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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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もう一人のおかあさん 二

小春に物心がついた頃、実の母親である霧崎那由(なゆ)に言われた言葉をよく覚えていた。


「小春。今日から母さんと二人で頑張っていこうな」


 憔悴を顔に浮かべながら那由はそれだけ言い残して小春を抱きしめて眠りについた。

 時計の針の音が寝室に響き、眠れなかった小春は天井をひたすら眺めていた。

 二人でとは?頑張っていこうとは?何故そこにお父さんがいないのか。

 小春は那由の緩んだ腕の隙間から抜け出し、居間に行ってきょろきょろと父親の姿を探す。

 だが静寂があるだけで誰もいない。

 次に玄関口に移動し、靴を確認する。

 月明かりに照らされてる靴を見た。母親のブーツと小春の下駄しかない。

 朝にはあった父親の靴がないのだ。

 時期は春先。暖かくなってきたとはいえ、まだ足先が冷える。

 小春はそのまま蓑虫のように体を丸めてその場で横になる。

 月明かりが時間と共にゆっくりと照らす先を変え、やがて小春の手元を照らす。


(こはる。小さな春)


 父親に教えてもらった自分の名前を寝そべっている床板になぞる。

 眠気が完全に思考を覆い尽くすまで小春は床に自分の名前をなぞり続けた。

 きっと朝になれば父親が帰ってきて布団へ連れていってくれる。そう信じて。



 翌日、床板ではなく布団の中で小春は目覚めた。

 だが寝ていたはずの那由はもう居らず、代わりに凉斗が目覚めるまでそばに居た。

 この日から那由は紬師として出張が増え、家を空けることが多くなった。

 那由が家を空けると必ず凉斗か、凉斗の家のお手伝いさんに連れられ、雨宮家で寝泊まりするという生活になった。

 どうやら那由が凉斗父に小春の面倒を頼んでいたようだ。

 小春は別にそれで構わなかった。

 家で一人、那由の帰りを待つ方が一番辛かったからだ。

 それに凉斗も凉斗父もお手伝いさんも良くしてくれた。

 時には家事を学び、凉斗と夜まで遊び、凉斗父の仕事を見学もした。

 この生活は小春が小学生になるまで続いた。


 小学生になってからは自分のことは自分でできるようになった為、ほとんど一人暮らしの状態が続いた。

 その頃から明瞭に妖や輪廻の糸も見えるようになった。

 だが小春は妖や糸が見えることを那由には言わなかった。

 なぜなら小春は両親が別れた原因が那由が紬師であることだからと何となく気づいていたからだ。

 小春は言わないという選択肢を選んだ。幼いながら漠然と言ってしまえば捨てられるかもしれないという思いがあったから。

 妖や糸が見えてからというのも人間が寄り付かなくなったが、代わりに妖が寄り付くようになった。

 もちろん、中には悪意を持って近づいてきた妖もいた。

 だがそれは小春の初めてできた友によって妖による問題が起きることは少くなくなった。


「小春よォ、まァた一人で掃除してんのか?」

「うん。皆、お稽古事があるって」


 一人で掃除していた教室に現れたのは小春の友、人虎の灼司(しゃくし)

 体は白い虎だが、体型は人。所謂虎男で二足歩行する白虎の妖だ。

 灼司はこうして放課後、誰もいないタイミングを見計らって小春の前に現れる。


「そういえば大阪に帰るんじゃなかった?(さかい)だっけ?」

「おう。帰りたいのは山々なんだけど、野暮用ができちまってなァ。先延ばしになった」

「そっか。じゃあまだ遊べるんだ」


 すると灼司は小春から箒とちりとりを奪い取り、丁寧にゴミ屑を集めてゴミ箱にいれる。

 言葉遣いは輩のそれだが、態度は非常に思いやりがある。不思議な人虎だ。

 

