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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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妖の都 境 二

新大阪駅に着き、小春達が向かったのはもちろん境である。

 百舌鳥(もず)駅の近くに境へ繋がる扉が出現すると言われていた。

 そして境へ入るため、小春はある妖に事前に頼んでいた。

 千子をどう振り切り、案内を頼んでいる妖とどう合流しようかと思案する。

 そんな小春の思惑を露ほどにも知らない千子は鞄を地面に下ろし、大きく腕を上に伸ばす。


「着いた〜!ここが百舌鳥駅!大阪だけど梅田から離れるとやっぱり田舎は田舎ね。さてここから境へ入る手段を探さないと」


 千子は小春達には目もくれず、辺りをキョロキョロと見渡している。

 離れるなら今だろう。

 小春は千子がよそ見をしている隙に凉斗の服に触れて妖力を流して術を施していく。

 人間の目に視認できなくなる妖術だ。


「あいつに声は聞こえるのか?」

「聞こえないようにしてる。でも触れられたら術が解除されるから気をつけて」

「おう。にしてもまた妖術の精度上がったんじゃないか?前は制限時間付きだっただろ?」

「一応、軍学校の生徒だからね。おかげで妖術の技術と筋肉がついた。禄士郎様ほどじゃないけど」

「あれは常識の皮を被ったバケモンだ。あんなのが増えられても困るし、小春がああなったら俺は泣く」

「なれないなれない。安心して」


 いなくなった小春達を探し出した千子を放って、事前に指定された場所に向かう。

 指定された場所は駅から少し離れた大山古墳の近くの参道だ。

 すると歩いている道の先に見知った人物が立っていた。

 六年前と違い、着物を羽織り、少し体躯が大きくなった人虎。

 そう、案内人は灼司である。

 小春は妖術を解除し、笑みをこぼしながら灼司の元へと駆け出す。

 手紙でやり取りしていたとはいえ、別れの挨拶ができずに六年が経っている。逸る気持ちは抑えられない。


「灼司!」

「お!小春かァ!ひさ、うおおっ!?あっぶね!!」


 小春は遠慮なく、全力で灼司の胸に飛び込んだ。

 驚きつつも灼司は笑って小春の体を受け止める。

 着物を羽織っているが上裸なので小春は獣特有のもふもふの海に溺れていく。

 風呂を浴びたのか、灼司の体から石鹸の清潔な香りが漂っていた。

 六年前のあの頃は野良猫のように薄汚れ、抱きつこうとすると警戒していたのに、今ではすっかり綺麗な飼い猫のようだ。

 なんてしみじみしていると灼司が脇の下に手を入れ、勢いよく抱き上げる。小春の腕と足が宙ぶらりんになり、まるで天高く持ち上げられた赤子のようだった。


「元気そうで何よりだぜェ、小春!」

「うん、私も会えて嬉しい。とりあえず下ろしてくれない?これはちょっと恥ずかしい」

「あん?これするとお前喜んでたじゃねェか」

「確かに楽しんでたけど、もう私十六歳だから。大人だから」

「十六ゥ!?まだまだ赤ん坊じゃねェか!」

「でもほら昔より体も大きくなったでしょ?」

「乳が大きくなっただけだろォ。誤差だ、誤差」

「人をそれを成長というんだ馬鹿野郎」


 小春は半眼で灼司を見下ろす。

 流石に言葉を間違えたと反省したのか、すまねえと謝って小春を下ろした。

 乱れた軍服を正し、改めて灼司を見上げる。

 長寿の妖からすれば六年という歳月は瞬きの間だろうが、人間からすれば大きく変わることができるくらい長い時だ。

 するとそんなやり取りを見ていた凉斗が笑いながら小春達の元へやってくる。

 凉斗にとって灼司とはおかあさんに連れ去れた事件の時だけの面識だが、警戒はしていないようで顔が穏やかだ。


「久しぶりだな、灼司」

「おう、雨宮の坊ちゃんも大きくなったなァ。俺よりは小さいけど」

「お前がデカすぎるんだよ。近況は小春から聞いてる。確か境の東を統括する親分になったんだって?」

「へへ、よせやい。まァ、積もる話もあるし、早く行こうぜ!」


 尖った歯を見せて笑った灼司は境に通ずる扉を顕現させた。

 扉の木目には金色の妖力が水のように流れているせいで黄金の扉に見える。

 その昔この扉をたまたま見つけた人間が黄金郷への扉と勘違いして入り、二度と帰ってくることはなかったなんて伝承もあるくらいだ。

 だが黄金郷というのはあながち間違いではない。


「おっと、入る前にこれで顔を隠しなァ。今日は大事なお客様で来たんだもんな?」

「まあ、私はそんなところ」

「俺は観光だ」

「今から妖の都に行くっつーのに呑気なもんだなァ」


 灼司は扉と同様に顕現させた仮面を小春と凉斗に渡す。

 小春には髑髏(どくろ)の面。凉斗には鴉の面。

 渡された髑髏の仮面は口元を覆うデザインだった。

 反対に鴉の面は鼻から顔の上部を隠すデザインだ。

 小春は凉斗の着けた鴉の面と髑髏の面を見比べて眉をひそめた。


 (私ってやっぱり悪役顔なのか…?)


