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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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第三幕 妖の都 境

「お待たせしましたー!天丼が二つと天麩羅蕎麦です!ごゆっくり!」


 目の前に置かれた天丼から湯気が漂い、ごま油の匂いが鼻腔と食欲を擽る。

 きつね色の衣が光に照らされて艶やかに輝いており、心做しか天麩羅の隙間から覗く米にも艶が見える。

 今すぐ天丼を食べたいが、まずは目の前に座る女性について問いたださなくてはならない。

 その意見は凉斗と同じようで、小春同様に蕎麦に手を出していない。

 対する女性は関係なく、手袋を外して海老の天麩羅に食らいついた。


「ん?食べないの?」

「食べますけど、私達知り合いじゃないですよね?」

「そうね、初めまして。私、千田千子(せんだかずこ)よ。どうぞよろしく」

「なんだこいつ」


 眉間に皺を寄せながら凉斗がつっこむ。小春も同様に眉を寄せていた。

 すると千子はにやりと口角をあげ、小春と凉斗を交互に見る。

 全く千子の目的が分からず、小春の頭は困惑で埋め尽くされていくばかりだ。


「呼び方に困るから名前を教えてくださる?」

「はい、よろしくで簡単に教えるわけないだろ。目的はなんだ?返答次第では警察に突き出すぞ」

「え、それは困るわ。でもまあ、それもそうね。私、小説家なの。霊園であなた達を見かけてピンときたわけ!」

「何がきたんだよ」

「小説家としての勘!それであなた達、特に軍人のあなた!あなたはいいモデルになりそう!」


 箸を置き、人差し指を容赦なく小春に指差す。目の前で指された人差し指に腹が立ったので軽く(はた)いた。

 一応、店内を見渡すが同じ白い軍服人間は見当たらない。

 正真正銘、千子は小春のことを言っているようだ。

 叩かれたことに千子は不満を顔に表しているが小春からしたらいい迷惑である。


「私をモデルにしたところで特に何も得することはないかと」

「あるわ!何せ、私はこの勘で小説界の新進気鋭になったもの!ちなみに小説家名は(あさひ)千子よ。聞いたことない?」


 千子は得意げに言ったが実際、小春は小説に関しては一般人程度の興味しか持ってない。

 もはや話に呆れて蕎麦を食べ始めている凉斗に関しては小春以下と言っても過言ではない。

 小春もまた天麩羅を齧りつつ、自身の右耳に着けてあるピアスに触れてホログラムを起動させて、検索ホームを表示させる。

 これは特殊小型通信機、通称ニシキ。連絡、インターネット検索、地図機能などが全て備わっている。

 だが地方などでは帝都ほど普及されてはおらず、物珍しい目で見られることが多々ある代物だ。その証拠に忙しく動いていた店員の目を奪ってしまっている。

 程なくして目の前に検索結果が表示され、旭千子のことが事細かく書いてあった。


『旭千子。大正二十二年に作家デビュー。代表作は〜恋せよ悪役令嬢〜であり、これが悪役ブームを巻き起こし、大衆向けジャンルのスターとなった』


 小春は左上の×ボタンを押し、表示されていた画面を閉じた。

 なんと言ったらいいのやら。目の前で肘をついて小春を見つめる千子の瞳には期待の色が濃く現れていた。

 恐らくすごいですやらサインくださいなどと言った言葉が欲しいのだろう。というか、もはや千子の瞳にそう書いているとしか見えない。視線が先ほどから嫌なくらいに痛い。

 助けるを求めるため、横目で凉斗を見ると天麩羅蕎麦を完食して満足そうに口元を拭っていた。

 すると視線を感じて意図を察したのか、凉斗はあーと唸った。


「千田さんとやら、俺たちにはあまり期待しない方がいいぞ。そもそも小春も俺も小説はあんまり読まないしな」

「ええ〜、それは残念。でもあなたは小春っていうのね、いい名前じゃない。苗字は?」

「言ってもいいのか、小春?」


 小春は頷いて、天丼を再び食べ始める。総合的な判断として言動がややおかしいが悪い人じゃないという結論になった。

 名前を知られたところで困るのはせいぜい、千子の小説にそのまま使われてしまうかもしれないことくらいだろう。

 だがそれも普段から小説を多く読まない小春にとって特段気にすることでもない。


「こいつは霧崎小春。俺は雨宮凉斗。そんで千田さんは小春の何が知りたいんだ」

「次の小説のテーマを妖にしようと思ってるの。今はその取材とか調査やらで大阪に向かってたわけなんだけど、主人公の案が全く思い浮かばなくて困ってて。そしたら小説の神様の思し召し!小春さんを見かけたってわけ!」

「いらない思し召しだな、それ」

「なんかこう、氷のような雰囲気がいいのよねぇ。やっぱり悪役は灼熱の炎か凍てつく絶対零度がいいのよ」


 危うく咥えていたかぼちゃの天麩羅を落としそうになる。

 確かに小学生時代は同級生の女の子達から悪役みたいな扱いをされていたが、流石に面と向かって悪役みたいだと言われると心に刺さる。

 箸と丼を置き、自分の顔をペタペタと触る。そんな小春を見た凉斗が反論を始めてしまった。


「確かに小春の目は人より冷めているが、その反対に人より何倍もの優しさを持っている。悪役ではないだろ」

「え、凉斗からそんな風に見えてたの?」

「なるほど、誰よりも優しい心を持っているのね!確かに手を合わせていた時の横顔は絵になっていたわ。挿絵として使ったても良いくらいにね。やっぱり小春さん、あなた、悪役令嬢にピッタリな人材よ!」

「嬉しくない…」


 その後も凉斗と千子であれやこれやと話していたが小春の耳には入ってこなかった。

 令嬢はともかく、やはり悪役が似合うと言われると複雑である。

 禄士郎はよく動物に好かれるのに小春は動物に避けられる理由はこれなのかもしれない。悲しい真実を知ってしまった。

 ふと小春の中である考えが浮かぶ。

 千子は次の小説のテーマを妖と言い、向かう先が大阪と言った。


「千子さん、聞いてもよろしいでしょうか?」

「ええ、良いわよ。何かしら?」

「もしかして妖の都、(さかい)に行きたいのですか?」

「そうよ!取材先にはピッタリでしょ?」

「そうですけど…千子さん、妖が本当にいると信じているのですか?」

「もちろん。だから白夜軍が存在して小春さんはその白い軍服を着ているのでしょう?」

「よくご存知で」

「白夜軍に私のダーリンが所属しているの。だからそこらの人よりは知っているつもりよ」


 ダーリン。つまりは恋人。

 恋人が白夜軍に所属していることよりも千子に恋人がいる事実に涼斗と小春に衝撃という名の雷が落ちる。

 虚偽か?と涼斗が失礼なことを抜かすので無言で足を踏んだ。


「では妖を信じているのですか?」

「姿形をはっきりとは見えないけど、何かいるって感じることはできるわ」


 どうやら千子と小春達の目的地は一緒のようだった。

 加えて千子には妖を完全に視認することはできないが感じ取るくらいはできるらしい。

 天丼を平らげた千子は境へ行くことに胸を弾ませているようだが、きっと小春達と共に境へ同行することはできない。

 その事実に気づいたのか、凉斗が横目で小春のことを見ていた。

 小春もまたその視線に応えるように小さく頷く。

 そして小春も天丼を完食し、大阪へと向かった。


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