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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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58/75

過ぎれば毒 三

辿り着いた地下の会場は惨劇の後だった。

 先に警察が入り、人間の遺体と証拠品を回収していたようだが妖の遺体は回収できていなかった。

 妖の遺体を回収できなかったのは仕方がないと言える。

 担当した人間が妖が見えないなら当然妖の遺体も回収できない。

 加えて今回のオークションの事件に妖が関わっていたなんて小春達が現場に訪れるまで誰も知らなかった。


「まいったな…妖の遺体があるんて報告に上がってなかったぞ。小春くん達は知っていたかい?」

「いえ、こちらも把握しておりません」


 禄士郎の方にも確認として目配せするが小さく首を振っている。

 それどころか、困惑が顔色に出ていた。


「警察の調査報告で上がっていた人間の遺体の数が会場の大きさと比べて少ないことに違和感があったんですが、これは…」

「さすが名家の坊ちゃんだ。花街の真似事じゃあ飽き足らず、まさかオークションも真似て遊んでいたとはね」


 二人の意見に小春は眉を顰めるしかなかった。

 今でこそ妖の主食は人間と同じものだが、平安時代に起きた『百鬼夜行の乱』で安倍晴明(あべのせいめい)に討伐されるまで妖たちは人間を食べていた。

 そこから妖は妖だけの社会を作り、人間を脅かすことは少なくなったとされている。

 人間をどういう目的で買ったのか、考えたくはないが予想はつく。

 少なくともこのオークションにいた妖にとって人間は玩具であり、愛玩動物であり、食材だったのだろう。


「オークションの客が妖で運営が人間、そして商品も人間。これでは人間も妖もどんぐりの背比べだね」


 嵐丸が吐き捨てるように呟いた事実に禄士郎と小春は返す言葉がなかった。

 朽ちかけている妖の遺体を切れかけの照明が照らす。

 妖の遺体を見るに一方的に殺られたのだろう。抵抗した後はあっても会場に応戦した跡が残っていない。

 そして未練と残された妖力が噛み合い、穢れになってしまったのだろう。まだ化け物化してないだけマシだ。


「小春くん、悪いが被害者が捕らわれていた広間の調査をお願いするよ」

「それは承りますけど、証拠品は警察が回収したのではありませんか?」

「万が一の確認さ。こうして妖の遺体が残ってるわけだから。白夜兵士にしか見えないものが残っているかもしれないだろ?」


 嵐丸の言い分に納得した小春は舞台袖を通って奥の広間へと向かった。

 懐中電灯で広間を照らしながら何か落ちていたり、残されているものはないかと探す。

 やがて小春は奥に置かれていた金庫に視線を奪われた。

 金庫の扉は少しだけ開かれていた。そして扉は小春の腕が入るくらいの隙間しか開かれていない。

 完全に開けられていないことへの疑問が小春の中で浮かぶ。

 小春は金庫の中を確認するために扉に手を掛けたが岩石のように重く、開けることが叶わなかった。


「小春くん、進捗はどうだぁーい?」

「進捗ダメではないですがダメです」

「それってダメじゃないかい?」


 会場に禄士郎は置いてきたのだろう。現れたのは嵐丸だけだった。

 だが丁度いい。嵐丸に懐中電灯で金庫を照らしてもらえれば小春も両手を使って開けることができる。


「嵐丸先輩、そこの金庫を開けるので懐中電灯で照らしてもらってもいいですか?」

「そんなに重いのかい、その扉」

「妖術使い御用達の代物です。鍵は誰かが無理やり開けたようで、もう無理やり力で開けるしか手段がないです」

「尚更僕の出番じゃないか!深琴もそうだが、君もそういうところあるなぁ」


 呆れた嵐丸はため息を吐きながら持っていた懐中電灯を小春に預けた。そのまま扉に手を掛け、開けようとする。

 嵐丸は深琴より身長は少し低いが、その器量はかなり男らしい。

 鈍い音を立てて扉は開き、小春は金庫の中を照らす。そこには数枚の汚れた紙があった。


「嵐丸先輩、紙があります」


 小春は紙を拾い上げ、目を通す。

 内容は当日、行われていたオークションの被害者の一覧だった。

 一覧表には番号、名前、性別、年齢、そして落札金額が書かれている。

 嫌悪で顔が歪みながら小春は懐中電灯と紙を嵐丸に渡した。

 このオークションで捕らわれていた被害者達はここから逃げ出し、警察に保護されたと任務の概要書には書いてあった。

