それぞれの戦場 二
「だって僕は深琴が大好きでどこまでも一緒に生きたいからね!」
「は!?」
「僕達にはまだまだ対話も時間も足りていなかったようだ!だから気が済むまで共に踊ろうじゃないか!」
「嫌いって言ってるの!薄っぺらい博愛はやめて、気持ち悪い!」
二人とも大切な先輩だが、見せられている痴話喧嘩に小春は苛立ちが募っていく。
ふざけているのはどちらだ。禄士郎に叱っておいて自身も好きな人の前では愛を叫んでいるではないか。
小春の目元がピクピクと痙攣し始める。周りでは警察官や陸軍兵士、一般市民の死体が転がっていると言うのに。
二人が口では口喧嘩をしているのに交える刃を重く、周りの店を壊し、電柱を薙ぎ倒していく。
これでは一向に埒が空かず、被害が増すだけ。
小春は息を細く長く吐き、空になった肺を満たすように空気を吸う。
そして妖力を全身に巡らせて筋力を強化する。
もっと深琴を仲を深めていれば頼ってもらえていたのだろうか。それもこれもたられば。
話し合いが足りなかったのあればもっと腹を割って曝け出し方がいいのだろう。
「間違って嵐丸先輩を殴っても許されるよね、今なら」
相手が話の席に座ろうとしなのであればこちらから向かうまで。
禄士郎と数々の任務を共にしているせいか、最近物騒な思考が似てきてしまっている気がする。
それでも今の先輩達の間に割り込むにはちょうどいいのかもしれない。
小春は短刀の刃の長さを伸ばし、脇差へと紡ぎ直す。
そして戦っている二人の元へ全速力で走り、二人に向かって刀を振り下ろした。
「小春ちゃん!?」
「あッぶないな!?今、僕も斬ろうとしただろ君!」
さすが数多の戦場を駆けてきた先輩達である。すぐさまに小春の刃を避けた。
「すみません、深琴先輩と距離が近かったので」
「そうじゃなくて!もっと援護とかあるだろう!君まで前線に来る必要はないだろ!」
「いえいえ何を言いますか嵐丸さん。私だって深琴先輩が好きなんです」
小春の言葉に深琴は目を見開かせた。そんなに驚くことなのだろうか。
「私は小春ちゃんのことも嫌いですよ。私と同じゃないし、私のことを知ったら小春ちゃんだって私のことを嫌いになる」
「なら腹割って語り合いましょうよ、全て。先輩のおかげで覚悟が決まりました」
「…すごく迷惑です」
祓魔師に対して紬師が二人という前例がない構図ができてしまった。
だがそれでもまた深琴と純喫茶や買い物へ行くために死に物狂いで止めなければならない。
小春は柄を強く握り、深琴に向かって刃を振り落とすが簡単に受け止められてしまう。
短刀と薙刀では太刀打ちが難しいと脇差にしたが、やはり禄士郎のように上手くはいかない。
刹那、後方から飛んできた矢が深琴の頬を掠めていく。矢を放ったのはもちろん嵐丸だ。
「嫉妬してしまうな。横槍かね、小春くん」
「そもそも深琴先輩との時間を長く過ごしているのは嵐丸先輩なのに、この状況はおかしいでしょう」
「ハハっ、君もなかなかに腹立つこと言うね!ぐうの音も出ないのが嫌になりそうだ!」
「なら覚悟決めて深琴先輩とぶつかってください」
小春は嵐丸の顔を見ながら言う。
嵐丸の顔は引き攣っていたが小春の顔を見て何かを察したのか目元の痙攣が治ったようだ。
「深琴と向き合う前に何か僕に言いたいことでもあるのかな」
「あります。ずっと考えていたんです、契約者の糸に触れる方法を」
そこで何か気付いたのか、嵐丸は小春の妖力を辿って思念を流し込んできた。
そして深琴に悟られぬように絶え間なく矢を撃ち続ける。
小春もまた深琴に斬りかかる。こうも同時進行でやることが多いとどれかが疎かになりそうで困る。
(魔女もどきの糸に妖力を纏ったまま触れるのが良しとしないのは知っている。通達があったからな)
(ですから妖力の膜を解除して深琴先輩の糸に触れます)
(随分危険だと思うが?今の深琴の情念は恐らく強いぞ)
思念で会話しながら深琴の斬撃を受け流していく。一歩でも選択を間違えれば斬り殺されるだろう。
