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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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83/98

人と人 三

「とまあ、今私の中には百年前に死んだ魔女の恋人の魂がいるみたいです」


 小春の説明に対して那由、透、八虎が声を合わせて唸り声をあげた。

 そんな大人達に対して小春は構わず粥を食べていた。

 しかも用意された二杯目の粥が非常に美味い。

 先ほど違って味付けが濃くなり、なんと細切れの鶏肉がふんだんに入っている。鶏肉を炒めた時に絡まった 胡麻油が米に染み込んでいて美味さがより引き立っていた。

 しかも美味さはこれだけに留まらない。摺りおろした柚子の皮と生姜がいれられている。味の濃さに対し、柚子の風味が味の強調を支え、しかも生姜をいれることで小春の冷えた体を温めるという隙のない構え。

 友達にはなれなさそうな人物ではあるが、レイチェルの仕事は確かなものだ


(粥うんまぁ)

 

 離婚して以来初めて家族全員が集まったというのに割と心が穏やかで、こうして粥の味を噛みしめることができている。


(死ぬ寸前までを経験したせいかもな)


 小春は少し振り返り、部屋の隅で待機している禄士郎を見る。

 視線はどこか遠く、心ここに在らずといったところだ。まだウルシュの言葉を気にしているのだろうか。

 そんなことを思いながら小春は粥をスプーンで掬って口に運ぶ。


「小春、お前の事情は分かった…。だからこそ、小春に聞きたいことがるんだ」


 透の呼び掛けに視線を戻し、頷きながら咀嚼を続ける。

 ろくに眠れていないのか、はたまた心労なのか、透の目の下には前に会った時よりも濃くなった隈があった。

 そして同様に疲れが溜まっているのか、那由の煙草を吸う手が止まらない。灰皿が着実に吸い殻が積み重なり始めている。


「母さんとも話したんだが、小春が望むならイギリスにいる炎の始祖に会って何とかしてもらうことだってできる」

「補足すると母さんが会った炎の魔女は始祖の中でも一番最初に産まれた魔女だ。だからおそらく魂の引き離し方も分かるはずだ」


 透の問いの疑問を那由が宣言通り補足した。

 案としては日本から離れ、一週間以内にイギリスに赴いてビクトールの魂を引き離す。できない話ではない。

 だがそれには通常の渡航手段ではイギリスには間に合わない。

 小春は視線だけを八虎に移す。


「小春嬢がこの案が良いというなら私は全面協力するよ」

「イギリスまで移動術式は可能なのですか、八虎おじさま」

「一回で、というのはできないけど三日で移動は可能だよ」

「それ、かなり無理をされるのでは…?」

「大丈夫大丈夫。現役の頃を考えればこんなの可愛いものだよ」


 八虎の移動術式はがどこまでの範囲なのかは知らないが本気を出せば国を跨ぐことも可能らしい。

 小春は八虎から透に視線を戻し、その顔色を窺う。

 すると透は小春の視線に応えるように優しく笑った。


「無理に連れて行こうとは思ってないよ。まあ、本音を言えば今すぐにでも白夜軍を除隊して紬師も辞めてほしいが、父さんが小春にそれを強要するのは違うと気づかされたからな。小春の考えや紬師としての選択を尊重したいんだ」


 透の言葉に小春の手が止まる。

 小春は透が嫌いというわけではない。今でも紬師として認められたいと思っている。

 再会した時、透は紬師に対して否定的だった。きっと優秀な功績を残したとしても共に喜んでくれることはないのだろうと諦めていた。

 だが今、目の前にいる透は小春を尊重したいと言った。


 (本物か…?)


 人が大きく変わることは難しい。それは小春自身も含まれる。

 那由もいる状況で嘘をついたって透が得られるメリットは少ない。せいぜい、那由に良い顔ができるくらいくらいだろう。


 (まあ、これが嘘として言ってるなら今度こそ父さんと向き合えなくなるかもな)


 小春はちらりと那由を見たが、那由は口出ししないと言わんばかりにずっと煙草を蒸している。

 那由に助け舟を求めることはできないようだ。

 だが透や那由が総出で動くななどと止めに来たとしても答えは決まっている。


「私は夜の魔女に会いにいく。絶対に私からビクトールの魂を引き離させる」

「…もう揺らがないか?」

「揺らがない。()()決めたことだから」


 茶碗を持ちながら小春ははっきりと伝えた。

 奇妙な心地だった。喫茶店で話した時に感じたものとは異なるものだった。

 人が大きく変わることは難しい。だが小さければ変わることも難しくはならない。


「アッハハ!透、諦めな!覚悟決まった小春は頑固だぞ?それこそレンガの家を持ち上げようとするもんだからな!」

「やっぱりダメかぁ…!そうだよな、那由と俺の娘だもんな…!」

「そういうことだから安心しな、小春。イギリス行きは中止だ」


 透は肩を落として項垂れ、そんな透の隣に座ってる那由は上を向いて豪快に笑った。

 両親が笑う姿に小春は呆然とするしかできなかった。

 二人が小春の意思を認めたことよりも、笑い合う姿に驚いてしまったのだ。

 こうして人は時を掛けて少しずつ変わっていくのだろう。今目の前の光景がそれを示していた。


 (…死にたくない理由がまたできたな)


 自然と小春の口角がゆっくりと上がる。

 透が那由に泣きつき、那由がケラケラと笑う。もう見ることはないと諦めていた両親の姿が広がっていた。

 小春の胸に溜まっていた泥が込み上げ、気がつけば口から笑いと共に吐き出てしまった。

 呆れからでも無く、怒りからでも無く、純粋な喜びの笑いが生まれたのだ。

 嬉しくて、喜ばしくて、止めどない笑いだった。

 小春が向き合わなくてはならいのかと苦しんだ炎はこんなにもあさっさりと消えてしまった。だがきっと一人で隠し持ってても消えなかったはずだ。

 そして部屋に小春だけの笑い声しか響かなくなったところで恥ずかしさが襲われ、小春は恐る恐る透と那由を見た。

 今度は二人が白昼夢を見たかのように驚いている。

 そして二人は一つ深呼吸をして微笑んだ。


「全部終わったら三人で飯に行こうか。この間は邪魔も入って散々だったし。食べたいもの、考えときな」

「うん」


 いつも小春を安心させようとする時に聞く那由の優しい声だ。

 何を食べに行こうか。また一つ楽しみが増えた。

 那由が好きだと言っていた寿司がいいだろうか。それとも透の好きな料理を聞く方がいいだろうか。でもハンバーグも捨て難い。わがままを言ってもいいだろうか。

 指先からほんのりと体温が高まる。

 また三人でご飯が食べれる。それだけで人は力が漲るのだから不思議な生き物だ。

 すると那由は穏やかな笑みから一変して眉を顰めて小春を見つめた。

 解れていた空気が一気に張り詰める。

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