 保護された事でオークションが開催されていることが明るみになり、誘拐を行っていた組織を逮捕するキッカケにもなった訳だが。

 世間で起きていた誘拐事件は人間の間で終わらせられるような、浅いものではなかった。


「……すまない、小春くん。吾妻中尉に至急聞かねばならない事がある。禄士郎くんと共にホールの調査をしてくれ」

「は、はい。何かありましたか?」

「吾妻中尉に確認が取れたら話すよ」


 それだけを言い残すと嵐丸は広間から足早に去ってしまった。

 確認が取れたら話すと言ったのだ。追いかけて問い質す必要もないだろう。

 小春は禄士郎がいる舞台ホールへと足早に向かった。


「禄士郎様、戻りました」

「あれ、嵐丸さんは?」

「吾妻中尉に確認したいことがあると外へ行かれました」

「ふーん。まあ、地下だと電波悪いしね。それより小春」

「どうかなさいましたか?」


 名を呼ばれ、顔を上げた小春は気づいてしまった。

 禄士郎の横顔に笑みが浮かんでいることに。

 いつものからかいや困ったような笑みではない、戦場で見るあの笑みだった。

 小春はゆっくりと禄士郎が向いている方を見た。

 そこには薄暗い客席に佇み、舞台に立っている小春達を見ている妖の死体の数々。

 先程までは死体は石ころのように床に転がっていたのに今は立ち上がり、低い呻き声を発している。


「禄士郎様、これは…」

「山梨での任務に似ているね。あれは人間だったけど、今度は妖の未練と穢れで起きたって感じか。うん、楽しめそう!」

「そんなこと言ってる場合ですか。妖となれば山梨の時のように生半可なものじゃないですよ」

「だから良いんだよ。気兼ねなく糸が切れる」


 禄士郎は屈伸したり、腰を捻って準備運動し始めた。

 沸き立つ喜びが抑えられないのか、獲物を見つけた猛獣のように眼孔が開いている。

 気兼ねなく糸が切れる。これに関しては小春も同意ができた。

 ここにいた妖達は人間を買おうとした。だから殺された。

 穢れを払うことはあっても次の生へと紡ぐ気は起きていない。


「嵐丸さんが戻ってくるまでに終わらせよう。小春、お願い」

「かしこまりました。では任務開始します!」


 小春は一つ手を鳴らし、禄士郎の心臓から糸を手繰り寄せる。

 隣にいた禄士郎は耐えきれなかったのか、舞台から飛び出してしまった。

 そして一番最初に視界に入ったであろう首が朽ちて落ちた屍を蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた屍は壁にめり込み、打ち上げられた魚のように痙攣している。


 (ごきげんよう滅ってか…こわ…)


 そして小春が作り上げた大鎌を手に収めるなり、禄士郎は客席の笠木の部分に乗って走り出す。

 さながら曲芸師のような身のこなしだ。綱渡りのように笠木の上を走りながら次々と動く屍を斬り捨てていく。

 小春も遅れを取らぬように舞台から客席へ飛び降り、短刀を紡ぐ。


 (お母さんの動きと比べれば遅いな)


 那由との明朝の訓練が身についているのを実感する。投げ飛ばされた日々が報われているというもの。

 屍からの攻撃を交わしながら穢れだけを輪廻の糸から除く。

 屍に残っている糸はほつれていたり絡まっていたりしているが、小春はそれを解くことはしない。

 紬師にできない訳ではないがこういった切る作業は祓魔師の仕事だからだ。


「小春!しゃがんで!」


 前方から大鎌を構えて駆けてくる禄士郎が小春に向かって叫ぶ。

 だがそんな禄士郎の後ろには穢れに満ち、猿のような体型をした屍が迫っていた。

 小春は跳躍している禄士郎の方へ向かって全速力で走る。

 そして足を伸ばし、スラディングをして跳躍している禄士郎の真下を通過する。

 禄士郎が小春の後ろにいた屍を切り裂くと同時に小春も迫ってきた屍から糸を引き抜き、短刀で断ち切った。


「わ!ありがとう小春!」

「それは私もです。助かりました」

「でも危険なことはしちゃダメだよ。小春が危ないし俺の楽しみも減っちゃうし」

「それで母に叱られましたので前向きに善処します」


 小春は横目で禄士郎を見ながら断ち切った糸から穢れを取り除く。

 普通、危険な戦場で紬師が祓魔師の仕事を取ってしまうことを咎める人間はいない。誰だって危険な戦場に長居はしたくないからだ。

 だが禄士郎の場合はそうはいかない。

 言葉にせずとも視線はやめろと言っている。視線が小春をチクチクと突き刺す。

 小春とて戦う必要がないなら戦いたくはない。


 (でも禄士郎様が絶対に生き残るって保証はないからな)


