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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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重ねたもの 五

いつしか小春の青緑色の瞳に高尾の面影を無意識に重ねていた。

 小春の選ぶ選択は高尾が選ぶであろう選択と一緒である。ウルシュに言われるまで小春と高尾との境界が曖昧になっていることに気づけなかった。

 オークション会場の地下階段で見つめられた小春の瞳がもっと欲しいと思った。

 無意識に手首に爪を立てて小さく掻く。


 (あの人が言ってた事が分かってしまった)


『お前もそのうち分かる。愛する女が私を意識した時の瞳は何物にも代えがたいことに。』


 小春と高尾が重なるように、自身が紀一郎の後を辿っているようだった。

 流れている血なんて関係ないと響介は何度も禄士郎に言っていた。それを証明するために桃坂家を変えるのだ、と。

 だが結果はどうだ。血で足元を掬われ、小春を守れなかった。

 

「小春が欲しかった。だからずっと小春に選択させて肯定して、死なせたくなかった。もう愛する人も友人も失いたくない。()()()()()()すれば幸せになれる。小春に縋ることで楽になりたかった。ずっとずっと…報われたかった」

 

 まっすぐと小春の瞳を見つめながら禄士郎は言葉にした。

 こんな男に好かれても尚、隣にいたいと言えるのか。

 例えどういう言葉であろうと禄士郎は受け入れるつもりだった。

 だが小春から溢れたのは幻滅の声でも呆れからくるため息でもなかった。


「どうして、貴方は…!」


 溢れたのは大粒の涙だった。飴が溶けるように琥珀の瞳が涙で歪んでいる。

 小春も何か言おうとして言葉を探しているようだった。出てくる言葉はどれも途切れ途切れだ。

 それよりも禄士郎は小春が泣いていることに戸惑いを隠せなかった。

 小春が泣く理由はないのだ。むしろ知らないところで母親に重ねられ、崇拝対象にされていたことに怒ってもおかしくないのだ。

 

「どうして、小春が泣くの…?怒っていいんだよ」

「どうしてって、禄士郎様が泣かないからですよ!人は悲しくても嬉しくても怒っても泣くんです…」

「でも小春は」

「私は禄士郎様と出会ってから一年も経っていません。響介様のような代えれない繋がりもありません。それでも私にできることは貴方の生き方に同情しないことくらいです。可哀そうなんて言ってやりません。だって今までの生きてきた積み重ねや傷があるから今の禄士郎様に出会えて、好きになったんです」


 いつの間にか昇りつつある朝陽が小春の涙で濡らす顔を照らす。

 その顔が、掠れた声が、力強い小春の瞳が禄士郎の心を上書きしていく。

 夜が明けていく中で見えた小春に禄士郎は小さく息をのんだ。

 

(俺は馬鹿だな。小春は全然、母さんと違うじゃん)


 当たり前だ。他人なんだから。盲目だったことへの後悔が禄士郎の視界を歪める。

 乾いていた頬が濡れていく。最後に泣いた日も覚えていない。それくらい久方ぶりに禄士郎は涙を流した。

 小春は少し人見知りで無表情な時が多くて勘違いされやすいけど、すごく優しくて他人のために体を張り、笑い、ふざけて、泣くこともあって、素直になれないことを悩み、目の前にある壁にちゃんと向き合う。

 愛嬌で愛され、高級遊女になった高尾と違って小春は努力家で泣き虫だ。

 知らない一面を知るたびに禄士郎の想いも、記憶も上書きされていった。今だってそうだ。


「一緒に幸せになりましょう、禄士郎様。貴方の隣をください」

「…小春には敵わないなぁ。うん、大好きだ。きっとこれから先もずっと小春のことが好きなんだろうね、俺は」


 涙を流しながら小春は両手を広げて禄士郎に抱きつき、ベットへと二人で飛び込んだ。

 二人を受け止めたベットがギシッと音を立てる。

 小春は禄士郎の胸に顔を埋めたまま、顔を上げない。

 

(小春を絶対に死なせない理由がまた一つできちゃったな)


 禄士郎は小春の抱きついている左手を取り、その薬指をなぞるように撫でる。


「小春、結婚しよっか」

「あ?しませんよ」

「指が細いから指輪は小さめに作ってもらわないとね」

「禄士郎様、順序すっ飛ばしすぎです。あの、聞いてます?」

「でもその前に那由さん達に伝えにいかないといけないか」

「ちょっともしもし、崇拝してた私様の言葉が聞けないんですか」

「え、小春がそれ言うの」

「聞こえてるじゃねーか」

「だぁーって!しないなんて言うから!」


 禄士郎の胸をばしばしと叩く小春を強く抱きしめる。

 するとようやく顔を上げた小春の顔にはもう涙はなく、代わりに眉間に皴を寄せていた。

 ここまでの流れに何か疑問でもあるのだろうか。解せない。


「あのですね、順序をちゃんと辿りましょう。しませんと言いましたがそれは『まだ』という意味です。出会って一年も経ってないどころか、私たちはまだ見習生ですし」

「じゃあ結婚してくれるの?」

「…まあ数年先でも気持ちがあれば」

「そこは言い切ってよ。魔女を黙らせる勢いの小春はどこに行ったの」

「います、あいつは絶対に殴ります。……ふ、ははっ!」

「え、え、今度は何」

「いや、なんか冷静になったら笑いが…あははっ!見てください、禄士郎様。もう朝ですよ。任務でもないのに夜更かししちゃいましたね」


 禄士郎は小春の頭を撫でながら少し頭を上げた。

 窓の外は完全に朝陽が昇ってきていた。眩しい朝陽が目に沁みて痛い。


「あらら、朝だね。ははっ、どうしよっか」

「なら一旦、仮眠を取りたいです」

「もう眠い?」

「はい」

「…俺も眠いから一緒に寝ていい?」

「許します」

「んふふ、ありがと。何時に起きる?目覚まし設定するよ」

「じゃあ、七時で…」

「ん。おやすみ」

「はい。また後で」


 禄士郎はニシキで目覚まし時計を七時に合わせて眠りについた。

 腕の中にある温もりが愛おしくて宝物を隠すように禄士郎は小春と自身の体に布団を被せた。



ちなみに桃坂家の血を引く者は大体異質持ちです。本編に出すタイミングがないのでここで出しますが禄士郎は『身体強化』です。本人は軍学校に入ってから気づいたそうです。

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