チョッキン!バン! 二
「…死んだ」
確かめるように美琴は小さく言葉にする。
確認するまでもない。サオリの糸は完全に切れている。祓魔師になってから何度も見た光景だ。
深琴は震える足に鞭を打ちながら立ち上がる。
今はサオリの死より売られた恵と幸奈を探すことが最優先だ。
祖母の死が二日前ならそう遠くに連れて行かれていないはず。震える唇を噛み締めながら深琴は頭を働かせる。
『アンタが幸せになることなんて許さない』
『深琴がアタシを殺すなんて、できるわけないでしょう?』
耳の奥でサオリの声がこだまする。
「うるさい、ふざけるな…!!」
妹達を助けなくてはならないのに憎しみが深琴の心を食い散らかしていく。
「私はお前を殺せる!勝手に死んだくせに!勝手に死んだくせに…!」
噛み締めた唇から血が流れた瞬間だった。
玄関の扉が開き、傘をさした女が立っていた。
女は黒い瞳を傘から覗かせて深琴をの姿を捉える。そしてすぐに笑みを作り、無表情だった顔に花を咲かせた。
「まあ!チヅルの面影がある!あなたがチヅルの孫のミコトね」
「あ、あなたは…」
「私はアーベン。ところで酷い雨よね。せっかくチヅルとお茶会する予定だったのに」
そう言うとアーベンは傘を閉じて慣れたように靴を脱いで居間へと向かう。
チヅルとは祖母の名前だ。祖母にお茶をする友達がいたなんて深琴は聞いたことがなかった。
いきなり現れたアーベンに警戒や何者なのかを問いたださないといけないが、今の深琴にはどうでも良かった。
深琴は構わずに靴を履いて玄関の扉に手を掛ける。
「あら?どこへ向かうの?」
「妹を探しに行かないと」
「ああ、メグミとユキナのことかしら。チヅルとは違って死んでいないものね」
居間に向かっていたアーベンは深琴の方へ方向転換して、深琴の濡れた手を握る。
深琴と違って雨に濡れていないのに触れられた手はひどく白く冷たい。まるで人形の手のようだった。
「やっぱりお茶会をするなら人数は多い方がいいもの。そうだわ!メグミとユキナを迎えに行きましょう!」
アーベンが紡いだ言葉に深琴は目を見開く。
妹達の行方を知っているらしい。でも何故、アーベンが知っているのか。
深琴は振り返り、アーベンの手を払った。
「妹達がどこにいるのか、知っているの…?」
「ええ。チヅルの魂が導いてくれているの。あ、でもこの国だと輪廻の糸だったかしら?」
「何が目的なんですか。金ですか」
「あなた達って本当にお金が好きよねぇ、不思議だわ。でも私にとってはそんな紙切れを貰ったってときめかないの。だから私と『お友達』になりましょう!お友達ならお友達の妹を助けるのはおかしいことではないでしょう?」
「友、達…」
「そうよ。素敵でしょう?」
ようやく間近で見えたアーベンの微笑みは深琴の思考を凍らせた。
髪が長く、ロングワンピースで象られている華奢な体躯の輪郭で女性に見えていたが顔だけを見ているとどちらとも言えない中世的な顔立ちだった。
思えば振り払ったアーベンの手は女性にしては骨ばって固く、きゃしゃな首には似合わない突き出た喉仏がわずかに見える。両方とも女である深琴にはないものだ。
だが発される銀鈴の声や仕草はとても嫋やかで気品のある令嬢そのものだ。
こんな不気味な存在を深琴は見たことが無い。
(この人、人間なんだよね…?)
