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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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チョッキン!バン! 四

舞台袖から見るオークション会場は最悪の景色だった。

 地下の広場から舞台袖に移動する道中にいたオークション関係者は皆、手錠をしたアーベンによって殺された。チョッキン、と。

 ここまで来るまでに気づいたことだがアーベンに殺された男達は全員、輪廻の糸が見えていた。

 道中で考えていた推察は見事に当たってしまった。

 オークション会場には落札札を持った妖達がいたからだ。

 子供達を落札していたのは人間ではなく、妖。そして会場を管理しているのが人間だったわけだ。

 そして今、舞台の上には本来商品として運ばれてきた子供ではなく、アーベンが立っている。


「は…誰だ、お前…?」

「商品番号五十二番だけど」


 司会者の困惑にアーベンは軽やかに返す。金庫の中にあった商品一覧表をアーベンは見たのだろう。

 いくら突発な行動を起こし、周りを巻き込んでいくアーベンでもこの状況は不利な気がしてならない。

 いざとなれば側にいる恵と幸奈を抱えて逃げる。深琴は妹達と息を潜め、固唾を飲んでアーベンを見た。


「おい!誰か!本物の商品を」

「そんなことどうでもいいじゃない。人間を買いたいのでしょう?ねえ皆様!」


 アーベンの問いかけに妖達の笑い声が響く。

 何とも恐怖を掻き立てる不協和音であろうか。

 皆が一様にして大きな声を上げ、会場は小さく揺れる。

 深琴は震える恵と幸奈を抱きしめ、笑いが収まるのを待った。

 事の元凶であるアーベンを見ると端正な人形のように笑みだけを張りつけ、深琴と同様に笑い声が収まるのを待っている。

 怯えながらも司会者がアーベンを舞台から引きずり下ろそうとしているが、アーベンはビクともしない。

 それどころか、司会者に耳打ちをして黙らせた。

 何を言ったのかは笑い声で聞こえなかったが、司会者の気力を奪うようなことを言ったのは確かだろう。

 司会者は慌ててニシキを起動させ、誰かに電話し始めた。

 程なくして司会者は演説台の上に置いてあった木槌を叩き、声を張った。


「皆々様、この女を十万から始めます!」

「まあ、お安いこと」


 アーベンは十万という落札価格に頬を膨らませ、手錠の鎖をジャラジャラと鳴らした。

 十万でも大金に変わりはない。アーベンの実力や危険性を考えれば低いのかもしれないが。


「さあ、アヤカシの皆様。私をいくらで買ってくれるの?」


 煽るアーベンにつられて妖が次々に札を上げて値段を上げていく。

 発される値段にアーベンはもっともっと!と無邪気に煽る。

 まるでオークションというよりはコンサート会場のようだ。競りにかけられているというのにアーベンは楽しそうに笑っている。

 これほど狂気に満ちた現場は深琴にとって初めてで、今すぐにでも逃げ出したかった。

 そして最終落札価格は四百万となり、また木槌の音が鳴り響いた。


「それでは二十八番様の四百万で落札でございます!」

「あらあら私って四百万なのね!なーんだ…」


 拍手が上がる中でアーベンは二十八番の札を上げている妖に向かって視線を動かした。

 そして銃を構えるような手を作り、


BANG(バン)


 人差し指を動かして引き金を引いて二十八番の妖の頭部を撃ち抜いた。

 銃声は聞こえない。拍手の中で悲鳴が轟く。

 拍手は鳴りやみ、会場は静寂に包まれた。


「やっぱりアヤカシって多少の知能だけがある魔物ね。つまらないこと」


 舞台袖から見えるアーベンの瞳は酷く冷たかった。

 その瞳が表しているのが怒りなのか、呆れなのか、悲しみなのか、深琴には分からない。

 すると舞台袖奥から鉄の棒を持った青年が現れた。囚われていた子供達の内の一人だ。


「あの、軍人様、何が起きてるんですか」

「それ以上来ちゃダメです!」

「は、はい!」

「お願いです、この子達を連れてさっきの広場で待っていてください。私が来るまで扉は開けないで」


 青年に妹達を預ける。

 これ以上、幼い子供に会場の悍ましい状況を見せるわけにはいかない。

 恵が慌てて顔を上げ、離れまいと深琴の袖を掴んだ。

 混乱しているせいか、お姉ちゃんと言葉を漏らしながら首を必死に横に振っている。

 

「大丈夫だよ恵。でももう少しだけ幸奈のことをお願い」

「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」

「事が収まれば必ず広間に行きます。お願い、行って」


 青年は頷き、暴れる妹達を抱えて広場へと走って行った。

 深琴は改めてアーベンを見る。

 先ほどと変わらず、関係なく会場にいる妖と人間を見えない銃弾で打ち抜いていく。


「Twinkle twinkle little star How I wonder what you are」


 歌のメロディーと共に引き金を引いていく。本当ならアーベンを止めるべきなのだろう。

 だが悲鳴と叫び声の中で響く銀鈴の歌を聴いていたくなってしまった。

 何の歌だろう。星にまつわる歌なのだろうか。

 深琴はアーベンが引き金から手を離すまで舞台袖から見守り続けた。


 (無邪気で、罪の意識がない)


