移り変わる秋の空 三
小春は禄士郎と本邸を後にしながらニシキで時間を確認する。このまま電車に乗れば時間に余裕を持って軍学校に到着するはずだ。
良家の息子であるのに小春と共に運賃を払い、電車に揺られている禄士郎を見る。
小春の視線に気付いたのか、楽しそうに外の風景を見ていた禄士郎が小さく首を傾げた。
「どうかした?」
「前々から気になっていたのですが禄士郎様は電車が好きなのですか?」
「割とそうだね。でも小春とこうして一緒にいられるからかな」
「香山さんの送迎の方が快適かと思いますけど」
「小春の意地悪」
そう言うと禄士郎は頬を膨らませて小春の頬をつつく。
本当はつつく手を叩き落としたいところだがそんなことをすれば余計にひどくなることを予想した小春は無表情で受ける。
「そういえば浅草でのこと、怒られてしまったんですね」
「うん、バレちゃった。でもこれに関しては俺の判断で起きたことだからね。責任の所在は俺にある」
「分かってますよ」
小春の意図を見透かしたかのように禄士郎は釘を刺す。
だが約半年、禄士郎と共に行動した身である。以前のように気負いすぎないということも覚えた。特に禄士郎に関しては。
この男の思考など完全に理解できやしない。響介や香山のように長い時間を共にしたわけではないのだから。
小春は禄士郎の人差し指に着いた白粉をハンカチで拭き取る。
拭き取った刹那、禄士郎の纏っていた雰囲気が変わった。
「やっぱり泣き跡、化粧で隠してるよね?」
末恐ろしい男だ。目が笑っていない。
話の流れが変わるなら白粉なんて拭うんじゃなかった。
後悔したとて後の祭り。どちらにせよ、禄士郎はやっぱりと言っているので薄々気づいていたのだろう。
「禄士郎様が気にされるものではないですから」
「誰かに泣かされた訳じゃないんだね?」
「ないです。今朝、母とこれまでの事を話して、その…色々整理したといいますか」
禄士郎は小春の家庭の事情を把握しているが表面状だけでしかないはずだ。
故にどこまで話すべきかと言葉を濁したが禄士郎には伝わったようで微笑んでいた。腹立つからやめて欲しい。
「お父様には会えた?」
「禄士郎様に話した次の日に会えました」
「じゃあお話はできたんだ?」
「しましたけど禄士郎様が面白く感じるような話はしてませんよ」
小春はハンカチをポッケに戻しながら言う。
そっか、と言ったきり禄士郎はまた外の風景を眺め始めた。
言及されたとて小春はこれ以上話す気はない。
透と話した後、放心状態になって炎天下の中歩き回ったら倒れて偶然見つけてくれた灼司に助けてもらったなんて口が裂けても言えない。
(言ったらどうなるか。だめだ、怖いな)
戦闘狂であり、人を殺すことに躊躇いがなく、条件が揃えば人の話を聞かずに突っ走る。
報告会の際、何故小春だけでなく禄士郎も作戦から外されてしまったのか疑問だった。
だが今思えば響介の判断は正しいと言えるだろう。万が一、作戦中に響介や小春に何かあれば禄士郎は迷わず、字面の通りの魔女狩りが始まってしまう。
それは禄士郎じゃなくても他の人間が同じような場面になっても魔女狩りは起きるだろう。それは小春も同様だ。
ただその場合、禄士郎はきっと。
(死ぬまで止まらない気がする)
作戦から外された理由は他にもあるだろうがこれもまた要因の一つになっているはずだ。
小春は横目で禄士郎を見る。
相変わらず横顔も絵になる美しさを遺憾無く発揮している。
(美しい花には毒がある、だっけか)
どんな時でも禄士郎を『止められる』人が必要だ。それが小春じゃないとしても。
(本人は気付いていないだろうけど響介様は禄士郎様には甘いしな…)
物理的になるが禄士郎を止められるのは香山なのかもしれない。
筋肉は大体の物事を解決する。いつかの香山がこの仮説を小春に説いてきたことがある。
小春は自身の二の腕を触り、もちもち具合を確認した。
「小春、二の腕なんか揉んで何してるの?」
「いえ、何でもないです」
暴論だな。そう思った小春はため息を吐いた。