アーベンは深琴を次の言葉を待っているのか、首を少し傾げて見上げてくる。
友達になると言ったらどうなるのか。
言葉通りならきっと祖母の時のようにお茶を飲む仲になるのだろう。そう、言葉通りなら。
何故だろうか、ここで頷くと引き返せないような、そんな選択肢を迫られているようだ。
だがここでアーベンを無視してしらみ潰しに探したところで、二度と妹達に会えない可能性もある。むしろその可能性のほうが高い。
「ミコト、あなたの事はチヅルから聞いてたの。その傷もミコトが家族と向き合ってきた証なのでしょう?」
「何が言いたいんですか…」
「メグミとユキナを迎えに行ったら皆でお茶会をしましょうよ。ミコトの全てを聞かせてほしいの」
「や、やめてください!そんなこと会って間もない相手に言う事じゃないでしょう!?」
呼吸が乱れていく。都合のいい言葉でしかない。
頭では理解していても冷えていた心や体が熱を持ち始める。
気がつけば耳の中でこだましていたサオリの声が聞こえなくなっていた。
「もういいの、ミコト。あなたの頑張りを私に手伝わせて」
罠かもしれない。詐欺師かもしれない。人間じゃないかもしれない。
それでもアーベンの言葉は全て、今の深琴が欲しい言葉だった。
誰かに言ってもらいたかった言葉だった。何度も夢の中で囁かれ、夢から覚める度に朝日に背を向けて涙を溢した。
目を見開いて固まる深琴にアーベンは優しく手を差し出す。
今度は強引に深琴の手に触れるのではなく、あくまで深琴から触れさせるために手を差し出している。
二日前に祖母が死に、台所で母が死んだ。今の深琴には恵と幸奈しかいない。
大切なものが増えれば悲しみも苦しみも増える。大切なものが減っても悲しみも苦しみも増える。
(もう、無理だ。私は)
頑張ればいつか大丈夫になる。そう唱え続けて誰かに縋ることをやめて、忘れてしまった。
でも今、目の前にいるアーベンは手を差し出してくれている。
大切なものが増えても減っても苦しむ。なら毒を喰らって今ある大切なものが取り返せるなら。
「友達になります。だから、助けてください」
「ええ、ええ!皆で素敵なお茶会にしましょう!」
アーベンは深琴の手を握り返し、嬉しそうに笑う。
そして空いている左手の人差し指で壁に触れ、漢字の一を描くように指を滑らせた。
「燃えよ」
そう呟いた刹那、指を滑らせた箇所から炎が生まれた。
慌てて深琴は炎から距離を取り、炎を見ているアーベンの横顔を見る。
もはや予想のつかない行動に深琴は言葉を奪われるしかなかった。
するとアーベンは傘を持ち、ケープコートを翻しながら深琴を外へ引っ張り出す。
その姿は花畑を駆け回る幼子のように無邪気だった。
「ふふっ、危ない危ない!」
炎は瞬く間に木造でできた思い出の家を包み込んでいく。
だが不思議なことに炎は近くの家には移らず、ただひたすら深琴達の家だけを燃やす。
「アーベンさん、家が…」
「家主はいない。あるのは傷つけた母親の遺体と辛い思い出。ミコト達の新たな旅立ちにそんなものいるのかしら?」
「で、でも」
「そんなものあってもしょうがない。旅立つのに足枷はいらない。なら私が燃やしてあげる。それが友達でしょう?」
深琴は息を呑み込んだ。アーベンに握られている手が震える。雨に打たれているせいなのか、アーベンへの恐怖なのか。
反対にアーベンは燃え盛る炎の灯りに照らされながら朗らかに笑っている。
アーベンにはこの炎が夕陽にでも見えているのだろうか。
「あ、大丈夫よ!これは魔術の炎だから他の家には燃え移らないし、自然と消えていくから。それじゃあ、メグミとユキナを迎えに行きましょう!」
「ア、アーベンさん!」
「あははっ!私、またやってみたかったの!友達と雨の中を走るってやつ!」
出来上がっていく人集りの中を走り抜けていく。
アーベンに引っ張られながら走っているのに、足が地面を蹴っているように思えない。
出会い、目が合ってからアーベンは終始深琴を振り回している。
だが今の深琴にはそれが心地良かった。
残された恵と幸奈以外がかき消されていく。
白夜軍も大切な後輩も共に戦った相方のことも。
アーベンの無邪気な笑い声につられて深琴の口角が引き攣りながら上がる。
「ほらミコトも楽しみましょうよ!」
「あは…あは、は…ははっ…!」
「そう!アハハッ!楽しいわねミコト!」
例えその手が捕縛対象である魔女の手であったとしても。
深琴は冷たく骨ばったアーベンの手を握り返した。




