もう一人のおかあさん 四
おかあさんを祓った後、八虎の尽力により本物の櫻子に会うことができ、残った簪を渡したのだ。
桜並木を歩いていた少女は美しい女性へと成長し、腕に赤ん坊を抱いていた。
夢でしか見たことがなかったせいか、小春よりもずっと年上の人だったことに驚き、まじまじと見てしまったのは許してほしい。
小春は八虎に言葉を補ってもらいながらお母さんについて全て説明した。
そして自分の都合でお母さんを利用し、櫻子のふりをしてしまったことを謝った。
だが櫻子は怒るどころか、小春に頭を下げて感謝を述べた。
「小春ちゃん、最後まで母のそばに居てくれてありがとう。だから謝らなくていいの。私にはできなかったから」
櫻子は小春のような妖が見える目を持っているわけではない。
もしおかあさんと出会っていてもお互いにすれ違っていただろう。
小春はなんと答えればよかったのか分からず、八虎を見た。
その困り顔を見て察したのか、八虎は微笑みながら小春の頭を撫でる。
「確かに那由や私、凉斗坊達に黙っていなくなったのは褒められたことではないけれど、少なくとも小春嬢のその優しい気持ちに救われた人がいるんだ。感謝をきちんと受け取りなさい」
あの日から六年経った今でも八虎の言葉は胸に残り続けている。
そして今、小春達は京都に立ち寄り、ある墓石の前で手を合わせていた。
「誰の墓参りかと思えば…」
「骨は帝都の無縁墓地にあるから、せめて墓だけでも京都にって櫻子さんが建てたんだって。付き合ってくれてありがとう、凉斗」
「おう。ついでに京都で腹ごしらえしていこうぜ」
「うん」
小春は立ち上がり、凉斗の隣に並んで歩き出す。
今でも胸ポケットの中にはいつも京都行きのチケットがある。もう使えはしないがお守りとして、あの日を忘れぬようにと小春は捨てなかった。
六年前と比べて京都の街も発展し、土産所や帝都からの観光客が増えていた。
賑わう京都の景色を眺めながら食事処を探す。
(何食べようか)
こういう食事処を探す時、大抵禄士郎が候補をいくつか上げてくれる。
その中から小春が選ぶというのが大体の流れだ。
だからこうして何を食べようかと考えることは少ない。
(こういう時、禄士郎様って便利なんだよなぁ)
なんて考えながら首を動かしていると天丼をおすすめとした店が目に留まる。
天麩羅を久しく食べていなかったことを思い出す。
少し可愛くない値段だがそこは必要経費ということで目を瞑ってもらおう。
「凉斗、天丼にしない?」
「天麩羅蕎麦はあるか?」
「お品書きには一応書いてある」
「よし食おう」
「やったー」
顎に手を当ててお品書きを吟味する凉斗の様子を見るに、今のお腹の好みに合致したようだ。
迷うことなく、店の戸を開ける。
戸につけられていた鈴が鳴り、忙しくなく動く店員と目が合っていらっしゃいませと声をかけられる。席が埋まっている状況と慌ただしい店内。どうやら当たりの店の戸を開けたようだ。
案内係の店員は視線を凉斗、小春、そして小春の横に動かすと笑顔で告げた。
「いらっしゃいませ!三名様でよろしいですか?」
「「三…?」」
それはおかしい。なぜなら小春と行動しているのも、今一緒に店に入ったのも凉斗だけだ。
小春達が否定しようと口を開いた瞬間だった。
一際、大きく通る声が店に響いた。
「ええ、三名で合ってるわ。席に案内して頂戴!」
その声の主は小春の右後ろからだった。
慌てて振り返るとそこには向日葵色のワンピースを着こなし、毛先がくるんと巻かれた短い黒髪と赤い口紅が印象的な女性が立っていた。
(え、誰…?)
何度も記憶の中からこの女性の顔を探したが見つかりはしなかった。
本当に知らない女性だった。