小春が覚悟を決めたように深琴も覚悟を決めている。
目の前にいる小春を逃がさないとばかりに眼光が鋭く、一撃一撃が骨に響くほど重い。
冷や汗が止まらず、柄を握る手が小刻みに震える。
戦いながら嵐丸との作戦会議のために時間を稼いでいると嵐丸の矢が小春の肩を掠めて通り過ぎ、深琴の肩に突き刺さる。
「ぐっ!」
「ちょっと嵐丸先輩!私にも掠ったんですけど!」
「二人ともすまない!水に流してくれ!」
深琴は痛みに顔を歪めた。
その隙を狙い、薙刀を奪って遠くへ飛ばす。掠めただけのに血がじわじわと軍服に滲んでいく。矢に毒でも塗ったのかと疑いたくなる。
そして薙刀を回収しようと小春から距離を空けようとした深琴に小春は拘束術式を展開する。
「嵐丸先輩!」
「でかした、小春くん!」
嵐丸はそのまま体勢を崩して尻餅をついた深琴の心臓から糸を引き抜く。
もちろん引き抜いた嵐丸の手には妖力の膜はない。素手で引き抜いているから深琴から魔女の記憶が消えることはない。
次に小春も妖力の膜を解き、引き抜かれた深琴の糸に触れる。
「何をしているの!」
「深琴、君はこの世界を恨んでいるのかい?確かに美しくて、とても残酷だと思うよ」
「二人とも今すぐ離して!やめてお願い見ないで、何も聞かないで!」
「君と共にこの世界を恨むのも悪くないね!楽しそうだ!」
小春と嵐丸は深琴の情念に呑まれた。
ーーー
泣き声が聞こえる。子供の泣き声だ。
謝る声が聞こえる。とても弱々しく聞いているこちらが苦しくなる。
怒号が聞こえる。子供や謝る母親を罵倒し、金を持っていないことをずっと責めている。
小春が目を開くと暗く狭い部屋を白熱電球が照らしていた。
部屋には赤ん坊、赤ん坊を抱きしめる少女、少女の後ろに隠れてしがみつく少女、そして少女達を庇いながら土下座をしている老婆。
少女達を叱責するのは目が大きく釣り上がり、口が大きく裂けた女。
話の内容からすると少女達の母親らしい。
母親だと言うのにその姿は妖のような風貌。今にもその大きな口で少女達を飲み込みそうだ。
小春は部屋の片隅に座り、その光景を眺める。
(ずっと喚いているな、あの化け物)
小春の家ではこんなに声が響くことはない。
それこそ那由と食卓を囲むようになってからは笑い声が響くことが多くなったが。
「だから見られたくなかったのに」
座って眺める小春に声をかけたのは小春の知る深琴だった。
やはりここは深琴の記憶の中で赤ん坊を抱えている少女こそ、幼き頃の深琴なのだろう。
そして深琴は小春から少し距離を空けて座った。さすがに情念の中で戦う気はないようだ。
「深琴先輩のお母様はあのような姿だったんですか?」
「人間のはずなんですけどね。なんでだか、あの人を思い出そうとすると化け物みたいな姿しか思い出せないんです」
「…不思議ですね。お父様はいらっしゃらないんですね」
「顔も知らないよ。白夜軍の兵士だったらしいですけど」
吐き捨てるように深琴は言った。
この光景がずっと続いていたのだろうか。
もしそうだとするならこの世の中も人も恨みたくもなる。頑張って生きようなんて簡単に言えるものではない。
「小春ちゃんのお父さんの件を聞いて、私と一緒じゃないのかなって思ったの」
「…異なりますね」
「そう。人間なんて皆一緒のわけがない。血を分けた姉妹であっても」
「深琴先輩は私が一緒であって欲しいからお父さんに会わないほうがいいって言ったんですか?」
「うん。例え話だけどもし雨が降っている状態で私が傘を持ってなかったら、傘を持ってきてくれる人じゃなくて一緒に濡れてくれる人が…私は嬉しい。傘をさしたまま、雨は止むなんて言われても何も響かないんです」
小さく言われた例え話は痛いほどわかる話だった。
小春だって経験したことがない話ではない。
幼い頃、お手伝いのミチヨさんにいつかお父さんと会えるからと言われた時、今がいいと言いたくなった時があった。
