チョッキン!バン! 三
懐に入れていたお金も上着のポケットに入れていた小春からの贈り物がすっかり濡れてしまった。
アーベンに引っ張られるままに走った先は雑居ビルの裏口だった。
そして深琴とアーベンの足元には銃を握り締めながら気絶する背広の男が数人。
この男達を気絶させたのはアーベンだ。羽虫を追い払うかのように煩わしそうに魔術を使って男たちの意識を奪った。深琴はその出来事の数秒が理解できないままでいる。
水溜まりに反射する己の顔に深琴は目を逸らした。
「さあミコト、行きましょう」
「このビルの中に恵と幸奈が…?」
「中というより地下ね。あ、そうだ、ここから私が先導するからミコトは声を上げたり、私より前に出てはだめよ?」
アーベンは深琴から離した手で×印を胸元で作る。
道場破りならぬ、持っている力でビルの中に乗り込むのだろう。
大前提として裏口に銃を持った男達が見張っていたのだ。
ここがまともな場所じゃないことなんて察しがつく。
そんな場所に恵と幸奈がいる。一刻も早く救いところだが、今の深琴は祓魔師としては戦力不足だった。
「フツマシって助けがないと戦えないのでしょう?ミコトは特別な力がなくても戦えるかもしれないけど、いざという時の為に私に守られていて」
何もできない自分の不甲斐なさと魔女であるアーベンがそこまで知っていたことに言葉がでなかった。
白夜軍の見習生として危険性を感じても、深琴はもう引き返せないところまで来てしまった。
「それにね、ミコトは何も悪くないわ。子供が銃を持った相手と戦わなくてはならない。それっておかしいことよ。そんな理は間違っていると思うの」
アーベンの言葉に心が揺さぶられる。
そんな姿を見たアーベンは愛おしそうに深琴の頭を撫で、優しく頬に触れた。
一つ一つ、深琴の傷を労わるように。
「ミコト、あなたはまだ子供。あなたもメグミもユキナも守られるべき存在なの。私が力を貸してあげる」
アーベンはそう言うと楽しそうにビルの中へ入っていった。
涙を拭った深琴は濡れた前髪を掻き上げてアーベンに続いた。
白熱電球が地下へと続く階段を照らす。
楽しそうに降りるアーベンとは反対に黙りながら足音を殺して深琴も階段を一段一段慎重に降りていく。
降りた先には鉄の扉があり、まるで牢獄の入り口のようだった。
「開けて」
アーベンは扉に問いかけるように囁く。
囁きに呼応するように鍵は施錠され、重い扉が鈍い音を立てて開いた。
深琴も息を潜め、いつでも動けるようにジャケットを腰に巻く。
施錠された音に気づいたのか、扉の近くにいたであろう背広を着た男が呑気に部屋へ入っていくアーベンに向かって躊躇いなく発砲する。
だがアーベンはそれすらも予想していたようで、背広の男の銃を持つ手首を持っていた傘で思いっきり叩いて銃弾の軌道を変えた。
アーベンを狙った銃弾は天井に取り付けられていた白熱電球を撃ち抜く。
明かりが欠け、鎖で繋がれた子供達が小さく悲鳴をあげる。
それを合図に深琴は急いで恵と幸奈を探す。
「何だお前!」
「さあ、誰でしょう?」
「は!?」
「ふふっ!なーんてね。私は魔女よ。掟の元、愛すべき隣人達は解放させてもらうわね」
そう言ったアーベンは男の胸に触れ、無理やり糸を引っ張り出す。
そして何かを持っているような手の形を作る。まるで裁ち鋏を持っているかのような手の動きだ。
男には糸が見えているようで、懇願するようにやめろと連呼している。
「こういう時ってオノマトペだとなんて言うだったかしら?えーと…チョ?なんだっけ?」
「あ…あ…やめろ、やめろ…!」
「あ、そうそう!チョッキン!」
笑顔でアーベンは男の糸を切った。
深琴達には見えない鋏がアーベンのオノマトペと一緒に糸を断ち切った。
言うまでもなく男の目は濁り、その場に倒れた。
近くにいた少女が声を上げそうになったが、アーベンがすかさず少女の口に手を当てた。
「ごめんあそばせ。でも声を上げてはダメよ。私はあなた達を助けたいだけ」
少女は震えながら懸命に首を縦に振った。
