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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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第二十三幕 終活

「コンビになることは許したが手を出すことを許した覚えはねぇぞ!阿呆ンダラァ!」


 ニシキの目覚ましの音と共に聞き覚えのある声が鼓膜に響いた。

 目を開け、温かいベットから顔を上げるとそこには灼司に羽交い締めにされ、鬼の形相の凉斗に説教されている禄士郎がいた。

 目が覚めてみる光景にしては現実味がない。どうやらまだ夢の中のようだ。

 小春はもう一眠りしようとベットの中へと戻ろうとしたが許されなかった。

 起きた小春に気づいた凉斗に頬を引っ張られたのだ。


「いだだだだ!」

「小春!生死の分け目にいるって聞いて飛んできてみればなんだぁ!?納得のできる説明があるんだろうな!?ア゙ァ゙!?」

「なんじぇ!凉ちょがいりゅの!?いだだ!」

「凉斗ォー、それくらいにしてやれ。この様子だと何も起きてなさそうだぞォ」


 苦笑いを浮かべ、ぐったりしている禄士郎を羽交い締めしている灼司は凉斗に声をかけた。

 窘める声に油断した凉斗の手を振り払い、小春は警戒した子猫のようにベットから飛び降りて距離を開ける。抓られた頬が痛い。

 小春の頬を抓る為にベットに身を乗せていた凉斗もまたベットから降りて、ギロリと禄士郎を睨んだ。


「おい坊ちゃん、ほんとに小春には何もしてないんだな」

「何もしてないですって…順序は守ってますからぁ…」


 どうやら小春が起きる前に禄士郎は二人に尋問を受けていたようだ。寝起き早々に問い詰められたからあんな情けない顔になっているのだろう。

 だがちょっと待ってほしい。順序を守っているは嘘だろ。数時間前に求婚してきたぞ。

 などとこの場で言えば大炎上することは目に見えている。小春は口を噤んだ。


「…もういい。小春も起きたならさっさと準備するぞ」

「え、何の?」

「まず坊ちゃん、アンタはお兄様に電話しな。お兄様から禄士郎に電話させてくれって言われてんだわ」


 羽交い締めから解放された禄士郎は言われるがままにニシキを起動させた。

 すると強制スピーカーモードにされ、空中に映し出されたホログラムに響介が映っている。

 魔女のことで寝不足なのか目の下には隈ができており、元より持ち合わせていた氷の印象をより際立たさている。


『おはよう、禄士郎。連絡が遅くて雨宮技師に言伝を頼んでしまったよ。どう思う?』

「も、申し訳ありませんでした…」

『反省してるよね?私が怒ってることわかってるんだもんね?』

「はい…ッ!」


 響介と禄士郎は歳が十、離れている。だからか、大人が本気で怒ると怖い。

 縮こまって謝る禄士郎を見た小春はふと我に返る。

 そういえば昨日の朝の任務から起きた今までの事を報告しないといけない相手がいた。例え、体の中にビクトールが居ようが関係ない。

 あとで必ずかの子に連絡しよう。小針は腹を括った。

 そんな小春をよそに桃坂兄弟の会話は進む。


『早急に禄士郎は本邸に戻って来るように』

「え、小春も…」

『時間は取らせない。一度、ちゃんと立て直すだけ』

「でも」

『小春を信じているなら一度戻ってきなさい』


 これ以上は有無を言わせない声色だった。

 禄士郎は軍学校の見習生の前に桃坂という立場がある。

 桃坂家の事情があり、ここで禄士郎を引き留める力も地位も小春は持ち合わせていない。

 響介の言葉を呑んだ禄士郎は分かった、と言って電話を切った。


「小春、俺は本邸に一度戻るけど用が済んだら必ず電話するから絶対に出てね」

「承知しました。お気をつけて」

「……いつもの小春だなぁ、はは」


 眉を下げ、しょぼくれながら禄士郎は部屋を出て行った。

 禄士郎が部屋を出た瞬間、凉斗が机に置いてあった新しい白夜軍の軍服を小春に投げつけた。

 急な動作に体の動きが鈍かったが何とか軍服が床に落ちる前に全て掴み取る。


「さっさと着替えろ。着替えたらここを出るぞ」

「は?出る?どこに?」

「高尾山。ぜーんぶ那由さんと小春の上司の指示だからな」


 凉斗の言葉に疑問が尽きない上に何故灼司までここにいるのかも分からないが、那由と恐らくかの子の命令なら小春は断ることはできない。

 部屋から凉斗と灼司が出た後、小春は衣服を脱いで新しい軍服を纏う。

 着慣れていないせいか、シャツの襟が固く、違和感があるがそのうち慣れるだろう。


 (深琴先輩と同じ、ズボン式の軍服だ)


 普段スカート式を着ている小春からすれば姿鏡に映る今の自身はとても新鮮だった。


 (…深琴先輩のことも聞かないとな)


 汚れ一つないネクタイを締め、髪をいつも通り三つ編みで結う。

 普段の自分の姿になったせいか、自然と身が引き締まる。

 ベレー帽を被ろうとしたその時、鏡に映った髪の根元に小春は眉を顰めた。

 小春に遺伝子を与えた両親である那由と透は日本人特有の黒髪だ。

 だから小春の黒髪が亜麻色に変色することなんて髪を染めない限り、ありえないのだ。


「ビクトール」

 (…何かな)

「髪の色が変わってきてる。ビクトールの色になってる」


 この亜麻色はビクトールの髪色と一緒だったのだ。

 試しに口で呼びかけてみたがビクトールに届き、しかも返事まで聞こえてきた。

 前までは糸を通さないと会話なんてできなかったのに。

 それほどにビクトールの侵食が進んでいるということ。

 ビクトールに侵食したくないという理性があっても本能は生きようとしているということなのだろう。

 幸い、小春の長い髪やベレー帽で根元は隠れるので周りにバレる可能性は少ないのが救いだ。

 だがこれで立ち止まっている暇はないことが証明された。


「悪いけどビクトール、私は必ず生きる」

 (うん、そうだね)

「仮に手の施しようが無くなった時、私は()()()()()。私は魔女にもビクトールにもこの体を、霧崎小春を譲る気はないから」

 (…うん)


 ビクトールは返事だけして黙ってしまった。

 これはビクトールへの脅しでもなく、小春の覚悟だ。

 禄士郎に隣にいると決めたその時に決めたこと。

 これから先、禄士郎達が生きる世界で小春の体だけが生き残って、好き勝手にされてしまうのは小春を思う人達を苦しめるだけだ。

 そんなことは絶対にしたくない。恐らく禄士郎は鬼となり、小春の体を乗っ取ったビクトールを探し続けるはずだ。

 そして見つけた時、心臓へ刃を突き立てるだろう。

 誰も望まない結末を小春は作りたくない。禄士郎を縛る一人になりたくはない。

 小春はジャケットを羽織り、用意された靴に履き替えた。

 準備を終え、部屋を出ると八虎が待ち構えていた。


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