉に引っかかったような笑い声が出る。
「なんだ、小春嬢。レイチェル嬢と仲良くなったのかい?」
「いえ全く」「とても素敵なお嬢さんです」
「んん?どっちだ?」
小春は八虎とレイチェルにお辞儀をして車の方へと駆け寄った。
車のカギを持っていることを考えると運転するのは凉斗だろう。
すると人間に化けている灼司が小春の腰を掴み、助手席に乗せる。
いきなりのことに驚き、暴れる暇もなかった。