 面を着けることに渋っていると凉斗が無言で鴉の面を外して差し出してきた。

 涼斗の顔には哀れみが含まれており、この行動が同情から起こしたものと目に見えて分かった。

 小春もまた無言で差し出された鴉の面を押し返し、大人しく髑髏の面を装着する。

 この面のいい所は口元が見えないから表情がバレにくいところだろう。今の表情は誰かに見せれたものじゃない。


「あ?どうかしたか小春?もしかして髑髏、嫌だったかァ?」

「別に」

「髑髏かっけェだろ。オレ好きだなんだけどなァ」

「うんうん、かっこいい」


 思ってた返答じゃなかったのか、灼司は首を傾げた。

 そしてそんな灼司と小春を見て吹き出しそうな笑いを堪える凉斗。

 乙女心を分かれとは言わないが、こうも哀れまれたり、センスがなかったりすると普段は起きない苛立ちも湧き上がってくる。

 自分から言うのも違うだろうと小春は行き場のない怒りを込めて扉を開けた。

 だがそこには抱えていた怒りを忘れそうになるほど豪華絢爛な都があった。

 いつの間にか小春のすぐ後ろにいた凉斗がおお、と声を上げる。


「ようこそ、ここが境だ!都に呑まれないように気をつけなァ!」


 灼司の言った呑まれないようにというのは納得のいく忠告だった。

 黒い夜空には満月が上り、大通りには張り見世がひしめき合っている。

 格子の間から若い男女がそれぞれ手を伸ばし、仮面をつけた人間や身なりの良い妖を誘惑していた。

 大通りから離れると屋台や食事処が忙しなく客をもてなしている。

 先刻前に天丼を食べたのに漂う焦がし醤油の匂いや香しい蜂蜜の匂いに唾液が込み上げた。

 帝都にも境に似た場所はある。例に挙げるなら浅草や銀座が似ている。

 そう、妖の都『境』は巨大な花街なのだ。

 空に太陽が昇ることがなく、永遠に夜と提灯の明かりが支配する街。

 もちろん大通りを外れれば繁華街も存在する。


「小春、大旦那に会いたいんだろ?さっさと行こうぜェ」

「あ、灼司、悪いんだが俺は観光のために別行動だ。小春を頼んだ」


 扉を閉める灼司は先ほどの凉斗の発言を思い出したのか、ああと頷いた。

 そして器用に妖術を操り、銀色の鈴を作り上げる。

 

「なら合流したい時にこの鈴を鳴らせ。向かいに行くからよォ」

「悪いな、助かる。小春、気をつけてな。何かあればすぐ逃げろよ」


 小春が頷いたのを確認した凉斗は鈴と荷物を持って繁華街へと歩いていった。

 恐らく繁華街にある雑貨屋に行くのだろう。

 彼が小動物の置物や小物が好きだからというのもあるが、雨宮家は玩具店であることが一番理由として大きいだろう。

 境でなくても涼斗は時折、雑貨屋や玩具店に立ち寄って吟味することが多い。


「ならオレたちも行くか!」

「案内よろしく」


 灼司の声で我に返り、意識を戻す。そんな中、ふと視界にある光景が映った。

 建物の路地に蹲る人間の子供達だった。彼らはやつれた体を寄せ合い、ぼんやりと虚空を見つめている。

 中には出店の品を窃盗し、妖の店主に追われたり、殴られている子供もいた。

 その光景に小春は眉を顰めた。

 事前に境にはそういう人間もいるということは調査報告書に記載されていた。

 彼らの多くは小春達が住む人間の世界から逃げて来た者、そして口減しに売られた子供がほとんどだ。


「ここにいる人間が気になるのかァ?」

「…彼らはどういう経緯で来たのか気になって」


 小春達が仮面をつける理由はこの移民の人間が関係している。

 仮面を着けることは招かれた客という意味を示すことができる。

 まず移民と間違えられて誘拐や暴行される恐れが大いに減るのだ。

 客人に何かあれば灼司のような統括主、そしてこれから会う妖の長である大旦那が責任を負うことになる。

 数年前、仮面を着けた官僚が襲われ、政界では大騒ぎになったが、襲った主犯とその部下の首、そして移民受け入れ案を持った大旦那が国会に現れたことで妖と人間の決裂は免れたと言われている。

 だがこの事は世間には公にされてはいない。

 

「まァ、人間の世界が嫌になって来たやつもいるなァ。特にオレが統括している境東(さかいひがし)は妖が見える人間の受け入れをしているぜ。ただ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を受け入れてるけどな」

「確かにここは妖が見えるしか入れないけど…」

「うちは学校を作っているからああいう子供は少ねェけどな。だがここは境南(さかいみなみ)だ。境の中でも貧富の差が大きいし治安も悪い。最初からここに住んでいる妖でさえ、生きるのに必死だから人間が入る余地すらねェんだよ」

