兵士であること、戦士であること 六
「霧崎さんは食べないの?」
「私は簡易食があるので大丈夫です。それはあなた達で食べてください」
小春は内ポケットからゼリー状の簡易食を取り出し、口に含む。
栄養を前提として作られているため、食べ慣れていないと不味くて食べれたものじゃない。
舌から伝達される味覚を無視して小春は虚無の顔でゼリーを胃に流す。
ジュゴォ!とパックから吸い取る音が大きかったせいか、恵達は口を開けて小春を見上げ、小春の肩に座っている千子はとんでもないものを見るような顔をしていた。
「何か?」
「小春さん、あなた…そんな簡易食ばかり食べてる訳じゃないわよね?それ、すごく不味いのに随分食べ慣れているみたい」
「…まさかまさか」
「決めた。帰ったらあなたを連れて料理店巡りをするわ」
「勘弁してください。私の胃袋は伸縮性ないんですって」
小春は空になったパックをゴミ箱に捨て、林檎を切り分けるために使ったナイフを軽く洗う。
使い込まれてないのか、切れ味はかなり良かった。現状、妖力の枯渇は起きていないができるだけ妖力を使った戦闘は避けたい。
ナイフに革カバーに納め、髪紐で太ももに括り付ける。三つ編みを解いたせいで少し髪が鬱陶しいがそれも仕方ない。
「ねえ、おねえさん」
「どうかしましたか?…あー、幸奈さん」
「あのね、奥にね、部屋があるの」
「部屋ですか…幸奈さんはそこに行ったことありますか?」
「ううん。アーベンねえねに入っちゃダメって言われたから知らない」
幸奈の言葉を聞いた小春は恵と千子にも確認したが答えは一緒だった。
あのアーベンが入るなと言った部屋だ。何か手がかりがあるかもしれない。
三人をここに置いていく手もあるが地上からここに来るまで一本道で他に避難できる部屋もなかった。
(連れていく方が良さそう)
三人が林檎を食べ終わったことを確認し、小春は戸棚から蝋燭とマッチを取り出す。
幸奈が指さした廊下の先は灯りがなく、燭台で照らさないと安全に歩けない。
小春は千子を胸ポケットに移動させ、二人を連れて廊下を照らしながら歩く。
「幸奈さん、この部屋で合ってますか?」
「うん。ここ」
目的の部屋の扉は何の変哲もない。
ドアノブに妖力を送り、罠がないかを確認する。
(異常はない。気味悪いな)
小春は燭台を恵に渡し、ドアノブを触って鍵の施錠を確認する。
鍵はかかってない。入るなと言っておいてこんなに不用心とは。
小春達は用心しながら部屋に入る。
部屋に電球などの灯りはない。だが代わりに暗い部屋の中を天の川が照らしていた。
「何これ…」
「すごーい!お星様だ!」
幸奈がはしゃぐ理由も分かる。天井に夜空が広がり、天の川が煌々と輝いている。
だがそれはこの部屋ではあり得ない。なぜならここは地下で空が見えるはずがないからだ。
絵でも写真でもない。正真正銘の夜空がこの部屋に広がっていた。
魔術によるものなのか、それとも夜の魔女の始祖故の能力なのか。
「私はこの夜空から生まれたの」
部屋の奥から銀鈴の声が嫋やかに響く。
小春は声の方に体を向け、恵達を庇うように警戒する。
暗闇から現れたのはもちろんアーベン。そしてその手には鳥籠を持っていた。
「だから暗闇は私、夜は私の力。人間は自然を愛し、恐れる。人間は訪れる暗闇を恐れ、暗闇に浮かぶ星を愛する。だから私達、始祖は人間の愛を受け取るため、そして施すために生まれるの」
「御伽話だろ、そんなの」
「あら、本当よ?私は夜空から産まれ落ちてきたの。どう落ちたかは眠っていたから知らないけど、目覚めたらドイツの森にいたわ」
アーベンは語りながら机に鳥籠を置いた。
そして小さく鳥籠の中に息を吹きかけると、小さな白い炎が浮き上がる。
とても既視感のある炎だった。この国では珍しい形だが、小春もよく見たことがあるもの。
「小春さん、あの白いものは何かしら…?」
「糸になる前の魂、異国人の魂ですね。日本で生まれ育った人間の魂は元々糸状ですが異国では炎の玉みたいな形をしているんですよ」
鳥籠から白い魂を取り出し、そのまま愛おしそうに優しく抱きしめた。
大旦那が那由を見つめる瞳にそっくりだ。嫌な予感に小春はバッシキを起動させた。
「ユキナ、この部屋に入ってはダメって言ったのに破ってしまったのね」
「あ、あっ…ごめんなさいっ」
「ふふっ、いいのよ。遅かれ早かれ、この子とハルコは出会う事に変わりはない。…いいえ、やっぱりまどろっこしいのは毒ね。そうでしょ、コハル」
もう小春が名乗った偽名に付き合う気は無くなったらしい。
アーベンは夜は私の力と言った。だとすれば夜空が広がるこの部屋は危険だ。まだ陽が昇っている外へと逃げるのが最善の一手だろう。




