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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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67/75

兵士であること、戦士であること 二

 

嵐丸の怒りはごもっともだ。

 これは命の選別。自身の命と千子の命、そして明日以降を生きる人々の命。


 『救える命があるなら俺も救いたいけどね。どれもこれもと言う訳にはいかないもんだよ』


 いつかの禄士郎が言った言葉が小春の脳裏に過ぎる。


 (私には英雄の器なんてものはないしね)


 小春は魔女の元へと歩み寄った。

 向き合うと魔女は嬉しそうに微笑み、嬉しいわと声を上げた。


「小春くん!いい加減にしろ!」

「坊や、これは私とお嬢さんのお話。間に入るのはダメよ。去りなさい」


 魔女が手を翳した瞬間、嵐丸と深琴の姿が消えた。

 刹那、小春は短刀を魔女の心臓へと切っ先を向けたが間に割り込んできた少年の斧で防がれてしまった。

 今の己の顔を鏡で見なくても分かる。怒りで血管がちぎれそうだ。

 そんな小春を見た魔女は慌てて首を振って困ったように眉を八の字にする。


「勘違いしないで、ミコト達を殺したりしてないわ。あなたの飼い主の元へ送り届けただけよ。ね?私って優しいでしょう?」

「黙れ、偽善野郎。テメェの都合で魔術(チカラ)をばら撒いてんじゃねえよ。テメェらについて行ってやるけど瓶の中にいる人に二度と触れるな」

「不思議。私、あなたと言葉を交わすのは初めてなのにとても嫌われているなんて。確かに彼女を小人にして瓶の中に閉じ込めてしまったことは謝るけど」

「なら不思議のままでいろ、バケモンが。いいか、私はテメェの殺し方を知っている。その命、いつだって終わらせてやるからな」


 小春がそう吐き捨てると魔女の顔から感情が削げ落ち、無表情のまま小春の目を見つめた。

 その瞳はどこまでも黒く、感情が微塵も見えない。


「仲良くなりたかったのに。そっか、残念」


 刹那、一触即発な空気を切り裂くように間にいた少年がわざとらしく咳払いをした。


「言い争いは後でにしてください。師匠、今日は忙しいんですから呑気に会話しないでください」

「えー?会話は大切でしょ?」

「大切ですけどここで長々としないでくださいと言ってるんです。霧崎さん、師匠が失礼しました」


 名を呼ばれたことに少し驚いたが知られていたことに慌てても仕方ない。

 そもそも小春だけが指名されたのだ。小春のことを調べていると言われても不思議ではない。腹は立つが。

 すると少年は小春のニシキを指差した。


「霧崎さん、ニシキを外して僕にください」

「何故?」

「それ、軍から支給されたものを買い取ったんですよね?」

「…それが何」

「軍から買い取ったニシキにはあなた方の飼い主さんの目がついているんですよ。ほんと便利な道具ですよねこれ」


 飼い主の目、つまりかの子が兵士に支給しているニシキに何か細工をしているのだろうか。

 そんな話を小春は聞いたことがない。

 ただニシキには追尾機能、いわゆるGPS機能が付属されている。

 かの子がGPSを使って兵士の位置を把握し、任務を出していたと言うなら先ほどの放火魔の魔女もどきの対応の指示の速さは納得できる。

 つまりこの少年が言いたいのはこれから行く先をかの子に知られたくないからよこせと言うこと。

 小春は大人しくニシキを耳朶から外し、少年に差し出した。


「ありがとうございます。あ、僕の名前はウルシュです」


 名前を名乗りながらウルシュはニシキを粉々に握りつぶした。

 あまりにも自然に潰すものだから小春は言い返す言葉を失ってしまった。


「すみません、ニシキは壊しました」


 事後報告だった。

 粉々に粉砕したニシキは音もなく、地面へと落ちていく。

 これで小春に外部と連絡をとる手段は無くなってしまった。

 かの子や禄士郎にメッセージくらい送っておけば良かったと後悔するが後の祭り。

 粉砕したニシキの残骸を見て小春は舌打ちを呑み込んだ。


「さて師匠、ここでの用は済みましたから行きましょう」


 ウルシュは魔女から千子が入った瓶を受け取り、鞄に入れる。

 鞄とウルシュを交互に見ると苦笑いを浮かべ、後でお渡しします、と小春に言って歩き出してしまった。


(わたくし)はアーベン、日本ではそう名乗ってるわ。あなたの名前は?」

「ハルコ」

「ふふっ、じゃあハルコって事にしておくわ。さあ、行きましょう」


 この魔女に名乗る名などない。恐らく向こうは小春の知らないところで小春のことを調べているだろうが。

 嘘を吐いてた小春はアーベンの後に続いて歩き出した。


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