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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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回る円卓 三

「まず今の質問の真意だが…小春、憑依術式についてメリットとデメリットについてどれくらい理解している?」

「メリットは祓魔師が遠方にいても術式を使うことで紬師は力を借りて戦闘することが可能。デメリットは体が支配されている状態だから長時間行うと魂まで支配される可能性と祓魔師が元の体に戻りづらくなる可能性がある。大きなメリットとデメリットはこれ」

「よろしい、勉強は怠ってないようだな。憑依術式はそもそも移動術式の応用で編み出されたもので、正直使用に対する負担や危険性が大きい。その危険性の一つに術式使用後は魂の離別率が高まりやすくなる」

「それって禄士郎様がバッシキ無しで糸を引き抜くことができる、あの常人離れ行為と一緒?もしくは似てる?」

「あ?まだそんな自傷みたいなことしてんのか、あのガキ。…まあ、厳密に言えば少し違うがそういうことだな」


 軍学校に通っていない凉斗にも理解してもらえるように禄士郎を例に挙げたが、どうやらそれもまた那由の怒りの油になってしまった。

 だが身近な人物を例に挙げたおかげで凉斗も理解できたようで納得しながら卵スープを飲んでいる。

 小春もまた冷めてしまった卵スープに口をつけた。こんな状況でなければスープのまろやかな味わいも胃に染みただろうに。 


「てことは術式直後に大旦那に体だけ奪われていた可能性もあったってこと?」

「そういうことだ。遅効性の妖術をかけられている可能性もあるかもしれないが…まあ、あいつの言い方すれば実行してなさそうだけど、って、え?なんか口元に米粒ついてる?!」

「メリットデメリットの話からついてたよ」

「なにそれ、母さんすごい間抜けじゃないか…おいこらお前達、目を逸らすな。分かってたなら言えよ!」


 無理な相談である。ダメだと思っていても齢三十六の母親が口元に米粒をつけて真面目な話をする姿は面白い。

 小春が指摘しなかったことで察したのか、凉斗もまた笑いを堪えるために机の下で太ももをつねっていたのを小春は知っている。

 恥ずかしがりながらも那由は咳払いをして空気を切り替えた。

 そんな那由を横目に居なくなった灼司と大旦那の分の料理を凉斗と那由の取り皿に乗せる。

 小春の腹はすっかり九割ほど満たされ、残りの一割はデザートのために守らねばならない。


「話を進めたいところなんだが…小春、もう腹いっぱいなのか?」

「これでも食べる量は増えた」

「嘘つけ、ゴミ箱に簡易食のゴミが入ってたぞ。母さんがいない間、適当な飯しか食ってなかっただろ」


 小春は舌打ちを呑み込みながら目を逸らした。

 軍学校に通い始めてから食べる量は増えたがめんどくさくて適当に済ませていたことを見抜かれてしまった。

 もちろん、小春とて余力があればご飯くらい作るが自分のために作る料理は作る気が起きないのだ。


「この野菜炒めを食べたらデザート持ってきてもらうから。ちゃんと食え」

「……凉斗」

「どうしても無理なら食ってやる。余力があるなら那由さんの言う通りに食っとけ」


 真剣に聞こうと思っていた小春の顔はしかめ面に変わっていく。

 小春は渡された野菜炒めの残りを少しずつ食べ始めた。


「那由さん、質問いいすか?」

「ほいほい?」

「大旦那と那由さんが旧知ってのは見て分かりましたけど、何であんなに執着されてんすか?明らかに異常でしょ」

「私も分からん。私は境で生まれ、親がいなくなって必死に生きていたら黒と出会った。それ以上でもそれ以下でもないな」

「黒ってのは大旦那の名前すか?」

「私が勝手にそう呼んでるだけだな。今でこそ上手く化けているけど、出会った頃は妖の姿にも人間の姿のもなれなかった、真っ黒な人型の『何か』だった。名前もないって言ってたから呼びやすいように黒って呼んでる」


 那由の話を聞いて小春と凉斗は眉をしかめた。

 絶対に大旦那と過ごしている間に何かしらあったはずなのに、那由には自覚がないときた。

 それに小春にとっては那由の出自は初耳だった。

 どうして祖母や祖父がいないのか。食べられる雑草を見分けるのが上手いのか。

 今、那由の出自を聞いて小春の中で腑に落ちた。

 凉斗も小春と心境が同じだったのか、小さく唸っている。


「当面はあいつも私らを見つけることはできねぇから大丈夫だ」

「さっきのナイフのこと?あれ何?」

「母さんが独自で生み出した術。うーん、説明が難しいな。まずナイフで黒を刺すにしても、なぜ輪廻の糸で紡いだナイフにしなかったか分かるか?」

「え?あー、大旦那様が気持ち悪くて糸で触れたくなかったから?」

「それもあったけど『触れたくない』ってのは合ってる。そんじゃそこらの妖にはできない話だが黒なら糸で作ったナイフから逆に妖力を流して私を操ることができる。だから妖力だけ篭っている髪とただのナイフを使って認識阻害と魂の拘束術式を展開したわけだ」


 小春は最後の一口を飲み込みながらえいの情念に呑まれたことや吾妻の基礎授業を思い出す。

 確かにあの場面で糸で作った武器を使うのは悪手だっただろう。えいの時のように呑まれる可能性が大いにあったわけだ。

 認識阻害術式は基礎知識として学んでいるので理解は出来る。

 魂の拘束は日本に住んでいる魔女に施される術式でまだ小春には扱いが難しい術式だ。いつかは取得したいところだが。

 すると分野外の話でついていけない凉斗が黙々と小春の分の北京鴨も食べてくれていた。


「だから心臓に刺したの?」

「もちろん。厳密にいえばあいつには心臓がないからあいつの糸に直接ってことになるけど」

「え!?大旦那様って心臓ないの!?」

「おう。言ったろ、人間じゃない『何か』だって」

「妖じゃないのに妖の統括主って…というか何かって何?」

「それはこれから話す母さんの旅行の目的と関係しているんだなぁ、これが」


 小春が首を傾げたと同時に扉の外でベルの音が鳴った。

 そして扉が開き、中華服を着た二人の店員が入ってくる。

 青い中華服の男は何も乗っていないワゴン、緑の中華服の女は五人分のデザートを乗せたワゴンを部屋に運び入れた。

 人数が減っていること、那由の髪が一部短くなっていることに疑問を抱いたようだが質問をしてくることもなく、笑顔で空の皿をワゴンに乗せていく。

 瞬く間に円卓の上から皿は消え、杏仁豆腐、胡麻団子、月餅、茘枝(ライチ)茶が並べられた。

 甘い香りが小春の食欲を再び掻き立てる。

 素早く仕事終えた店員達はそのまま何も言わずワゴンを押して出て行った。


「お母さん、食べていい?」

「いいよ。でも話はちゃんと聞いとけ。今の小春には必要な情報でもあるからな」


 許可も降りたところで小春はまず月餅を口に運ぶ。

 一口齧れば蓮と白餡の甘さが広がり、中に一緒に入っていた胡桃が食感を楽しませる。

 甘味とは不思議なもので満腹で咀嚼するのも苦しかったのに、今は水のように胃袋へと流れていく。

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