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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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第二十一幕 人と人


「とまあ、今私の中には百年前に死んだ魔女の恋人の魂がいるみたいです」


 再会してすぐに「俺の糸、いらないって言ったくせに」と言われ、経緯を説明させられた。

 当の本人は冷静を取り繕っているみたいだが、小春の目からすればかなり怒っていることが漏れている。


「状況は分かった。色々、俺から話したいこともあるけど…その前にまず小春は會澤さんに会って話をしてほしい」

「話ですか?しかも何故父なんですか?」

「ここに小春が運ばれた時、重傷で死んでもおかしくない状態だったから透さんに来てもらったんだよ。それでまあ…ちょっと色々あって」

「……父が何か言ったんですね」


 容易に想像ができる。大前提、紬師になったことに肯定的ではなかった人だ。

 そんな中で重体の娘の前に連れてこられたのだ。文句を言わないはずがない。


 (それはともかく)


 小春は禄士郎を見上げる。

 大抵こういう時、触れてくることが多いのだが禄士郎は笑みだけを浮かべている。しかもお得意の作り笑いだ。

 バレないとでも思っているのだろうか。

 さすがの小春も禄士郎の作り笑いと本当の笑いくらい見極めることができるようになった。

 一言、言ってやろうかと思った瞬間。


「俺は小春が目覚めたことを叔父さんに伝えてくる。會澤さん達が来るまでこの部屋から出ないでね」

「あ、はい」


 それだけ言って禄士郎は部屋を出て行ってしまった。

 何も悪いことをしていないのに胸の中に霧が漂う。

 取り残された小春はまたベットに体を沈めた。


「偶像崇拝、だっけ」


 盗み聞きしたかった訳では無いが聞こえてしまったものは仕方がない。

 ウルシュの言っていた偶像崇拝。意味くらい小春だって分かる。

 禄士郎の小春への態度が恋愛や親愛によるものでなく、崇拝であるということになる。

 だが禄士郎が神を信じるような人間であるかと問われればそれははっきり違うと言える。

 桃坂家の本邸で交わしていた桃坂兄弟のジョークを思い出す。

 少なくとも神を信じている人間の態度ではなかった。

 小春は瞼を閉じてゆっくりと思考の海に身を任せる。


「本人に聞く方が早いんじゃないかな」

「んなこと知ってますよ、ビクトール」


 鼓膜に響く声に瞼を開けば、隣で夜の魔女の恋人のビクトールが気まずそうに小春を見ていた。

 不思議なことに今の小春は自身の輪廻の糸の中に中に入ることができるようになっていた。普通はできないが、原因は分かっている。

 ビクトールの魂が小春の糸を侵食して一体化が始まり不安定なため、出入口がガバガバの状態なのだ。

 故に小春はいつだってビクトールと会話ができるし、魂を入れ替わることができる。


「本当に最悪」

「まあ、その…はい…返す言葉もないです」


 実際、ビクトールは悪くはない。唯一、悪かったところを上げると運の巡り合わせが悪かったところ。

 火刑で死に、次に目覚めたら来世ではなく百年後の見知らぬ女の体の中。

 小春は改めて隣にいるビクトールを見る。

 琥珀色の瞳を引き立たせる亜麻色の髪。白い肌に散りばめられたちいさなそばかす達。絵の具が滲んだ指先は不安げにズボンを握っていた。

 そして何より小春を苛立たせるのはビクトールがあの夜の魔女の好みの男ということが何となく分かってしまうこと。

 この事実が余計に悪くないビクトールに当たってしまう要因になっていた。

 小春は苛立ちを発散させるため大きく深呼吸をして舞い散る桜を見上げる。


「……禄士郎様に聞くしかないか」

「だと思うよ。小春ちゃん、ああ言ってても彼のこと結構好きでしょ」


 ビクトールの言葉に返す言葉もなく、代わりに座っているベンチを叩く。

 こういう時、記憶の中の物体は壊れないからとても便利だ。


