差し出す代償 二
朝餉も終わらせ、自室に戻ってきていた深琴達は寝間着からアーベンが用意してくれていた洋服に着替えている只中だった。
「よー!アーベン来てやったわ!」
扉を乱暴に開く音と共に短髪の女が部屋に足音を鳴らして入ってきた。
アーベンの友達の一人、尖った犬歯が特徴の出雲紀江だった。
大きな物音に怯えた恵と幸奈は着替えていた深琴の後ろに隠れ、紀江を睨んでいる。
すると開けっ放しの扉からアーベンが現れ、ため息をついた。
「こら、そこは深琴達の部屋。私、アーベンはここよ、ノリエ」
「ん?この部屋じゃなかった。ごめんごめん。驚かせて悪かったね、チビ共」
素直に謝る紀江だが反省の色は全く伺えない。
それもそのはず、こうしてノックも無しに入ってくるのはこれで三回目だからだ。なんどもしてまっているからか、本人も反省する気なんてないのだろう。
適当に言われた謝罪に怒りを感じているのか、深琴の後ろで恵と幸奈が無言で紀江を睨んだままだった。
二人の睨みが気に入らなかったのか、紀江は近くに置いてあった椅子を蹴り飛ばす。
「んだよ?アタシはちゃんと謝っただろうが!文句あんのかガキ共!?」
刹那、深琴の中で死んだサオリとの記憶が蘇る。
サオリもまた深琴や祖母から金を巻き上げる時には物を投げたり、蹴ったりして大きな音を鳴らしていた。
記憶が蘇ったのは深琴だけでなく、後ろの二人も同じだったようで顔が青白くなっている。
恵の手が震え、幸奈の瞳に涙が浮かんでいる。
深琴達の様子を見たアーベンが紀江を窘める前に深琴がバッシキを起動させ、妖力を最大出力させて紀江を縛る。
最大出力で縛ったせいか、紀江は苦しそうに声を上げ、深琴を睨んだ。
「痛ぇ!なんだよ?!」
「あなたが妹達に何もしなければこんなことしませんよ」
「ああ!?椅子を蹴っただけだし!?なんもしてねぇじゃん!」
そう、だから深琴は殺さずに尋問などでよく使われる拘束術式だ。白夜軍の尋問においては十八番の術式である。
たとえ武器を紡げなくても人を殺すことはできる。
白夜軍兵士見習いであっても兵士であることに変わりはない。
「自分より弱い生き物に対して怒声を上げることは何もしてないことになるんですか?そんなわけないでしょ」
「…チッ。悪かったよ、気を付けるから解いてくれない?」
紀江の言葉に深琴は術式を解くことしなかった。
サオリがいなくなったせいか、行き場のない怒りが深琴の中でずっと燻っていた。
事情を知らないとはいえ、何度も触れられたくないものを突かれると腹が立つ。
これまではアーベンが注意する程度で終わらせていたが、そう何度も許せるわけではない。
縛りつける術が怒りと共に強くなっていく。強くなるたびに紀江が呻き声を上げ、額に汗を浮かび上がらせる。
「ねえね…!」
「お姉ちゃん大丈夫だから!出雲さんが死んじゃう!」
「あ…」
気がつけば後ろにいた二人が足にしがみ付いて必死に深琴を呼び、腕につけていたバッシキに音を立てて亀裂が入った。
慌てて術を解けば、紀江はその場で膝をつき、肩で息をしている。
一連の流れを見ていたアーベンはため息をつきながら、紀江にハンカチを差し出した。
「もう。そういう態度はミコトじゃなくても怒るわよ」
「るせぇ…!いってぇ…!」
深琴は何も言わずに妹達の頭を優しく撫でる。
すると紀江はアーベンの手を振り払い、深琴の目の前に立つ。
また怒り出すかと深琴は身構えたがそんなことはなく、逆に二カリと笑った。
「縛られたのは痛かったけど、アンタがアタシに怒ったの初めてじゃない?」
「私を怒らせるためにわざとやったんですか」
「な訳ないって。ガキどもが弱いくせに反抗してくるから腹が立っただけ。だけど、アタシは立ち向かう女が好みなんだよねぇ、だから深琴のことは気に入った!」
強いか弱いか。善悪や人格ではなく、紀江はただそれだけで判断しているのだろう。
アーベンのことも強いから好き。
故にこうしてアーベンの部屋を覚えられなくても来ている。ウルシュについては判断できないが。
「それでノリエ、貴方はどうしてここに来たの?『ヴァルプルギス』の時間では無いわよ?」
