第十一幕 色男
音羽が歩く道の下見をしていた他の面人衆への挨拶も程々に終わらせ、禄士郎と奏多は音羽が出てくる遊郭の門が見える建物の屋根に立っていた。
浅草近辺は景観を損なわない様にと鋼鉄のビルは立っていない。
だから屋根に登れば簡単に周りの地形や人々を確認することができる。
面人衆の頃もこうして屋根の上を歩いたが、それも夜の時の限定だ。昼では目視されかねないからだ。
「すげぇ。本当に誰にも気づかれねぇ」
「妖のなのに妖術使えないの?」
「うるせぇな。妖でも俺は半妖だし、術なんて教わったことないんだよ」
「才能ありそうなのにもったいないね」
「俺に期待させようとすんな。適当なこと言ってんなら殺すぞ」
禄士郎の妖術のおかげで屋根の上にいる二人の会話は誰にも聞こえていない。そして奏多の怒りと殺気も。
奏多の言うことはもっともだ。
大人のでたらめに期待をしてしまう子供。遊郭にはそんな夢みる子供が多くいる。
禄士郎もまた父親が高尾と自身を迎えにきてくれるという言葉を信じて耐え忍んだ子供だった。
半妖とはいえ、奏多も子供であることに変わりはない。
「半妖でも幼いながらに面人衆を続けられてるなら戦いにおける才能があるのは確実だよ。それに妖の血が混じってるなら人間より妖術を扱うのはそう難しくないと思うけど」
「お兄さん、俺は個人的な依頼は受け付けてないぞ」
「ははっ、そういうことじゃなくて純粋にそう思ったの。素直に受け取っておいて」
「…気持ち悪い人だな」
そう言って奏多はそっぽを向いた。面のせいで表情が見えないのが残念だ。
するとそっぽを向いていた奏多が何かを見つけたのか、小さく舌打ちをする。
視線の先には首筋や腕に刺青が入っている男たちが建物の影にそれぞれ消えていく姿だった。
その光景に禄士郎もまた目を細める。
「ここも随分物騒になったね。ごろつきが増えてる」
「これでも牽制したり、取り締まってるんだけどな。話の通じねえ馬鹿やバレなきゃいいみたいな阿呆もいるから。だから花魁道中もここ最近してなかったんだよ」
「もしかして遊女も攫われてるの?」
「いや禿の方。最初は庶民の娘とかだったんだけど、最近はなりふり構ってられなくて商品にまで手を出してきやがった。おかげで婆様はやかんより沸騰してたよ」
「うわぁ…攫った子達はどこに売り飛ばされてるの?」
「大体が西。偶に異国の金持ちとか」
「それさ、境も含まれてる?」
「含まれてる」
実際、響介から女子供の誘拐事件が増えているということは聞かされていた。
原因は横浜の倉庫と同様にヒガンの製造ができなくなったことが絡んでいる。
魔女が与える影響は波紋のように各所に影響もたらしているのは事実だ。
希少価値が跳ね上がっていくヒガンを妖から買い取ろうとして金や金になる女、子供を境に売り飛ばすという最悪のオークションが起きている。
(ヒガンの製造ができなくなったのはいい事ではあるけど、その分の混乱は大きい。むしろヒガンがここまで広がっていたのは想定外だったけど)
すると奏多が意識を魔女事件に逸らしていた禄士郎を現実に引き戻すように肘で小突く。
小突かれたと同時に遊郭の門が開き、音羽が新造達を引き連れて現れる。
花魁道中が始まり、音羽が歩く度に人々の目を奪っていく。
普段の禄士郎なら一緒に眺めていたが、今は観客の方を眺める。仕事開始だ。
「異国人も多いね。観光客も実は誘拐してましたってことあったりする?」
「ほぼない。日本に観光に来る奴ら皆、金持ちばっかだから誘拐するくらいなら買っていく」
「まあ、そうなるか。めんどくさいのはいつだって身内だもんね、こういうの」
目を光らせながら列と共に禄士郎も屋根をつたって移動する。
奏多もまた縄張りを荒らしてる輩を見つけては制裁していく。
あくまで牽制が目的のようで刀は鞘から抜かずに容赦なく輩を殴っている。
そして制裁が終われば禄士郎のいる屋根に戻ってくる。まるで犬の散歩をしているようだ。
「刀、折れない?木刀にしなかったの?」
すると奏多は鞘から刀身を少し覗かせた。