状況を把握したであろう鎖に繋がれた青年達が怯える少年少女の口に手を当ててたり、泣き出しそうな幼子をあやしている。
見渡せばここには一桁の歳の幼子から深琴より年上の青年や女性が集められていた。
しかも全員が手錠をされ、薄い布の服を着せられている。
これではまるで。
「オークション」
「え…」
「ここはオークションの裏側。最近白夜軍でも子供や若い男女が攫われている話は話題になっていたんじゃない?」
確かにアーベンが言っていることは合っている。
だとしたらここにいる子供達は商品なのだろう。
深琴は苦虫を噛み殺し、部屋の隅で肩を寄せあっている恵と幸奈を見つけた。
「恵!幸奈!」
二人は深琴の声ではじかれたように顔を上げた。
恵の方は殴られたのだろう。頬が少し赤くなっていた。
幸奈の方は泣いたのだろう。目を腫らしている。
そして二人の糸には祖母の短い糸が絡みついていた。
深琴はすぐさま駆け寄り、二人を強く抱きしめる。
「ねえね!ねえね!」
「うぅ…!お姉ちゃん…!」
「来るのが遅くなってごめんね、二人共…本当に、生きてて良かった…!」
震える妹達の体を抱きしめていると部屋の奥からガコン!と大きな音が鳴った。
背広の男の仲間が来たかと身構えたが音を立てたのはアーベンだった。
部屋の奥の置かれていた金庫の扉の隙間に傘を突っ込み、無理やりこじ開けようとしていた。
深琴は恵と幸奈を抱き上げ、アーベンの近くへと駆け寄った。
「アーベンさん、金庫の中に何かあるんですか?」
「多分、この子達の手錠の鍵が入っていると思うのよ」
「さっきみたいに魔術で開けられないんですか?」
「金庫の鍵は開けたわよ。でも扉がすんごく重いの、これ」
「でもさっきは扉も勝手に開いたじゃないですか」
「ああ、あれはただの扉だったから。でもこれは金庫全体に、あなた達がよく使っている妖術が施されているから鍵を施錠するのがやっとだったのよ。だから扉はこうして筋力で開けるしかないの…っておもーい!」
深琴より小柄なアーベンには金庫の扉を筋力で解決することはできないようで扉の隙間に差し込んだ傘がビクともしない。
扉を開けなければ妹達の手錠を外すことができない。
抱いていた二人を降ろし、妖力で手の筋力を補強する。
扉の隙間に手を入れながら息を吸い、そして扉を掴んで引くと同時に息を吐く。
妖力で補強しているおかげでもあるが扉はゆっくりと開いた。
「すごいわミコト!ほら鍵もある。皆の手錠を外してあげましょう」
深琴は金庫から鍵に彫られている番号と手錠の番号を照らし合わせ、順番に子供達の手錠を外していく。
アーベンもまた深琴と同様に手錠を外していく。
全員の手錠を外したところで問題は起きた。
先ほどアーベンが殺した男のニシキが広間に鳴り響いたのだ。
ニシキの音に子供達は怯え、身を屈めたり、部屋の隅に逃げ出す。
(どうしよう…!)
ニシキに電話を掛けてきた相手が背広の男の仲間なら応答しないとまずい。
アーベンがいるにしても三十人ほどいる子供たちを守りながら戦うのは困難だ。
逡巡の後、鳴り響くニシキに触れたのはアーベンだった。
アーベンは腕輪型のニシキを男の腕から外し、もう片方の手を男の喉元にあてた。
電話越しに指令されたのだろう。アーベンは了解、とだけ言って通話を切ってニシキを燃やす。
その場にいた全員が目を剥き、唖然としていた。それは深琴も例外ではない。
なぜなら了解と言ったアーベンの声が背広の男の声だったのだ。
「驚いた?こういうこともできるのよ」
「す、すごいですけど…何の『了解』だったんですか」
「次の商品を持って来いだって」
笑顔で答えるアーベンから蜘蛛の子を散らすように子供達は離れた。
深琴も恵と幸奈を背の後ろで隠し、アーベンを睨んだ。
深琴含めその場にいた全員が臨戦態勢になったせいか、アーベンは慌てて首を振る。
「違う違う!そんなことしないわ!」
そう言うとアーベンは慌てて金庫から予備の手錠を持ち出して深琴に駆け寄った。
「だって次の商品は私だもの!」