「いやぁ、ヴァルプルギスの時間まで暇だから来ただけ。最初はアーベンに構ってもらおうと思ったけど予定変更!深琴、アタシと出かけようじゃん!」
「あら!いいじゃない!せっかくだから仲を深めるのもいいと思うわ、ミコト!」
人から無理難題を突きつけられた時、大抵深琴は苦笑いをしたり、その場に嵐丸がいれば深琴の代わりに嫌だと言ってくれるのだが。
我慢しなくてもいいとしがらみが無くなった今、深琴の表情には拒絶の二文字が浮かんでいる。
すると開いていた扉から今度はウルシュが顔を覗かせた。その顔には呆れが滲んでいた。
「師匠の言うとおりです。ヴァルプルギスの準備するんでお二人で出かけてください」
「なぁーんでウルシュにそんなこと言われなきゃいけないわけ?お前もアタシに構ってほしいって?」
「いいえ。僕より深琴さんとの仲を深める方が良いかと思っただけです。ぜひお出かけください」
「お前は詐欺師みたいに口が回るな、嫌いだわ。よし!深琴行くぞ!」
ウルシュのことは嫌いだったようだ。
さすがに詐欺師は言い過ぎだが、口が回ると言うのは深琴も頷ける。
褐色肌と銀色の髪が特徴的な少年で身長も十二歳の恵と変わらないのだが、態度や雰囲気が深琴の年齢とそう変わらない気がしていた。
ただウルシュに関しては確証もなく、生い立ちも謎のままなので断言はできない。
アーベンとは違った不気味さがある。
「妹さん達は師匠が面倒を見るので大丈夫ですよ、深琴さん」
「もちろん!一緒にお菓子を作りましょう!」
深琴の同意は聞かずに話がまとまってしまった。
妹達だけが心配そうに深琴を見上げている。
ここで深琴が嫌だと駄々を捏ねては余計に心配させてしまうだけ。
「準備してから向かうので出雲さんは先に出口で待っててください」
「りょーかいりょーかい!下で待ってるから!」
早馬の如く、紀江は部屋を飛び出して行った。
そして紀江に続いてアーベンとウルシュも持ち場へと戻って行った。
そもそも二人は今夜、高尾山で行われるヴァルプルギスに向けての準備に忙しいはずだ。
「ねえね、どこ行くの?」
「出雲さんと少し出かけてくるだけだよ。夜にはパーティもあるし、すぐ帰ってくるから」
「ほんと?」
「ほんとだよ。だから、ねえねにお出かけの服選んでくれる?」
眉を八の字にして不安そうに手を握ってくる幸奈に対して、深琴は膝を折って視線を合わせる。
不安を紛らわす為にお願いをすれば幸奈は喜んでクローゼットへと走る。
早々に扉を開けていたクローゼットから服を引っ張り出すと楽しそうに、そして真剣に深琴に似合う服を選んでいる。
深琴は横にいた恵にも視線を合わせ、笑いかけた。
「恵も幸奈と一緒に選んでくれる?それともお姉ちゃんの準備、手伝ってくれる?」
「両方する!幸奈と服選ぶから待ってて!」
「うん、ありがと。早めにお願いね」
「分かった!幸奈ぁー!私も選ぶぅー!」
恵も幸奈の元へ駆け寄り、二人で目を輝かせて深琴の服を選んでいる。
深琴は化粧台に座り、鏡越しに二人のやり取りを見守る。
(幸せだなぁ…)
櫛を髪に通した瞬間に零れた己の笑みに深琴は目を見開いて手を止めてしまった。
自分の笑顔を見るなんていつぶりだろうか。
一度だけ、嵐丸と話しながら歩いている時に彼の話に笑ってしまい、その姿が店のガラスに反射して見てしまったことがある。それ以来ではないだろうか。
まあ、それもいつだったか深琴には思い出せないが。
(落ち着いたらおばあちゃんの墓を建てよう)
ウルシュに手伝ってもらって病死した祖母の行方を探したら、家の近くの寺で供養されていたらしい。
ヒガンに夢中だったサオリが引き取ることもない。恵と幸奈はオークションに引き渡されたので引き取ることも供養をすることもできない。
そして深琴も帰ってくるまで知らなかった。
亡くなった病院と懇意にしている寺で供養されたそうだ。
遺体は燃やされ、骨は寺で管理されているらしい。
事が落ち着けば祖母の骨を貰い、残っている金で墓を建てればいい。
三人でちゃんと墓参りをしよう。
最後まで恵と幸奈の傍にいた祖母がいないことは寂しいが、手に入れた幸せは柔く温かい。
(最初からこうすればよかったんだ)
深琴の奥底で燻っている火花が小さな音を立てた。