そこには鋼の刃ではなく、木でできた刀身があった。
その手があったかと禄士郎は頷いて感心する。それに木刀なら折れにくい上に威力も良い。
「本物の刀で殴るわけないじゃん」
「奏多くんってば頭いいね〜」
そんなやりとりを重ねていくうちに列は休憩地点。
休憩地点は吉原遊郭と業務提携している宿屋だ。今日は休憩地点として使われるためか、貸切状態で客がいない。
音羽は奥の部屋に通され、お色直しや新造たちに足をほぐしてもらうようだ。
花魁道中の再開は三十分後。それまで他の面人衆が宿屋を見張ったり、ごろつきを警戒したりと休憩はない。
禄士郎はあくまで音羽達の列の護衛を頼まれたのであってごろつきの制裁は仕事に含まれていないため、ただ屋根の上を歩いていただけだった。
むしろ奏多の方がよく働いていて申し訳ないくらいだった。
「奏多くんも休んでくれば?」
「そういう訳にはいかねえよ。他の奴らも動いてんだから」
そう言って奏多はまた首を動かして仕事に励み始めた。
奏多の横顔を眺めていれば、ふと横浜での一件が脳裏をよぎる。
ヒガンで妖力が開花し、両腕を失った海兵のことを。
ごろつきたちがヒガンを使っていた可能性があることに気づいた禄士郎は眉を顰めた。
「ねえ、今まで誘拐で取り締まったごろつきの中に妖術使えるやつとかいた?」
「妖術?あー…何人かいたな」
「それって捕り逃がしたことはある?」
「俺はないけど、他の仲間は妖術の対処法なんて知らないから捕り逃したって言ってたような気がする」
胸がざわつく。禄士郎は屋根から飛び降り、裏口から宿屋に入る。
ここらで増えたごろつきがヒガンや境と繋がり持っているなら妖術の存在を知っているものもいるだろう。
もし存在を知り、簡単な術を一つでも会得していたら?
(可能性がないとは言い切れない。俺の考えすぎで終わればいいけど)
最悪の事態というのは嘲笑いながら忍び寄る。
宿屋の中で番頭達が禿の名を叫びながら走っていた。
すると一人の番頭が禄士郎に気づいたのか、苛立ちながら近づいてきた。
「おい面人!胡紫が居なくなった!あれは大事な商品だ!探せ!くそっ、肝心な時に役立たねぇなお前らは!」
番頭は吐き捨てるように言って婆様がいる部屋へと入っていった。
残された禄士郎の頭がゆっくりと冷えていく。
(あ〜…懐かしい、この感じ)
小春や響介と長く共にいた所為か、遊郭では自分達は道具であったことをすっかり忘れてしまっていた。
最悪が忍び寄るように、かつて血を浴び続けて獣になった自身が禄士郎に近寄ってくる。
幸せで心が満たされそうになった時、仮面をつけた禄士郎が見つめてくるのだ。
禄士郎は早々に宿屋を出てまた屋根に登る。
「おい!胡紫が消えたって!」
「そう遠くに行ってないはずだから落ち着いて。胡紫ちゃんは俺が見つけるから奏多くんは宿屋の護衛を続けて」
「妖術を使うやつなら俺も!」
「一人で足りるよ。むしろ音羽達を護衛を強めるべきだね」
禄士郎は視認阻害術式を解き、妖力を目に集まるように集中する。
有難いことに宿屋には妖力の痕跡が残っていた。
普通の人間ならたとえ杜撰な精度でも効果はある。
だが精度が低ければ妖力が溢れて持続しない。しかも禄士郎のような祓魔師や紬師は現場に残された妖力の痕跡から後を追われる。
狭い視界の中で妖力の痕跡を辿る。
やはり素人の術式でしかなく、宿屋から続く妖力は簡単に見つかる。
即座に体全身に妖力を巡らせ、膜を作って身体強化する。
かの海兵のように化け物化が始まっている可能性もある。用心するに越したことはないだろう。
(妖力をちょっと使いすぎた。時短戦でいこう)
足に力を込め、高く飛躍する。
立っていた場所の瓦が粉々に砕けたが後で婆様に謝ればいい。
全速力で屋根と屋根を伝い、あっという間に誘拐犯の元に辿り着く。
飛び降りた先は鼠や野良猫が好みそうな薄暗い路地だった。
最悪というのはどこまでも着いてくる。
胡紫を連れ去ったであろうごろつきとここにいるはずの無い小春が短刀を持ち、胡紫を庇いながら対峙していた。




