第十八幕 兵士であること、戦士であること
焼けた銀座の中央通り、眠る深琴を姫抱きする嵐丸と小春がいた。
小春は深琴から糸を引き抜き、絡みついた魔術の痕跡を解いていく。
深琴自身の問題が解決すれば、次に待っているのは魔女との契約を外部から引き離すこと。
「糸の具合はどうだい」
嵐丸の問いかけに小春は下唇を噛んだ。
石母田貴美子しかり、魔女と契約し、授かった力を使えば文字通り命を削る。
深琴が授かった力こそ、あの黒曜石のような薙刀だったんだろう。
以前の合同訓練の時と比べて糸が短くなっていた。
たが不幸中の幸いで深琴が持っていた異質が魔女の魔術をある程度打ち消していたようだ。
治癒という異質だったから助かったようなもの。
他の異質ではなし得なかったことだろう。
「糸が短くなってます。今すぐ死ぬということは無さそうですけど…」
「そうか…何はともあれ、間に合ってよかった。本当に」
深琴の額に自身の額を寄せ、安堵の息を零した。
今回の深琴の糸に触れる作戦が上手くいったのは嵐丸の心の強さが要になっていた。小春一人ではなしえなかったこと。
にしても嵐丸が深琴にここまで惚れ込んでいたとは知らなかった。
見ているこっちが耳を覆いたくなるほどの愛の告白。
「さっさと好きだと言っていれば話は変わっていたかもしれませんね、嵐丸先輩」
「痛いとこは突つかないでほしいが、君の言う通りだな。駆け引きや遠慮なんてするべきではなかった」
「あれだけ小っ恥ずかしいこと言えるんですから別に好きくらい言えたでしょうに」
「ふふ、小春くんは男心が分かっていないね。男からの好きは最終手段なのだよ」
「嵐丸先輩、また手が滑って先輩の頬を叩きそうです」
「反省はしてるけど三回目はきつい」
情念の中では怪我などはしないが記憶や感触は残る。
今日だけで嵐丸は禄士郎から一発、小春から一発ずつ叩かれている。
深琴のことを考えれば三発目など安いものだと思うが。
(まあ、三発目は深琴先輩にしてもらおう)
魔術の痕跡を完全に解いた小春は深琴の糸を丁寧に心臓へと戻していく。
すると嵐丸は小春の手捌きを見ながら感嘆の声を上げた。
「深琴から聞いてはいたが本当にセンスがいいというか、君に糸の扱いを教えた師は相当優秀な方だな」
「厳しい師ですから。さすがに魔術の痕跡を解くの初めてですけど、感覚としては穢れとそう変わらないので見た目ほど難しくはないですね」
経験とは変え難いものだ。軍学校から入学してから座学より任務が多かった為か、さほど難しいと思わなくなっている。
どちらかと言えば合同訓練の時の骨を縫った時の方が難しかった。
そういう点では座学免除の要因である禄士郎には感謝せねばならない。座学を受けただけでは深琴を助けることはできなかったかもしれない。
(あ、そういえば禄士郎様)
小春は振り返って禄士郎が飛ばされていった方向を見る。
禄士郎が吹き飛ばされたであろう建設中のビルは炎に包まれ、大火事になっていた。
消防隊の警報音が聞こえるあたり、消火活動が始まっているのだろう。
ならば決着は着いていておかしくはない。
小春はニシキに電源を入れて、禄士郎に電話をかけるが一向に繋がらない。
「坊ちゃんに電話しているのかい?」
「はい。大抵、楽しかったなんて呑気に感想を言うんですけど…さっきから電話が繋がらなくて」
「見るに激闘だったのかもね。彼のニシキが戦闘中に壊れたということもありえる」
「それもそうですね」
「へぇ、ミコトったら優秀なお友達がいたのね。残念だわ」
ニシキの電源を切った瞬間、雪原に響くような銀鈴の声が小春達がいる空間を支配した。
声の主は振り返る小春に触れようと手を伸ばす。
伸びてくるしなやかな指頭に小春は瞬きすることもできなかった。
「ダメですよ、師匠。我慢です」
あと少しで触れられてしまう、その瞬間、声の主の手は褐色の少年に制止によって止められた。
我に返った小春と嵐丸は慌てて二人から距離を取る。
そして小春は短刀を紡ぎ、全身に妖力の膜を巡らせた。
呼吸が浅くなる。