「だってこの裏庭って小春ちゃんが彼からハンバーグを初めてもらった場所でしょ?ほら、当時持ってたお弁当もあるし」

「がぁぁ!!お前お前お前!!百歩譲って記憶を勝手に見えてしまったのは許すけど言葉にするのは許さねぇ!!そんなんだからアリアーナにとどめ刺されるんだよ!!」

「ギャッ」


 互いに大きな重傷だった。

 ビクトールは石のように固まり、小春はまたベンチを叩く。

 そう、ここはかつて禄士郎とコンビになることを決めた場所でもあり、初めて禄士郎の手作り料理を貰った場所だ。

 輪廻の糸の中は強い記憶が反映されやすいとされている。えいなら死んだ瞬間、深琴なら母親に責められている居間、と。

 つまり小春が一番強い記憶が禄士郎との思い出なのだ。

 ここでビクトールに出会った瞬間、自覚せざる負えなかった。

 自分の想定以上に禄士郎の事を想っているのだ、と。

 体が熱を帯び、背筋に汗が滲み出す。気を紛らわすためにベンチを叩いても熱は止まらない。

 禄士郎を思いのほか好いている事実と数時間前に出会ったばかりのビクトールに明言されたことが小春を熱くする燃料になっている。


「……ビクトール、話題を変えましょう」

「……そうだね。そうしよう」

「話題ください」

「え?あ、僕?えー…いい天気だね…?」

「この日はよく晴れてました」

「終わっちゃった…うーん…あ!気になってたことあった!何で僕達会話できてるのかな?」

「は?」

「だって僕はウェールズ人で小春ちゃんは日本人。普通に話してるけど日本語と英語で会話なんて無理じゃない?」

「あー…確かに」


 言われてみればと小春はベンチから顔を上げた。

 言わずもがな、互いに育ってきた場所が違う。故に使う言語だって異なる。

 これに関して小春は一つの仮説が頭に過っていた。


「あくまで仮説ですけど人間は意思疎通を行うために言葉や言語を手段として使っている、ということを前提とします。今、私たちは一つの体の中に存在し、言葉を翻訳しなくても意思疎通が可能なわけです。魂がくっついている状態なので内心も互いに分かるじゃないですか」

「確かに翻訳の過程をすっ飛ばせるならそれに越したことはないもんね」

「つまり、そのままの言葉通り、『強制魂友(ソウルメイト)』ですよ」

「それって実体験に基づく?」

「…嫌なこと聞かないでください」


 思考の片隅に両親の顔が過る。

 むしろ使ってる言語は一緒なのに意思疎通というのは英語を日本語に翻訳することよりも難しいと感じてしまう。

 ビクトールはおもむろにベンチに突っ伏す小春の頭を撫で始めた。


 「…なんですか」


 ビクトールの行動に小春は少し顔を上げて睨んだ。

 猫か何かだと思っているのだろうか。撫でやすそうな頭をしていると言いたいのか。

 するとビクトールはうーん、と小さく声を零して苦笑いを浮かべた。


「何というか、互いに互いの生い立ちを見てしまったからかな。何も思わないってのは無理な話だよ」

「今ここで私が罵詈雑言を浴びせてないことに感謝してください」

「する気ないくせに。もっと素直になりなよ」

「それで火刑になったくせに」

「ギャッ」

「死んだと思ったら百年先の未来人の中にいれられて何もできないくせに」

「ガッ」


 小春の刃はビクトールに突き刺さり、またしても石化してしまった。

 この男は危険だ。さすが人ならざる始祖を射抜いた人間だ、純度が高い。

 すると春風と共に場に似合わない粥の匂いが鼻腔を通って行った。思い出の弁当の中に粥はない。

 だとすれば体からの刺激だろう。部屋に誰かが粥を持ってきたようだ。


「僕は行かないね!?」


 胸元で×印を作り、必死に首を振るビクトールに対して小春は舌打ちを鳴らす。

 さっきのようにビクトールに外の様子を窺わせるのはできなくなってしまった。

 小春はまた目を閉じ、意識を覚醒させる。現実の体は眠っている状態なので何も難しいことはない。夢から覚めるようなものだ。

 ゆっくりと瞼を開け、気怠い体に鞭を打って起こす。

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