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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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過ぎれば毒 二

小春は禄士郎の話に相槌を打ちながら、ニシキで目的地の場所を確認する。

 赤いピンが刺さっている場所と小春達の現在地を示す青い丸の印が重なっていた。

 どうやら相槌を打ち、杞憂をしていた間に着いていたようだ。

 地図から顔を上げ、目的地の雑居ビルを見上げる。

 何の変哲もないビルだが、通報された当時は地下に遺体がごろごろと転がっていたらしい。


「禄士郎様、ここが目的地のオークション会場のようです」

「反吐が出るね。さっさと終わらせて帰ろう」

「同感です。気をつけて進みましょう」


 裏口付近には先輩紬師の姿は無かった。

 もしかすれば先に地下のオークション会場にいるのかもしれない。

 小春と禄士郎は妖力の膜を纏い、裏口の扉を開けた。


「待ってたよ、二人ともぉ…」


 瞬きの間であった。

 扉を開けた先に暗闇に浮かぶ白い顔が小春達を迎えた。

 そこからまるで時の流れが恐ろしくゆっくりと進むのを感じた。

 一秒で小春は少女らしからぬ沼の底から引き上げたような鳴き声を上げ、隣にいた禄士郎は即座に一歩踏み出して容赦なく幽霊の顔に平手打ち。

 そしてまた一秒で小春は幽霊の顔が見知った嵐丸の顔だったことを思い出し、川の流れのように滞りなく土下座をした。

 出迎えた嵐丸の顔が不気味だと思ったことへの反省と禄士郎が躊躇いなく叩いたことへの謝罪を込めて。

 これでも嵐丸は商家の息子。

 例え嵐丸のイタズラであっても小春と禄士郎の行動は失礼に値するのだ。


「本気で叩かなくても良くないかい!?」「なんで小春が土下座してるの!?」

「お二方、一度に話さないでください」


 事の起承転結は二秒で終わった。

 土下座の小春と困惑の禄士郎と頬を負傷した嵐丸。

 叩かれたのが嵐丸で良かった。これが初対面の先輩兵士だったなら小春の土下座では足りなかっただろう。


「え、うわ!嵐丸さん!?あ!?何でいるんですか!?」

「今更かね!?って僕と認識せずに叩いたのか君!?ごきげんよう滅!ってことかい!?」

「禄士郎様、嵐丸先輩はこれでも商家のご子息です。謝罪しましょう」

「それは違うと思う!やだ!」

「本当に可愛い後輩達だよ!言動が矛盾してるんだけどね!くそう!」


 本音が出てしまった。小春は口を抑えるが嵐丸に頬を引っ張られる。

 だがすぐに禄士郎に引き剥がされ、小春をよそに軽口を叩き合い始めた。

 小春もまた立ち上がり、足に付いた土を払う。

 先に現場へ赴いている二年生に会えと言われ、緊張していたが知り合いで良かった。

 知り合いであれば戦闘における連携も難しくない。


 (嵐丸先輩がいるってことは深琴先輩もいるかも…!)


 小春は辺りをキョロキョロと見渡すが深琴の姿はない。

 そもそもこんなどんちゃん騒ぎになれば一番先に嵐丸を止めるのは深琴だ。それなのに現れていないということは一緒に来ていないということでもある。

 浮ついた心が急降下する。そんな都合がいいことが起きる方が稀なのだ。

 だが任務なのに嵐丸と共に行動をしていないのは奇妙でもある。


「嵐丸先輩、深琴先輩とは一緒じゃないんですか?」

「ああ、それに関してはこちらが小春くんに聞きたいくらいなんだ。一週間前から深琴と連絡が取れなくてね。こうして任務も放棄する始末さ」


 一週間前といえば最後に深琴に会った日だ。

 あの日から連絡が取れていないとなれば教室を出た後、深琴に何かあったということになる。

 不安が心をざわつかせ、余計な想像が思考を邪魔していく。


「とりあえず合流したことを吾妻中尉に連絡するから二人は先に降りててくれ」


 嵐丸に促され、白熱電球が照らす階段を一段一段降りていく。

 だがそれでも足元は仄暗く、壁に手を当て、確認して降りないと足を踏み外しそうだった。


 (…そういえば千子さんから階段の余談を聞いたな)


 何でも最近の若者向けの恋愛小説では必ずと言っていいほど女性側が足を踏み外して助けてもらうらしい。

 話を聞いた時は階段に油でも撒き散らされているのかと思った。


 (これで転んだら洒落にならん)


