回る円卓 四
「母さんが旅行に行っていた理由はマカオでカジノっていうのもあるが、本当は響介に頼まれて英国や独逸にも行ってたんだ。魔女について調べるためにな」
「那由さん、待ってください。その話、俺も聞いていいんすか?軍にも桃坂家にも属してない人間ですけど」
早々に凉斗が待ったをかけた。
確かに凉斗は無所属の絡繰り技師だ。たまに白夜軍から依頼を受けているようだが立場は一般人とそう変わりない。
凉斗は境での一件で魔女事件に巻き込まれたが小春ほど知っているわけではなく、ニュースで公開されている情報しか知らない。
小春としても凉斗を極力巻き込みたくないと考えている。
「いや凉斗も聞いておけ。魔女に関してはまだ日本では身元が割れていない上にどこに潜んでいるのか分かっていない状態だ。自分の身は自分で守る。軍も動いているがそれでも軍は全ての国民を救えるわけじゃない。そういうことだ、納得したか?」
「うっす。話止めてすんません」
「気にするな、むしろ正しい判断だ。ガハハ!そういうところ、親父さんにそっくりだなお前!」
那由の言葉が照れくさかったのか、凉斗は目線を逸らしながら月餅を口に入れた。
普段褒めることがあっても凉斗は興味無さそうに「おう」や「まあな」しか言わないのに凉斗父に似てると言うとこうして照れる。
那由の真っ直ぐな言葉に為す術なく照れるしかない状況も相まって面白いものを見た。
この凉斗の顔を見ながら食べる杏仁豆腐は格別に美味しい。
「それじゃ話を戻すぞ。私が響介に頼まれたのは魔女の生態及び起源について、だ」
「生態?生態も何も魔女は人間、だよね?」
「ハズレだ。日本ではあまり知られていないが魔女は人間じゃない。人間に擬態した何かだ」
「じゃあ大旦那様と一緒ってこと?大旦那様も妖でも人間でもない何かって」
「いーや、実際にイギリスに住んでいる炎の魔女に会ったが黒とは似て非なるものだった。根拠はないんだが何か違ったんだよな、あの感じ」
「てことは大旦那同様に魂はあるんだ?」
「そそ、魔女も人間に擬態して生きてるから心臓の位置に魂がある。だから魔女に襲われた時は心臓の位置を狙え。糸状じゃないから仕留めづらいってのは難点だけど」
小春は胡麻団子を食べながら考える。
在留資格を取得している魔女に関しては魔術を使えないように政府が施し、定期的に監視の目もあるので下手のことはできない。
だが今回の魔女は密入国故に政府のデータベースにはもちろん記録されていない。
計り知れない相手の心臓を狙えと言うのは中々横暴である。
「あ、でも那由さん、魔女に会ったんすよね?なら日本に密入国してきた魔女について何か聞いていないんですか?」
「うおお凉斗!そうなんだよ!聞いてくれや!」
「うわ声でか」
嘆きながら机を叩いた那由に対して冷静にテーブルを回して大旦那の分のデザートを食らう凉斗。
小春が禄士郎に振り回されたり、透のことで悩んでいた間に那由は異国で苦労をしていたらしい。
「イギリス、ドイツに行って分かったのは夜空に産み落とされたから『夜の魔女』って名付けられた、しか分からなかったんだよ!」
「夜の魔女…?」
「しかも魔女狩りの影響で色んな国を渡り歩いているしよぉ!どの国を訪ねて聞いても夜の魔女とか不思議な人だったとか使ってた名前が全部デタラメだったんだよ!そのせいで帰国の日程が無駄に伸ばさなきゃいけなくなったしな!クソが!」
「お母さん、まずお茶飲んで落ち着いて」
震える拳から中指が飛び出している那由を茉莉花茶で宥めつつ、話の中で挙げられた夜の魔女という名前を記憶に刻みつける。
勿論だが響介からの与えられた資料の中には載っていなかったうえに白夜軍もこの名前を知らないのではなかろうか。
だが疑問点もある。
魔女狩りで逃げるように日本やってきた魔女は皆、『人間のお腹』から生まれた人間だ。
斬れば血が流れる。体調を崩せば風邪をひく。小春たちと何も変わらない。
「質問なんだけど夜空に産み落とさたってそのまま意味?それとも言い伝えみたいな伝承?」