「地区によってルールが違うってこと?」

「ああ、不可侵令が設けられているからなァ。唯一、口出しや命令できるのが大旦那だけだ」


 その不可侵令は人間の世界にも適応される。

 境を自治区を認め、妖が人間に妖術を教え、共存することが妖と人間を繋ぐ協定がある限り人間側が境でのルールに口出しすることはできない。

 口減らしや人身売買を口止めるにしても限界はある。


 (だからここに入ってしまったら助けることはできない)


 だが今回小春の任務はそれとは別だった。

 一つは境から麻薬が外の世界の人間に流れているか真偽を確かめること。

 この任務に関して確実に黒に近かった。

 路地のその奥。張り見世の隅。そして大柄の妖に引き摺られて運ばれる人間。

 彼らは目が血走り、不気味な笑みを浮かべている。

 麻薬を使った症状に合致していた。

 今ここで灼司を問いただしても良かったがそれでは偏った情報しか得られない。


「灼司様ァァ〜〜!!おォ待たせいたしました〜〜!!」


 しゃがれた大声と共に空から人力車を引いた妖が灼司と小春を目掛けて急降下してくる。

 着地の勢いは激しく、降り立った妖の足元の地面はめり込み、土煙が小春達を襲う。

 だがそれでも小石が当たらないようにと灼司が小春を包んで守ってくれたおかげで怪我することなく無事だった。頭上から痛ッ!?という灼司の声は聞こえたが。

 そして小春を解放し、問答無用で灼司はその大きな口を開けて怒声を上げる。


火車(かしゃ)てめェ!!安全第一で運転しろっつてるだろォ!?せっかく湯浴みしたのに台無しじゃねェか!」

「やっぱり湯浴みしたんだ?」

「あ?あぁ、人間の女に会う時は清潔な方がいいって聞いたからなァ」

「なんで湯浴みができて持ってくる仮面は髑髏なんだよ、おかしいだろ」

「やっぱり文句あんじゃねェかおめェ!!」


 怒声の方向は火車から小春に変わる。

 人間の娘と人虎の喧嘩は珍しいようで行き交う妖がジロジロと見ていく。

 その視線に居心地が悪くなったのか、灼司の声が小さくなった。


「やめだやめ、後で可愛い面を買ってやるから許してくれ」

「じゃあ猫がいい」

「ああん?虎にしとけ虎。猫よりかっこいいし可愛いだろォ」


 可愛い面を買うことで話は終結し、次の話の先を見た。目の前で土下座をしている火車である。

 境での送迎車は火車達が担っている。大旦那がいる屋敷までは距離があるため、灼司が前もって呼んでくれていたようだ。

 登場の仕方を見るに随分と運転が荒そうに見えるが。


「大変申し訳ありませんでした灼司様!」

「オレだけの時は別にどんな運転でも構わんけどよォ。今回は人間を乗せるんだ、安全運転で頼むわ」

「ああ、その方が霧崎様でしたか!霧崎様、大変失礼しましたぁ!」


 火車はまた勢いよく頭を下げ、地面にめり込ませた。

 随分と元気で頑丈な妖である。

 結果として灼司が庇ってくれたので火車に対して怒りは感じていない。

 どちらかというと車から振り落とされないかという不安の方を小春は感じていた。


「道中は安全運転で行いますのでどうぞご安心くだされ!」

「灼司、人力車にシートベルトってある?命綱とも言うんだけど」

「ねェな」

「だから安全運転で行きますから!」


 小春は疑いながらも恐る恐る人力車に灼司と乗り込んだ。

 すると車輪が炎に変貌し、激しく燃え始める。

 これは名前の通り、火車の特性だろう。本来なら死体を盗む妖怪だ。

 明治維新以降は境や黄泉の国への運転手として働き始めている。


「それじゃあ出発しますよ〜!」


 火車は手足に力を入れ、体躯を変えていく。

 先ほどまでは虫一匹も殺せないよな華奢な体だったのに、力を込めた瞬間、大樹から伸びる太い幹のような手足に豹変する。

 そして空に向かって人力車は登っていき、言葉通り安全運転が始まった。

 小春は何度か飛行機に乗ったことがあったが、あの機体よりよっぽど快適な空の旅だった。


「そういえば手紙に書いてあったお前の相棒は来てないのかァ?」

「うん、禄士郎様は別件で帝都に戻った」

「そいつは残念だなァ。おめェを射止めた奴がどんな奴か見ておきたかったんだがよォ」

「いつかはお目にかかれると思うよ」

「それもそうかァ。じゃあ大旦那の屋敷まで時間があるし、その相棒の話聞かせてくれや」


 小春は明けることのない夜空を眺めながら禄士郎の顔を思い出す。

 どこから話そうか、と記憶を辿っていく。


「面白くはないと思うけど」


 小春は禄士郎と出会った三月の記憶を言葉に紡ぎ始めた。

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