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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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兵士であること、戦士であること 七

「二人ともこの部屋を出ろ!上に走れ!」

「は、はいっ!」


 返事した恵は驚きで燭台を地面に落としながらも幸奈の手を取り、ドアノブに手をかけようとした。

 それに続いて小春もアーベンにへを向け、部屋を出ようとした。

 だが小春の判断は正しく、そして遅かった。

 気がつけばアーベンはしなやかな指頭を小春の顎に這わせ、無理やり口を開かせる。


「私はね、多くの人間の愛よりもただ一人、そう、ただ一人の…『ビクトール』の愛が欲しいの」

「んむっ!?」

「小春さん!」

「魂だけでは愛は伝えられない。言葉は貰えない。だから()()()()()()()()()()()()()()


 白い魂が小春の口へと流し込まれる。舌で押し返そうにも後ろから腰に手を回され、抱き止められている状態で逃げようがない。

 そして魂は喉の奥を通っていく。込み上げる胃液と吐き気で押し返そうと抵抗するがアーベンの手が口を塞いでいるため、吐き出すことができない。

 アーベンの細い指の間からぼたぼたと小春の胃液と涎が零れ落ちる。

 小春も必死にアーベンの腕から逃げようと抵抗するが力の差が大きく、びくともしない。


「ん…ッ!!んんーッ!」

「吐き出さないで受け入れなさい。飲み込むだけでいい」


 ついに詰め込まれた魂は食道を通って胃の中へと落ちてしまった。

 いつぞやの円卓での大旦那の会話を思い出す。大旦那は那由が魂だけになってしまっても体さえあれば那由は生きることができる、なんてことを言っていた。

 魔術と妖術は構造が似ているとアーベンは言った。

 この現状を言ってしまえば、狙われて実行したのがアーベンか大旦那の違い。

 こうして理性を働かせないと入ってきた魂の意志に乗っ取られそうになる。

 体内から湧き上がる違和感に肌が粟立つ。アーベンの手から抜け出して何度も胃液を出し、口に指を突っ込んで吐き出そうとしても異変は変わらない。

 憑依術式の時に起きる異物に覆われていく感覚は似ている。だが小春の魂が拒否を叫び、中にあるもう一つの魂を追い出そうと暴れ回る。おかげで体が張り裂けそうだ。


 (クソクソクソッ!気持ち悪い気持ち悪い!)


 魂が二つあるせいで武器を紡げない。果てには鼻穴と口から血まで流れで出てきた。しかも致命傷を与えられたくらいの出血量だ。

 足が震え、歩くことさえままならず床に這いつくばる形になる。

 意識を、頭を動かし、涙を流しながら小春の名前を叫ぶ千子を胸ポケットから取り出す。

 胸ポケットに入れたままだと溢れる血が千子にかかってしまう。


「小春さん!小春さん!嗚呼そんな、ダメ、血が、このままじゃ!」

「霧崎さん!」

「おねえさん!」


 血を吐き、床を這いつくばりながらもなんとか駆け寄ってきた三人に背を向けてアーベンを睨み上げる。

 そして震える手で太ももに括り付けていたナイフを取り出す。


「這ってでも三人を守ろうなんて、そんな意志が残っているなんてさすがだわ。他の人ならこの時点で体が耐えきれず死んでしまうというのに。やっぱりコハルはビクトールの体にぴったりね」


 意識を手放せばきっと誰も大切な人に会えない。

 それは小春も同様、禄士郎に文句の一つを言ってやらないと気が済まない。

 すると奥から今度はウルシュが現れる。その顔には呆れが浮かんでいた。


「師匠、なぜ我慢できなかったんです。本来、ヴァルプルギスで行う予定だったのに」

「しょうがないじゃない。獲物がわざわざ檻の中に入ってきてくれたのよ?それは魂と体が惹かれ合ったから起きたこと。やっぱりコハルは運命の『体』だったのよ!」

「ふざ、るな…ッ!」


 言葉を吐こうとする度に血が溢れる。

 魂が急速に小春の体に溶け込み始めているせいか、湧き上がる感情が混じり合う。

 恐怖、怒り、悲しみ、苦しみ。その全てが小春の思考を襲う。


「さっさと体をビクトールに渡しなさい。そうすれば楽に死ねるのだから」


 気を抜けば意識が遠のきそうになる。ここで眠ってしまえばアーベンの筋書きになってしまう。それだけは嫌だ。

 意識を保つため、自身の太ももにナイフを突き立てようとした刹那であった。

 恵が落とした燭台の蝋燭に灯っていた炎が大きな竜巻となり、竜巻の周りには稲光が走った。


「フハハハ!その覚悟、手に入れたくなるほどの美徳であるぞ少女よ!そして余の登場である!拍手喝采で出迎えよ!」


 竜巻の中から高笑いと共に現れたのは鼈甲色の背広を着こなし、白いストールを靡かせた男と千子の婚約者の吾妻だった。

 味方が駆けつけたというのにもう一つの魂が拒んでいる。

 視界を無理やり共有しているからか、小春からもアーベン、現れた背広の男、そして吾妻でさえも敵に見えてしまう。


「む?拍手も喝采もないな、つまらん」


 白髪の髪を撫で付け、整えられた顎髭を触りながら男は眉を顰めた。

 そして男の後から現れた吾妻が小春に駆け寄り、力んでいる小春の肩を支えた。


「見事だ霧崎、ここはなんとする。安心しろ」

「ダーリン!」

「千子?どこにいるのだ千子!」

「下よ下!小春さんを助けてダーリン!小春さんの血が止まらないの!」


 吾妻は小さくなった千子を見つけて掬い上げ、手早く小春に妖力を流す。

 すると目を見開き、絶句した。無理もない、本来なら一つの体に魂が二つあることは異常なのだから。

 何も言葉を吐けない小春を見た吾妻は男に向かって大きく叫んだ。


「ロヴィン殿!至急、元の世界に戻る!霧崎の治療が最優先だ!」

「むむ?これから余の華麗な戦いを見せようというのにか?」

「知ったことか!それに目的は霧崎及び拉致被害者の奪還だ!魔術対決なら自国でやれ!」

「ふむふむ、武士は気難しいな。というわけだ夜の始祖、また会いにきてやる!光栄に思うが良いぞ!」


 男がそう投げかけるとアーベンは涼しかった笑顔を崩し、大きな舌打ちを鳴らした。

 どうやら二人は面識があるらしい。


「私はあなたになんか会いたくなかったわ、雷の始祖。だからここで死んでいきなさな」

「おおっと!フハハハ!昔と比べて好戦的だな!獲物を横取りされて化けの皮が剥がれてしまっているな!」


 アーベンが手を天井の夜空に翳すと夜空から男に向かって銃弾のような流星が流れ堕ちる。

 流星を笑いながら避け、そのまま小春の元へと男は走り寄った。

 そして手慣れたように小春を優しく抱き上げ、未だ巻き上がっている炎の竜巻に向かって走り出す。

 吾妻もまた千子、恵と幸奈を抱えて走り出した。

 そんな二人を見たアーベンは益々、激昂し、顔を歪めていく。


「返しなさい!その体はビクトールの、私のものよ!」

「フハハハ!無理な相談だ!bye!夜の始祖!」


 男は小春を抱き上げたまま、竜巻に身を投げた。

 竜巻に飛び込む前、僅かにアーベンの怒号が聞こえた気がした。

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