でもそう言えば困らせてしまうだけ。ミチヨさんは小春の家庭をどうこうできるわけではなかった。
だからその時、小春は頷くだけで何も言わなかった。
だが小春には凉斗や那由、灼司達がいた。大切な人たちのおかげでミチヨとのやり取りを思い出す余地なんてなかった。
「嵐丸先輩や私では先輩の力になれませんか」
「…もう無理なんです。私は疲れました」
「いいやなれるとも!なってみせるとも!」
暗い部屋から景色は一変し、イタリアにあるオペラ座の会場のような場所へと移り変わった。
小春達は畳からふかふかの椅子に座らされ、スポットライトが照らされた舞台に視線を奪われる。
舞台でライトに照らされているのは太陽のように笑う嵐丸だった。
あまりの場面転換に小春は隣に座っている深琴を見た。
だが深琴も同じ感想を抱いているようで目を見開いて固まっている。
「ふふん!驚いたかい?ここは僕の思い出の場所、初めてヴァイオリンを大勢の前で演奏した場所さ!」
「え、いや、ここは深琴先輩の記憶の中では?」
「君ねぇ、爪が甘いよ。確かに強力な情念を一人で受け止めるのは危険だから二人で負担を分けると言うのは悪い案ではない。だがその後は考えていなかったのかい?脱出方法は?」
「あ…」
盲点だった。なつの時は彼女の問題を解決して情念から抜け出すことができた。
だから漠然と深琴の問題を解決すれば戻れると思ったが、戻れた経験があるだけで確証ではない。
そう考えれば小春はとんでもないことを嵐丸に強いていたと言うことになる。
「だけど頼った相手は正解だよ、小春くん。強い情念にはより強い情念をぶつける。これで力関係が書き換えられて僕の意思次第で君たちを戻すことができる」
「なるほど…」
これは那由からも習っていないことだ。
大前提、人の情念に呑めれるなんてそうそう起こることでもない。だから那由も教えなかったと言うのが正しいとは思うが。
つまり現状、世界は嵐丸によって書き換えられたと言うことになる。
嵐丸の生い立ちを考えればここはイタリアではなく、ドイツということになりそうだ。
「さて話を戻すが、確かに僕は止まない雨はないと君に言ったことがあるよ。それが深琴の胸に引っかかったんだね」
「…そう。だから嵐丸君が嫌い。傘なんてくれるわけでも一緒に濡れる気もないくせに」
「ノン!それは違う!僕は雨に濡れるのも好きだし、深琴が一緒に入れるように大きな傘をさすさ!」
不思議な光景だ。
本来、舞台の上に立っている役者は客席に問いかけたり、話しかけることはない。あってはならないのだ。
だが今はどうだ。嵐丸はまるで深琴に舞台に上がれと言わんばかりに話しかけている。
(まどろっこしいなんて思うのは野暮か)
これが嵐丸が深琴に示す最大の愛なのだろう。
「僕は一年、いや二年と言っても差し支えないか。その年月、君の隣で君を見てきたつもりだ。自負もある。だけど深琴の情念を見てようやく君の過去を知った。知ってもなお、僕は深琴の隣にいたい!いや益々好きになった!愛したくなった!僕でも不思議な心地だよ!」
「なんで、わからないよ…」
「君はもっと人から愛されていることを自覚したほうがいい。僕や小春くん、お祖母様や妹くん達」
「あ…う…」
深琴は両手で顔を覆い、背を丸めて嗚咽を溢す。
そしてついに嵐丸は舞台から降り、深琴の頬を包み、顔を上げさせた。小春にはできない、どこまでも強引な人だ。
だがそれが今の深琴には良い薬なのだろう。
小春では深琴の弱音も涙も引き出すことなんてできない。心のどこかでそう思ってしまった。
「大好きな深琴、僕と一緒に生きよう。共に君の大切な人たちを守りながらさ」
「…もう、強引すぎるよ…嵐丸くん、ごめんね」
「ん?深琴、そうじゃないぞ?ごめんねじゃなくて?」
「え、ありがとう…?」
「それと?」
「…嫌いって言ってごめん?」
「そうじゃなくて!」
「だ、大好き…で…す…うぅ…」
「そう!」
この日、初めて小春は人の頬を叩いた。