 会場が静かになったところでアーベンは振り返って深琴を見た。

 手錠の鎖をまた鳴らす。外せということなのだろう。

 深琴は持っていた鍵を持って駆け寄り、アーベンの手錠を外す。


「もっと早く終わらせる予定だったのに。日本に来て平和ボケしちゃったのかしら…魔術の精度が落ちたわ」

「皆殺ししてるので精度が落ちてるとかはないと思いますけど…」

「そう?あ、どうだった?!私、かっこよかった?」

「…驚きの方が強いです」

「ふふっ、これがやってみたかったのよ私!」


 アーベンは外れ落ちた手錠を客席へと蹴り飛ばし、その場で兎のように飛び跳ねる。

 その姿だけ見れば愛らしい少女なのに。

 すると会場の扉が開かれ、深琴は慌てて腰を落として戦闘体制に入る。

 そこには褐色肌によく映える銀髪の少年が立っていた。

 少年の手には縄が握られており、縄の先に妖の首が巻かれていた。少年に引き摺られる度に苦しそうに呻き声をあげている。


「師匠。勝手に出歩かないでくださいとって僕言いましたよね」

「ちゃんと友達のお茶会に行くって言ったもん私!」

()()()()か、ちゃんと言ってくれないとお困りますよ。ただでさえ師匠は友達が多いんですから。しかもなんかまた拾ってきてるし」 


 少年は深琴を見るなり大きくため息を吐く。

 もしかするとアーベンは関わった人間を友達と呼んでいるのかもしれない。だとすれば祖母のことも納得はできる。

 それよりも深琴が気になるのは少年に引き摺られている妖の方だ。


「こんにちは軍人さん、僕はウルシュです」

「へ!?あ、こ…こんにちは、箕原深琴です」

「あなたも大変でしたね。どうせ師匠に巻き込まれてここまで来てしまったんでしょう?」

「まあ!失礼しちゃう弟子ね!ミコトもここに用があってきたの!巻き込みとかそういうのじゃないもん!」


 アーベンは頬を膨らませ、後ろから深琴の肩に手を置く。

 ウルシュの言い分が気に入らないのか、可愛らしくboo!と抗議している。

 二人に挟まれた深琴はどうすることもできず、白銀の睫毛から覗く翠色のウルシュの瞳から目を逸らした。


「まあ、何でもいいですけどね。それで師匠、こいつを殺しそびれていましたよ」

「あら。やっぱり私ってば本当に平和ボケしちゃったかも…嫌だわぁ」

「さっさと帰りたいんで、僕が殺しちゃってもいいですよね?」

 

 乱暴に引き摺っていた妖を深琴達がいる舞台の上に投げ捨てた。

 そしてウルシュは使用する、と呟き、斧を手元に顕現させる。スポットライトに照らされた斧の刃が輝き、ウルシュの顔に影を落とした。

 するとアーベンは慌てた様子でウルシュの手を掴み、動きを制す。止められたウルシュは煩わしそうに眉を顰めた。


「待って。このアヤカシを殺す権利はミコトが持っているの。そうよね、ウルシュ?」

「いや話が見えないんですけど」

「だーかーら!このアヤカシがこのオークションの主催者ってことよねって言ってるの!…え、合ってるわよね?」

「ちゃんと相手に伝わるように話しましょうよ師匠…。そうです合ってます、こいつがオークションの主催者で帝都で起きている誘拐した子供達を買い取っている大元ですよ」


 ウルシュの言葉に深琴は静かに足元の妖を見下ろした。

 縄が首に食い込んで苦しいのか、ずっと呻き、だらしなく涎を口から零している。なんて間抜けな妖だろう。

 二人の会話が本当なら誘拐された子供達が報われない。


「ミコトは身を粉にして戦っているのに運命はミコトの大切な家族を奪おうとしている!そんなのあんまりじゃない?あなたもそう思うでしょ、アヤカシ?」


 怒りで歪む深琴の顔を優しく撫で、アーベンはソファに座るようにもがく妖の上に座った。

 妖は小さな悲鳴を上げ、掠れる声で謝りだした。

 己の行いを理解しているのか?あの人を獣と同等に見下す妖が?


「ごめんなさいごめんなさい…!オレは一番になりたかったンです…!オレ…オレ…!」

「子供達の命を売買することで何の一番になれるんですか。答えなさい」


 ここに知り合いがいなくて良かった。こんな姿、誰にも見せられないからだ。


「オークションを、したら…皆、オレを支持してくれた…!統括主に、相応しいって…!だから、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、許してぇ…っ!」


 涎の次は三つの目から涙が零れている。

 涙を流し、許しを乞う姿は人間の幼子のようだった。

 深琴は妖の腹の上に座っているアーベンを見下ろす。

 どうやらアーベンはあくまで深琴に判決を下させたいらしい。深琴が見下ろすよりも先にアーベンの視線は深琴に向けられていた。


「ミコト、言うだけでいいの。私が叶えてあげる」


 人が魂を売る時、こういう気持ちになるのだろうか。

 深琴の頭はすっかり冷えきっていた。


「アーベンさん、その妖の糸を切ってください」

「あら?銃じゃなくていいの?気持ちがいいわよ?」

「いえ、糸を切ってください。糸だけが残ると誰かに取り憑く可能性があるので」

「まあまあ!ひっそり生きている魔物より厄介なのね、アヤカシって」


 そしてアーベンは見えない鋏を掴み、アヤカシの糸を引き抜いた。


 

「それじゃあサヨウナラ、チョッキン!」

 

 

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