「いや、そのままの意味だ。夜空だけじゃなくて森や海、霧みたいな自然に産み落とさた魔女は魔女達の始祖だ。今、日本にいる魔女達の御先祖だ。始祖達は人間と交わり、子供を増やしていく。そして子供達は魔女になり子供を増やして魔女に育て上げる。私が会った炎の魔女も始祖だったな」
「じゃあ始祖が今日本にいるってことになるのか」
「そうなるな。ただ夜の魔女は他の始祖と違って子を成していないからその分、口伝や生活していた痕跡も情報も少ない。だーから厄介なんだよ、この魔女〜!しかもやり口がどの国でも一緒!世の中に不満がある人間に力を与えて荒らすだけ荒らして、一年くらいで次の国に渡ってんだよな〜!」
那由が重要な情報をあまりに大きな声で話すものだから小春は慌てて室内に遮音術を施そうとして気づく。
もう既に施されていた。
大事な話の最中だというのにこんなことにも気づけなかったという自己嫌悪が思考を邪魔して意識が逸れていく。
親であり、紬師としての師でもある那由が施した術の前に気づけなかったという自己嫌悪に陥るのは詮無きことであると分かっているのに。
すると食べ終わった凉斗が手を挙げ、もう片方の手を小春の頭の上に置いた。
「那由さん、悪ぃ。情報が多すぎて俺も小春も混乱しそうっす。外の空気吸ってきてもいいすか」
「ん?ああ、それもそうか」
そのまま小春は凉斗にあれよあれよと外に連れ出されてしまった。
小春は店の壁にもたれかかり、凉斗は息を吐きながらしゃがみ込んだ。
室内にいたから気づかなかったが外は昼時で他の店も大いに盛況している。
そして辺りが賑わっている雑音の中、またもや第一声を上げたのは凉斗だった。
「何か気になることでもあったのか?」
「…私、そんなに顔出てた?」
「まあな。長い間、小春のことを見守ってたのは那由さんだけじゃねーからな」
「少し自己嫌悪しただけ。お母さんが部屋に遮音術を施してたこと気づけなかった」
「気づけたらもっと早くに小春の家に施されていた妖術も気づけてただろ。気にすんな…つっても慰めにはならねーか」
「…いーや?私は凉斗のそういう所に何度も助けてもらってるけど?」
「ふはっ、素直にありがとうくらい言えや」
「へへっ」
笑いと共に体に篭っていた緊張が抜けたようだった。
何せ賑わう浅草の路地で殺人現場に遭遇、昼餉時には器として命を狙われたりと今思えば緊張しないほうがおかしい。
「ねえ、魔女のことどう思う?」
「どうって言われてもな…まあ、絡繰り技師の同業者でも魔女の話題は持ち切りだな。だけど那由さんの話と照らし合わせても、今国内が荒らされてるくらいしか分からん」
「だよなぁ…軍でも正しい情報と間違った情報が混濁しないように情報規制してるけど、人の口に戸は立てられないから上層部も困ってるみたい」
「メディアやネットの悪いところだな。俺も調べてみたけど、どこぞの馬鹿達が魔女狩りをすべきだとかどうとか騒いでたな。そこら辺は軍人としてどうなんだよ?」
小春は空を見上げた。すっかり積乱雲からうろこ雲へと衣替えをしている。
境での事件後から小春は英語が話せる八虎に頼み、国立図書館にある各国が取り上げた魔女について書かれた新聞を翻訳してもらっていた。
国立図書館は各国で発行されてる新聞を取り扱っている。輸送の関係で一ヶ月遅れの記事ではあるが。
小春もまた過去の新聞から魔女についての情報を集めていた。
魔女狩りの始まりはイギリス。
君臨する王室の絶対王政を確固たるものにする為に行われた政策の一つに過ぎなかった。
だが本質は王室に向けられた不満の矛先を魔女に差し替えるという至極単純なもの。
簡単に誰もが正義を振りかざせる舞台を用意してしまった結果は関係ない者も巻き込んだ大量虐殺。
この波紋はヨーロッパ、そして海を跨いで米国へと広がっていき、各国で魔女狩りが起きた。
勿論、魔女達だって黙っているわけじゃない。
怒りに満ちた魔女達もまた人間を狩り、狩った人間の目玉を丁寧にイギリス女王の前に並べたそうだ。
目には目を歯には歯を。古代の法律のやり方で魔女達は力を示した。