 決して禄士郎の実力を侮ったり、疑っているわけではない。

 戦いに楽しみを見出す猛獣より危険を察して逃げる狐のほうが生き延びる確率は高い。

 故に小春は危険の中で一人になってしまった時の為に鍛えなくてはならない。あくまで自身のための保険なのだ。

 そして穢れを払い、会場に残された糸を全て禄士郎は断ち切った。


「あれ、終わった?」

「お疲れ様でございました、禄士郎。終わりです」

「えぇ…準備運動にもならないよ、こんなの。つまんないなぁ。これならまだ分家の刺客のほうが骨があるよ」

「そうなれば私が手に負えないです」


 大鎌と短刀を解きながら小春は溜息を吐く。

 今のところ桃坂家の分家と遭遇したことはない。できるならこのまま遭遇したくもない。


「あと禄士郎様、重いのでどいてください。こういう事はいつかの恋人になさってください」

「じゃあ予行練習で」

「雰囲気が台無しですね。私だったら減点してます」

「ええ!?戦闘後だから癒し癒されだよ!」

 

 後ろから抱きつき、肩に顎を乗せて頬を膨らませる禄士郎にまた溜息が溢れる。

 戦闘後に恋人の予行練習を行うのも小春で行うのも間違いじゃないか、と口に出なかっただけマシだろう。半分くらいは出てしまったが。

 小春はそのまま禄士郎を無視して出口へと向かった。

 外へ出てしまえばまた嵐丸が怒ってくれる。


「重いです。歩きにくいので離れてください」

「そういう日もあるんじゃない?」

「無いです。我儘はお控え下さい」

「あははっ、取り付く島もないねこれぇ」


 などと軽口を叩きながら階段を上がれば、あっという間に出口が見えてくる。

 救世主嵐丸様、お助け下さい。小春の心はこの一文でいっぱいだった。

 のだが扉のドアノブに手をかけると禄士郎は素早く小春から離れた。

 目にも止まらぬ手のひら返しの早さに小春は振り返って禄士郎を睨んだ。(たち)が悪い。


「禄士郎様、あまりこういうことはよろしくないかと」

「小春だけだよ」


 思わず、ドアノブを捻る手が止まる。


「ふふっ。小春だからしちゃうんだよ」


 数段下にいる禄士郎を見下ろしながら出そうになった舌打ちを呑み込んだ。

 蟲毒をしたってこんな甘ったるい毒はできない。

 毒は毒をもって制す。毒を食らわば皿まで。なんて言葉がこの世にあるが、禄士郎から注がれる毒に対して小春は制する術を知らない。


「反省してください」


 今はこれが精一杯の抵抗だ。禄士郎の声や言葉が何も響かないならなんとでも言える。

 それだけ小春の中で禄士郎の毒が侵食しているのだろう。

 

「ちゃんと次に生かすね」


 言葉を返す気力も削がれ、小春は無言で扉を開けた。

 地下にいたせいか、目に入る太陽の光が痛く沁みる。

 それは禄士郎も同じようで小春と同じように目を細めて小さく唸った。

 

「二人とも、調査は終わったのかい?」

「穢れが力を増して暴れ出したので禄士郎様と祓い終えました」

「そうだったか…すまない、二人に任せっきりにしてしまったね」


 嵐丸の声に閉じかけていた瞼を無理やり開けて小春は報告する。

 すぐ近くに嵐丸はいたのだが、その表情は見たことがないほど険しく暗かった。

 金庫の中にあった紙に嵐丸の表情を曇らせる何かが書かれていたのだろうか。


「小春くん、確認したいんだが」


 瞬間、大きな爆発音と地鳴りが銀座の街を揺らした。

 爆発音の方角を見ると黒煙が快晴の空へと立ち昇り、行き交っていた人々が悲鳴を上げる。


「嵐丸さん、どうしますか?」


 先ほどまで浮かれていた表情は消え、禄士郎は真剣な表情で嵐丸に問いかけた。

 見習生である小春たちが駆けつける理由はない。

 だが嵐丸が向かうと言えば小春たちは爆発現に向かわなくてはならない。


「見るからに危険で首を突っ込みたくないんだけど…通報でも入ったか、どこかで見ているんだろうね。筐辺大佐から直々の通達が来たよ。僕達の専門分野らしい」

「妖ですか?」

「残念ながら『魔女もどき』だ。魔女もどきの身元は不明、現場は銀座中央通りにある喫茶店が襲撃をうけているだって」

「俺たち以外の兵士はいますか?」

「合流支持がないからいないだろう。現在、銀座地区を巡回中の白夜軍兵士は別件で対応不可。代わりに警察と数人の陸軍兵士が対応している状態だね」

「じゃあ、横取りされないように急ぎましょう」

「ハハッ!バケモノめ!」


 小春もまた二人の会話を横目にニシキに届いたメッセージを確認する。

 差出人はもちろん、かの子だった。内容も嵐丸が言っていたことと同じだ。

 今日はもう怪我を回避することはできないだろう。

 あとでお世話になっている医者になんて言い訳しようかと悩みながら小春たちは襲撃現場へ向かった。

 

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