隣にいる嵐丸も混乱しているが危険とは理解しているようだ。
(この感じ、大旦那様に似てる)
確証はないが小春の中の勘が告げていた。
視線の先にいる女は大旦那と同じ類の何かであると。
つまりそれは那由が話していた始祖であり、事件の根幹である『夜の魔女』だということ。
大旦那もそうだが、どうにも一見人間への擬態が上手に見えるが目を凝らすとチグハグだ。
女の風貌だが体の部位だけで見ると男の特徴がいくつか見えてくる。まるで男女の体が混じったような奇妙な姿だ。
こんな不気味な存在が消火活動の只中にいるのに何故誰も疑問を持たないのだろうか。
「あなた達がよく使ってる認識阻害ってとても便利よね。これを使うと皆、私を避けていくの。まるで透明人間になったみたいだわ」
「その言い方だと妖術を模倣したのかな、魔女さん」
「まあ!魔女さんですって!ふふっ、そうよ!教えてあげる!魔術と妖術って構造は似ているの。だから魔術を妖術で応用できるし、その反対もできるの。国を跨いだだけで何も変わらない。あなた達、人間と一緒ね」
朗らかに浮かべる笑顔には似合わないくらいの毒を魔女は吐く。長い時間、人間を見てきた魔女だから言えることなのだろう。
だが小春にはこの魔女の目的がいまいち分からない。
深琴を取り返しに来たのならさっさと嵐丸に攻撃して取り返しているはず。その隙はいくらでもあった。
嵐丸もまた深琴を奪われないように警戒し続けている。
「あらあら、坊やはミコトがとても大切なのね。素敵なことだわ。安心して、私はあなた達二人に用があるわけじゃないの」
「それでは誰に用があるというんだい?」
「お隣のお嬢さんに用があるの。ねえ、私達の話を聞いてくださる?」
魔女は小春を指さし、目を細めた。
既視感のある光景だった。いつぞやの中華料理店で似たような生き物に同じような視線を向けられたことを思い出してしまった。
あの時の嫌悪感が込み上げ、小春は舌打ちを鳴らして魔女を睨みつけた。
人間でも妖でもない生物はこうも人の嫌悪を簡単に生み出すことができるのだろうか。
「小春くん、彼女と面識は?」
「ないです。桃坂家経由で話だけは聞いてます」
「じゃあ彼女が件の魔女であっているんだね」
「間違いないかと。隣にいる少年は知りませんけど」
「そうか…小春くん、合図したら移動術式で逃げる。しっかり掴まれよ」
横目で見る嵐丸は頬に汗を流しながらバッシキに触れる。
この場においての正しい判断だ。捕縛より撤退。
隣にいる少年が未知数の状態に加えて禄士郎がいない状態で勝てるとは思えない。
小春はいつでも嵐丸の服を掴めるようにゆっくりと嵐丸ににじり寄る。
「私の言ってたこと分からなかったのかしら?私、あなたに用があるの」
すると隣にいた少年が持っていた鞄の中から小瓶を取り出した。
その小瓶の中身に小春は目を見開き、呼吸が止まった。
中で必死に瓶を叩いて何かを叫ぶ小人になった千子が詰められていた。
厚いガラス越しに千子と目が合い、千子が目を潤ませて小春に必死に叫んで訴えている。
小春は短刀を構えるのをやめ、魔女を見た。
「許してね。瓶の彼女にこれ以上の危害を加えるつもりはないから」
「私が抵抗しない限り、の間違いでしょう。人はそれを脅しって言うんですよ」
「賢い子。じゃあ本題に入りましょう。今から私達のパーティに来てほしいの」
パーティに来てほしい。つまりは敵地についてこいと言うこと。
小春を小さく呼びかけた嵐丸は首を振る。行くなと言いたいのだろう。
だが小春には千子を見捨てて逃げるという選択肢はない。
戦場に立つ兵士ならここで撤退し、かの子に救援要請と魔女の報告するべきなのだろう。
それがこの先の日本で多くの人間が救われる結果に繋がる。
「すみません、先輩。筺辺大佐に報告をお願いします」
「やめたまえ、今は逃げるほうが最優先だ。生きてこそだろう」
「先輩が正しいのは分かってます。でも私、大切な人たちを守るために紬師になったんです」
「阿呆!君が殺される可能性があるのに譲れない信念もクソもあるか!」