「ったく感謝しろよなァ!おめェは危なっかしいから面倒見てやってんだからよォ!」

「うん、ありがとありがと」


 灼司とは彼が怪我して倒れていたところを助けて縁が始まった。

 彼は面倒見がよく、大阪にある境という妖の都へ帰らねばならないのにこうして子供の小春に付き合ってくれる。

 小春としてはお別れをしなくちゃいけないと分かっていても「またね」を言えずにいた。


「あ、そうだ。おめェ、しばらくの間、旧校舎のほうに行くなよォ」

「なんで?」

「何でもだ。まァ、どうしても行きたいならオレを呼べ」

「わかった」


 大人しく頷く。灼司本人は上手く濁してると思っているようだが、察した小春は深く言及しようと思わなかった。

 言及して灼司を怒らせたくはない。そして何がきっかけでさよならになるか、わからないからだ。

 いつかの父親と母親のように。

 すると灼司の虎耳がぴるぴると動く。

 人間の姿形に近いが本能や機能は虎のままらしい。どうやら遠くの音を拾ったようだ。


「この足音はおめェの兄貴だな」

「凉斗が迎えに来たんだ。あと兄貴じゃないよ」

「あ?血の繋がりがなくても戸籍が違っても兄妹にはなれんだよォ。そんじゃ、オレは行くぜ。じゃァな!」


 灼司は箒とちりとりを小春に返し、軽々と窓から飛び降りて行った。

 もっと話したかったな、と後ろ髪を引かれながら小春はロッカーに掃除用具を戻す。

 凉斗に灼司のことは言っていない。それは小春の判断で灼司も了承していた。

 理由として一度、小春と凉斗は体の大きな妖に襲われかけたことがあった。

 その時に小春を庇い、凉斗は大怪我を負った。それ以来、凉斗は体の大きな妖が苦手になった。

 灼司は人型で成人の男性より体が大きい。だから気を使って避けてくれているのだ。


「小春、帰るぞ」

「ごめん、先に帰ってて」

「まだ掃除終わってないのか?」

「ううん。書庫に返さなくちゃいけない本があるから返してから帰る」

「明日じゃダメか、それ?」

「ダメ。管理人さんに怒られる」

「分かった。早めに帰ってこいよ」


 それだけ言うと凉斗は教室を出ていった。

 いつもの凉斗なら一緒に来ていただろうが先に帰ることを小春は分かっていた。

 なぜなら今日はお手伝いさんが飼っている兎を見に行ける日で、凉斗は兎のような小動物に目がない。同年代の男子達には内緒にしているようだが。

 小春は荷物をまとめて教室を出る。

 書庫は旧校舎の横に併設されており、小春は管理人に挨拶をして目的の本棚へ向かう。


 (灼司は近づいちゃダメって言ってたけど…何かあるのか?)

 

 棚に本を返しながら、窓の向こうに見える旧校舎を見る。

 小春が入学する数年前までは使われていた。だが政府の意向で木造造りの校舎は解体することになったため、今は解体待ちになっている。

 そのせいか、旧校舎は生徒の中ではお化け屋敷と呼ばれていた。そして実際その呼び名は正しかった。

 旧校舎は妖達が住み着き、ちょっとした妖の宿みたいなことになっている。

 灼司もまた住み着いており、小春も時折旧校舎へ遊びに行っていたのだ。


 (そういえば最近旧校舎から出てくる妖を見てないな)


 住み着いていた妖の中には小春の友もいる。

 何かあったのだろうか。

 好奇心と小さな正義感を胸に小春は鞄を持って旧校舎へ向かった。

 


 旧校舎は木造造りなので歩く度に音を立てて床が軋む。

 夕暮れ時だからか、旧校舎内は仄暗く、肌に絡みつくような湿った雰囲気が漂っている。


「灼司、皆んなぁ、いないの?」


 使われていない教室を覗いたりして妖達の姿を探すがものけの殻だった。

 以前なら声をかけてくる妖が必ずいた。

 瞬間、歩いている廊下の先にある厠から物音が響く。

 灼司だろうか?それとも他の妖だろうか?どちらにしてもこの現状の理由は知りたい。

 軋む音が心臓の鼓動を急き立てる。だがそれでも小春はゆっくりと厠へ近づいた。

 恐る恐る扉を開けると黒い化け物がそこにはいた。

 息が止まり、目を見開く。本能で関わってはいけないものだと悟った。


 【嗚呼…嗚呼…】


 化け物と確かに目が合う。全身は黒一色なのに目だけは炎のように赤かった。

 立ちすくんで動けずにいると、瞬きの間に小春の前に化け物が移動し、無言で見下ろす。

 そして逃げ出すこともできなかった小春を体から生え出た巨人のような大きな手で包み込んだ。


 【櫻子、櫻子。私の娘】


 人間の(なり)をしていないのに、まるで大人の女性に抱きしめられているような感覚がした。

 小さな小春を覆っていく闇は人肌の温もりのように心地よく、そして何故か泣きたくなるほど胸を締め付けられた。

 譫言(うわごと)のように化け物は()()と呼ぶ。


 (私と誰を間違えているんだろう)


 このままこの闇に呑まれるのは危険とわかっていた。私が櫻子ではないということ伝えなくてはならない。誰かに助けを求めないと。

 頭で分かっているのに小春は動くことをしなかった。


「小春ッ!!」


 小春を呼ぶ声に振り返ると必死に手を伸ばした灼司が迫っていた。

 手を伸ばせばなんとか掴めるくらいの距離にあった。

 だが小春は手を伸ばさない。

 何故なら、


 (私がいなくなったらお母さん、どうするんだろう?お父さんは…帰ってきてくれるかな)


 小春は灼司から目線を外し、暗闇に浮かぶ赤い双眸を見上げた。

 そして化け物に向かって抱っこを強請るように両手を伸ばす。


「うん、櫻子だよ」


 小春の中で燻り続けた思いが最悪の形で産まれたのだった。

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