そして人間と魔女の間で条約を締結。早急に国際連盟に対策本部が設けられたが、今も尚魔女狩りは全世界で根付いている。
「このままだと日本でも魔女狩りは避けられないと思う。次の響介様からの指示で今後の方針がほとんど決まるだろうな、って感じ」
聞いてきたくせに興味なさげにふぅん、と呟いて凉斗もまた空を眺めた。
その様子を横目で確認したがどこかで見たことある表情だった。
どことなく虚空を眺めてしまい、込み上げそうな何かを堪えては香ばしい食の匂いに苛立ちを感じてしまう。
「吐くなら別の場所でして」
「黙れ…今堪えてんだよ…」
小春もまた余裕ぶっているが腹に拳が入れば食べた全てが出てくるくらいにはギリギリだった。
魔女の話題を凉斗に振ったのも腹から意識を逸らすためでもあった。
昔から那由とご飯を食べに行くと必ず限界まで食べさせようとしてくる。それは凉斗も経験済みで、なんなら凉斗父に食わせすぎと嗜められているくらいだ。
今まで食べさせるのが好きなのだろうかくらいしか思わなかったが境で親のいない暮らしをしていたというなら見方は変わってくる。
人間が生きるためには絶対条件として食は伴う。
那由は小春達が食べ終わったくらいから食べ始めることが多い。
憶測で母親の過去を想像するのは良くはないがおおよそ予想はついてしまう。
「小春はむしろもっと食え。命に関わる仕事してんのに食べる量が少ねえわ」
「これでも筋肉ついてるし、頑張って食べた」
「食べたって『今日は』の話だろ。普段ちゃんと食べてないこと、那由さんにバレてたじゃねえか。言っとくけど残ってたお前の北京鴨、俺が食ってやったんだけど?」
「うるせぇ!ごめんってばぁ!たくさん食べればいいんだろぉ!?」
「んはは!相変わらず子猫みたいな怒り方だなお前!」
反抗するように怒る小春に対して怒る姿が面白くて笑う凉斗。
ふと頭の片隅に過ぎる。小春達が話していた魔女狩りがこの日本で起きてしまったら。
きっと那由と一緒に食事をすることも、凉斗とこうしてくだらないことで笑い合いうこともできなくなってしまうのではないか。
日本は永世中立国を宣言し、他国から自国を守ることはできても内部からの崩壊を食い止めることに長けた国ではない。
現にこうして夜の魔女の密入国を許し、未だ捕まえる事ができずに全国各地で事件は起き続けている。
(もっと強くならないと…)
小春は国のために紬師として戦いたいわけじゃない。大切な人達と暮らす幸せを守るために力、技術を使いたい。
今こうして目を細めて笑っている凉斗がこんなことを聞けば余計なお世話だと小突かれそうなものだが。
心も胃も落ち着いた小春と凉斗は店の中へと戻る。
部屋に入ると円卓の上に置かれていたデザートは無くなっていた。
代わりに那由の指に挟まれた食後の煙草から煙が立ち上り、部屋を満たしている。
「遅かったから母さんが食べたぞ」
「いいよ。自分の分は食べたから。ていうかこれ以上は無理。ご馳走様」
「凉斗も満腹か?」
「うっす、食い過ぎました。ご馳走様です」
「なら良し!食べた分だけ大きくなれよお前達!」
那由は満足そうに笑い、立ち上がって小春と凉斗の頭を勢いよく撫でた。
痛くはなかったがせっかく結った髪が崩れてしまった。隣にいた凉斗も同じで撫でられたことに照れながらも崩れた髪を元に戻そうとしている。
兄のような振る舞いをするので忘れがちだったが凉斗もまた年頃の男子だ。
髪型も服装も小春同様に気を遣っていて、大人に頭を撫でられたら照れてしまう。
小春の中で雷に打たれたような衝撃が走る。よく千子が息をするように小春や深琴、服、ケーキにまで言っている言葉を思い出したのだ。
「凉斗って可愛いんだね」
「やめろ。何も嬉しくない」
「…ごめん、ちょっと自分でも気持ち悪かった。どうかしてた」
「いや、そこまで言ってない」
千子の悪いところも影響されたかもしれない。たとえ兄のように慕っている相手でも言葉は選んだほうがいい。
少しづつ周りの影響で変わっていく自分に戸惑いながら、小春は崩れた髪を結い直した。




