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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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差し出す代償 四

「爆発」


 刹那、紀江の周りで爆竹が弾けたような火花が散り、男の体がまるで爆弾のように弾け飛んだ。

 男は黒焦げの肉塊となり、近くにいた少女達も爆発に巻き込まれて瑞々しかった肌が赤く焦げいている。

 店内は音楽を掻き消すほどの悲鳴が上がり、爆発に巻き込まれた少女達は怪我の痛みに喚き始めた。

 次に紀江は逃げ惑う男や少女達の服や腕を片っ端から掴み、爆発と叫んで店内を地獄へと変えていく。


「出雲さん!止まってください!」

「え?あ、あちゃぁ…やりすぎた!アーベンに怒られるかな?」


 深琴の声で我に返った紀江だが、時すでに遅し、地獄の鬼ごっこはカフェーリリィを壊滅させた。

 残された深琴と先輩は運よく逃げ出せた少女達と黒焦げになった人間をそれぞれ眺める。

 隣にいた先輩は腰が抜けたようだしゃがみ込んで顔を青白くさせていた。

 すると焦げと返り血を服や肌に纏った紀江が先輩と同様にしゃがみ込み、そして幼子のように抱きつく。


「先輩、言ってたじゃないですか。男が嫌い、店長が嫌い、こんな世の中を作った人間が嫌い、いつかこんな世界を一緒に変えれたらいいねって」

「言ってない…!そんなこと、言ってない…!」

「アタシに嘘ついてたんですか?それとも悪い奴らにそう言えって言われてるんですか?」

「ひっ!?」


 紀江は顔に苛立ちを滲ませ、火花を散らしている。

 火花の弾ける音がまるで制限時間のように先輩を追い詰めていく。

 本来ならここで紀江を怒らせないように嘘をついてでも穏便に終わらせるのが一番だ。


「確かに言ったわ…」

「ですよね!だからアタシ」

「でもそれはアンタがバカで暇つぶしにちょうど良かっただけ!勝手に勘違いしてんじゃないわよ!」


 激昂する先輩の顔を深琴の位置からは見えない。反対に先輩に抱きついている紀江の顔はよく見えた。

 そこには無表情しかなった。手の甲には血管が浮き立ち、強く抱き締めていることが分かる。

 だが今、紀江が何を思っているのか深琴には分からなかった。


「先輩。全てアタシが勘違いしてただけなんですか?」

「そうよ!もう離して!」


 紀江は大人しく先輩から手を離し、先輩が逃げられるように距離を空けた。

 解放された先輩は必死に外へと逃げていった。

 騒動を聞きつけた警察が次第に集まっていく。割れたガラスの先から警察官の男に先輩が保護されている様子が見える。

 意外だった。紀江のことだからてっきり爆発させるかと思って深琴は肝を冷やしていた。


「ねえ、深琴。知ってる?警察の車ってたくさん走らすために予備の油を絶対に乗せているんだって」

「え、あ…待って、出雲さんあなた!」

「先輩が死ぬところ見たかったなぁ」


 穏やかな笑顔で紀江は警察の車を見ている。

 そして先輩が車に乗り込んだのを確認して、いつもの特徴的な犬歯を剥き出して声を上げた。


「爆発!!」


 轟音と共に先輩が乗った車は爆発し、炎は他の車や警察官を巻き込んで燃え上がる嵐を作っていく。

 荒れた店内では紀江の甲高い笑い声が響き渡る。

 深琴にできることなんて紀江を止めることしかなかっただろう。

 だが深琴はそれができなかった。深琴は所詮第三者、先輩と紀江の思い出なんて知らない。

 それにあの先輩の言葉や蔑む瞳を庇おうと思えなかった。


「アーベンに怒られそうだけどまあいっか!大っ嫌いな警察と先輩の悲鳴も聞けたし」

「出雲さんは、その…判断が早いですね」

「早いも何もアタシはアタシのことをバカにする奴が嫌いなんだよ。だから最後の別れのハグの時に爆弾にしてやった。触れたらこっちのもんよ!」

「でもアーベンさんには確実に怒られますね」


 深琴の言葉に紀江は顔を顰めて舌を出した。まるで嫌いな食べ物を食べた時の幸奈のようだ。


「ヴァルプルギスまで我慢しようとは思ったけどさ?やっぱ爆発したくなったから仕方ないよねー」


 『ヴァルプルギス』、それは今夜高尾山で行われる予定の魔女達による祭りの名前だ。

 古来よい北欧やドイツに住む魔女達が山の頂上に集まり、一夜限りの祭りを開催していた。

 アーベンが育った土地はイギリスらしいが生まれはドイツにあるどこかの森の中らしい。

 過去の旅の中で故郷に訪れた時に祭りの存在を知ったらしい。

 開催するなら魔女狩りが起きていない日本で行う方がいいというウルシュの助言で季節外れのヴァルプルギスが行われることとなった。

 それに魔女になった契約者達が高尾山に集う。だが行われるのはただの楽しい祭りだけではない。

 本来の意図としては明日全国で多発させるテロの決起集会でもある。

 アーベンの言っていた『理が間違っている』。この言葉は彼女にとって本意で契約者達に力と共にこの言葉を授けていた。


 (…本当なら私は阻止する立場、なんだろうな)


 アーベンにはテロに参加しなくていいと言われてしまった。

 彼女の言葉に嘘はない。だから子供が戦うのは間違っていると言っていた言葉も本意だった。

 だから深琴はこれを機に恵と幸奈を連れて地方へと逃げようと決めている。

 せめて恵と幸奈が健やかに暮らせる場所に行こう。オークションから助け出したあの日からずっと考えていたことだ。


「深琴は明日のテロには参加しないんでしょ?だったら深琴がここを燃やしてくれても良かったのに」

「ここに思い出もなければ恨みもない私が燃やすのは違うと思います」

「あ、確かに。それもそっか。ねえねえ、警察燃やしたら今度は誰が来るかな?陸軍とか?」

「…いや十中八九白夜軍ですよ」

「十…八?何それ?」

「ほとんどって意味です」


 割れた窓から見える景色を見て深琴は逃げられないことを悟る。

 なぜなら外には見知った人物達が目を見開いて深琴のことを見ていたからだ。

 橘嵐丸、霧崎小春、桃坂禄士郎。一番、今会いたくない人たちだった。

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