 すると数段先に降りている禄士郎が振り返り、慎重に降りていた小春と目が合う。

 そう、もしこのまま転んで落ちれば禄士郎を巻き込んでしまう。物語なら謝罪と軽傷で済むかもしれないが現実はそうもいかない。

 そんな小春の考えを察したようで禄士郎は小さく笑い、小春がいる段まで戻って来た。


「足元が見えづらいなら言ってよ」

「完全に見えない訳ではないですし、慎重に降りれば大丈夫かと思って」

「ならこうすればもっと安全に早く降りれるよ」


 禄士郎は小春の片手を取って自身の腰に回させた。

 そして禄士郎は小春の肩に手を回す。

 この体勢は中学生時代に授業の一環で行った二人三脚競争を思い出させた。

 これで足を結んでしまえば二人三脚競走の選手の完成じゃないか。


「あの…ここまでしなくても大丈夫ですよ」

「でも安全でしょ?俺が支えるから俺の足に合わせて歩けば楽だよ」

「それはそうですけど…」


 千子の話には続きがあった。

 未然に転ぶのを防止するために男側が手を引いてエスコートをする。

 そういったロマンチックな一幕は世間の女性には大変好評らしい。

 転んで男性に受け止めてもらえてもロマンチック。手を引いてエスコートしてもらってもロマンチック。

 だが今の現状はどうだ。

 確かに小春はロマンチックなんてものは求めていない。そもそも殺人が起きた現場でロマンチックなんてものはないだろう。ジャンルで言えば怪談だ。

 今の状況は人によっては最高かもしれないが、小春にとっては様々な邪念が思考に過ぎるので困った状況だ。

 禄士郎の腰に手を回しているせいで殆ど小春から抱きついている状態だ。

 しかも離れようにも強制的に回された手は禄士郎の左手に掴まれ、固定されたためビクともしない。


 (え、禄士郎様、腰の筋肉すごいな…?)


 早速小春の中で邪念が発生している。

 禄士郎の腹部にはきちんと筋肉や内蔵が備わっていることを思い知らされた。


 (クソ!なんでいい香りしてるんだこの人!助けて千子さん!!禄士郎様の行動が予測不可能すぎる!)


 耳周りから熱が発生し、次第に顔へと転移していく。

 挙句には汗まで浮かんできてしまった。


 (なん、え、匂いが何か甘い!?ダメだ、実例が凉斗と灼司だけだから分からねえ!お母さんでさえ、こんな匂いしないのに!?)


 思考が乱れていく。熱が増していく。

 これ以上何かすれば爆発しかねない。小春の限界はすぐそこまでやってきていた。

 抗議しようと顔をあげると、そこには小春を見て驚いている禄士郎の顔があった。

 動揺している小春を見て笑っているかと思ったが意外なことに目を剥いて驚いている。

 その表情を見て小春もまた驚く。仕掛けておいて驚くとは何だ。


「ねえ、小春。勘違いだったら違うって言って欲しいんだけどさ…」

「何ですか…」

「今、小春は俺の事、すごく意識してる?」


 最大音量の警報が小春の中で鳴り響いた。

 日本語なら危険。英語ならDanger。イタリア語ならPericolo(ペリコーロ)

 人とは危機を感じると無理やりにでも現実逃避をしたくなるようで、小春の脳裏にイタリアで出会ったスリおじさんの顔と声が過ぎる。

 イタリア旅行の際、那由がスリに石を投げたが常人より豪速球だったため、石が当たったスリおじさんは負傷した肩を抑えながらスリ仲間に『Pericolo!』と叫んでいた。

 そのスリおじさんが今も小春の頭の中で叫んでいる。Pericolo!と。

 離れた方がいい。分かっていても体と思考が追いつかず、固まるしかない。

 思考だけが動き続けると余計な記憶まで蘇る。頭の中でスリおじさんが固まる小春の気持ちを必死にPericoloと叫んで代弁してくれている。

 冷えたり熱したりと体温がぐちゃぐちゃになっていく小春とは反対に禄士郎は真剣な表情で顔を近づけてきた。まずいまずいまずい。


「ん?なんだ?君達、懐中電灯も持たずに階段を降りようとしたのかい?それはあまり推奨できないぞ」


 この世界で小春が禄士郎のことで感謝するべき人間に嵐丸が殿堂入りした瞬間だった。

 そのまま嵐丸は禄士郎を小春から引き離し、小春に小型の懐中電灯を渡す。

 嵐丸の顔には苦笑いが浮かんでいた。


「一応、電球があるから歩けなくはないが任務先が地下とか暗いような場所は懐中電灯を持ってくるといい」

「せ、先輩…!」


 感謝のあまり受け取った懐中電灯を強く握りしめる。

 感謝の念を受け取った嵐丸も小春に同情の視線を送った。普段なら何とも思わないが今は痛いほど沁みる。

 そして嵐丸は不貞腐れている禄士郎へ振り返り、容赦なく人差し指で禄士郎の白い額を弾いた。


「イッ、タイ!?何するんですか!?」

「君達がどこで何しようと僕は良いと思うが任務は別問題だ。後輩の指導も僕の任務のうちだからね。油断してご臨終されても困る。君ならわかるだろう?」

「…反省しますけど額を弾かなくてもいいでしょうに。さっきの仕返しですか」

「うん!そうだね!当たり前じゃないか!」


 痛む額を抑えながら禄士郎は犬のように唸り出し、対する嵐丸は悪役のようにゲラゲラと笑い出した。愉快で元気な人たちである。

 だが元を正せば禄士郎との近さに取り乱した小春が原因とも言える。

 嵐丸の言う通り、任務であるのに気が抜けていた。

 故に禄士郎の匂いに戸惑い、スリおじさんが頭の中で叫んでしまった。

 小春は頬を軽く叩き、気合を入れ直す。


 (怪我なく任務を遂行させる。そして任務が終わったら深琴先輩のことも聞こう)


 懐中電灯で足元を照らし、小春は足を踏み出した。


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