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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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回る円卓 二

回る円卓には北京鴨の丸焼きや茸や人参を使った野菜の炒め物、フカヒレのスープ等が並べられている。

 目的地は高級中華料理店だったようで、扉付きの個室に小春と凉斗に加えて那由、大旦那、灼司が席に着いていた。

 面白いことに灼司は人間に化けているが虎の姿と変わらない目つきの悪さが健在しているせいで、誰だかすぐに分かる。

 反対に那由と大旦那は一触即発しそうな雰囲気がまだ残っていた。それでも大旦那は那由に話しかけ続けている。勘弁してほしい。


「小春、凉斗、好きなだけ食べていいからな!」

「うっす、いただきます」

「…いただきます」


 部屋に漂う中華の香りと微妙な空気に小春は居心地の悪さを感じている中、隣の凉斗は早々に取り皿へ料理を乗せている。

 そしてそのまま灼司と世間話を始めた。助けて欲しい。母親と本物の化け物の板挟みになりたくない。

 小春は和やかに会話を始めている灼司と凉斗に縋るように目線を向ける。

 だが二人が小春の視線に答えることはなかった。それどころか、中華に因んで灼司の故郷の話で盛り上がり始めている。本当に羨ましい。


「ほら小春、この肉まんなんか美味しそうだぞ。食べな」

「貰うけど…お母さん、電話出なかったこと怒らないの?」

「無視されても仕方ないとは思ってるしなぁ。結局(こいつ)もいるし。それに柔く小春を育ては覚えはないから、そういう意味ではあんまり心配してなかったな」


 苦笑を浮かべながら那由は竹でできた蒸籠(せいろ)から肉まんを取り出し、小春の取り皿へと乗せる。

 他にも野菜炒めや小籠包を小春の取り皿に乗せていき、気がつけば小さな中華料理の山ができていた。

 贅沢の極めここにあり。小春の喉がごくりと鳴った。


「そうだ、小春。最近学校はどうだ?」

「どうって言われても…外での任務が多いから、今は禄士郎様と魔女事件について動くことが増えてるかも。この前も任務で境に行った時、魔女と契約した人と戦ったし」

「危険な任務が多いのか?確かに小春を魔女事件について当たらせているって響介の坊主から聞いているが」

「普段の任務はそんなに戦闘になることは少ないよ。ただ魔女が絡んだ任務になると大体戦闘になるかな。境の時だって大旦那が保護対象者を煽ったから憑依術式を使わざる負えなくなったし」


 刹那、那由は大旦那に殴りかかろうとしたが戦闘の気配を察知した灼司に素早く羽交い絞めにされた。

 なんとなく大旦那に意趣返ししてやろうかな、と吐いた言葉が那由の爆弾を起動させてしまったようだ。

 数秒で起きた目の前の出来事に食べる手を止めて唖然とする小春の横で茉莉花(ジャスミン)茶を飲みながら凉斗も目を見開いていた。

 自分はとんでもないことを言ってしまったかもしれない。小春の背中に汗が滲み始めた。


「黒テメェ!」

「那由さん落ち着いてくれ!大旦那を殺りたいなら、あとひと月は待て!そしたら煮るなり焼くなり好きしていいからよォ!」

「ふん。どこぞのぽっと出の馬の骨との間に那由の子供がいるというのは実に最悪だが、幸い、娘の器はお前にそっくりじゃからなぁ…ついな。お前の糸と娘の体があれば例え()()()()()()()()()()儂は那由を変わらず愛することができる。儂から離れるお前が悪いんじゃ」


 大旦那は扇子で口元を隠しながら切れ長い目で小春を見つめた。その視線は蛇のように小春に纏わりつく。

 息が詰まった小春は席を立つのがやっとだった。

 そんな小春を庇うように凉斗が立ち上がり、小春を背に隠しながら携帯していた妖用のハンドガンを大旦那に向けた。

 心の底から嫌悪と寒気が湧き上がる。

 なぜなら大旦那が小春を見つめる瞳は砂糖を溶かしたように熱烈に甘く、那由を見つめる時と同じものだった。

 嘔吐しそうなほどの甘い視線が何度も那由に注がれていた事と嫌悪している相手に向けられたという事が小春の精神を容赦なく抉る。


「儂が欲しいのは那由の魂じゃ。肉体など興味はないが無いと不便だろう?」

「口を開くんじゃねぇ!一方的にごたごた押し付けてきやがって!小春は何よりも大事な娘だ!テメェが私の一番になることなんて何千年経とうとありえねぇんだよ!」


 今にも立っている青筋が千切れそうなほど那由は本音をぶつける。

 大旦那は変わらず口元を扇子で隠しているせいで表情は読めないが那由を見つめる瞳はさっきと打って変わり、酷く冷たい。

 灼司の腕から抜け出した那由はレッグホルスターからナイフをを取り出して自身の髪の一房を切る。

 そして切った髪をナイフに巻き付け、そのナイフを大旦那の胸に突き刺した。


「朝から尾行してるガキ!そんで灼司!とっとこいつを境に連れていけ!」

「いきなりすぎるが恩に着るぜェ!氷雨、仕事だ!」


 ナイフに巻かれていた髪が妖力に反応して縄のように伸び、大旦那の心臓を中心に体や口に絡みついて拘束していく。

 何かを必死に訴える大旦那だったが突如として現れた氷雨に担がれ、灼司が生み出した霧に呑み込まれて消えていった。

 そして灼司もまた「悪かったな」と小春に投げかけて氷雨と同様、霧に呑まれて消えた。

 小春と凉斗は訪れた静寂の中で何もできずに唖然とするしかなかった。


「怪我はないか、二人とも」

「う、うん、大丈夫…」

「うす…」

「まあ、なんだ。飯食いながら色々話すわ」


 小春と凉斗は席に着き、少しずつ食事を再開する。

 実の母親がストーカーにナイフを突き立てたというのに空腹に抗えなかった。

 口に入れた小籠包はすっかり冷えてしまっていたが味は確かに美味だ。

 小春同様に空腹だったのか、那由も豪快に炒飯へ食らいついている。

 そして生ぬるい空気を切ったのは微妙な面持ちで肉まんを食べる凉斗だった。


「ちゃんと俺や小春が分かるように説明してくれるんすよね?」

「おう、でもまず確認させてくれ。小春、憑依術式を使った直後、黒に何かされたりしたか?」

「いや、確か灼司に回収してもらった気がする。大旦那は憑依術式を使った次の日に訪ねてきた…くらい?」

「何もされてないだな?」

「うーん…お母さんに関してすごい質問攻めされたくらい?」


 凉斗に確認するように小春は目配せをする。記憶違いは起きてないようで凉斗は答えるように頷いた。

 気持ち悪いな、と悪態をつく那由を見ないふりをして小春は北京鴨をナイフで切り分けて取り皿に乗せる。

 炒飯を平らげた那由は口元に米粒をつけながら口を開いた。

 神妙な面持ちなのに米粒のせいで台無しだ。指摘するのもめんどくさいので小春は北京鴨を齧りながら耳を傾ける。

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