幸せの鎖 二
花魁道中が始まるまで時間が空いた為、禄士郎はかつて病気になった母親と隔離に使われた小屋へと向かった。
小屋は遊郭の裏手にあり、近くに墓地があるからか誰も寄り付かない。
のはずだが、何故か手入れされている扉を開けると見知らぬ少年がいた。
「え、誰」
「お前こそ誰だよ」
目つきの悪さが特徴的な少年は食事中だったようで湯気が立つ玄米を頬に詰め込んでいた。
突然、小屋に入ってきた禄士郎が気に食わなかったのか、少年は眉を寄せる。
時間まで小屋に行くと婆様には伝えていたが、その際に婆様はそうかとだけ言って少年のことなど一言も言わなかった。
そして禄士郎は帯刀している刀ではなく、輪廻の糸で紡いだ刀を少年に向けた。
なぜなら少年は人間に擬態しているが禄士郎の目には妖として映っていたのだ。
「なんだ、祓魔師かよお前」
「何で妖が人間に擬態してここにいるんだ。返答次第では祓うから」
「なんでってこういうことだけど」
少年はため息をつきながら茶碗と箸を置き、代わりに近くに置いていた面を顔に被せた。
所謂、同じ面人衆ということを言っているのだろう。
だとしても妖が何故ここにいるのか、そして面人衆なのか。
浮かび上がる疑問に禄士郎は首を傾げながら刀を解いた。
すると少年は何かを思い出したようであ、と声を上げる。
「もしかしてお前、短時間労働の色男か」
「それ誰が言ったの」
「婆様。お兄さんって色男を自覚してる人?」
「元高級遊女の息子だからね、自覚はある」
そう言いながら禄士郎は面を取って小屋に上がる。
禄士郎の言動が気に入らなかったのか、少年はきもっ、と顔を歪めた。
警戒心を解いた禄士郎はジャケットを脱ぎ、腰ベルトから刀を外す。
そして空いていた座布団を二つ折りにし、枕代わりにして横に寝転がった。
「おいおいおい!なんで寝転がるんだよ!」
「元住人権限。少しの間、寝かせて」
「はあ?自由人かよ」
「あ、そうだ。貴方、名前は?」
「本当に自由人だな。人間に嫌われるぞ」
「もう嫌われてるから今更。で、名前は?」
少年は眉をひそめながらも手を合わせてご馳走様、と呟く。随分と人間らしい妖だ。
寝転がっている禄士郎は腕を組み、少年の方に体を向けた。
妖であれ、同じ面人衆なのだ。数時間だけの仕事仲間であっても名前を知っておくべきだろう。
「奏多。お兄さんはロクシロウだっけ?」
「あら、名前は聞いているんだ。そうだよ、よろしく。それで何で奏多君は人間に擬態して生活してるの?人間社会生きづらくない?」
「飯と寝れる場所があるなら人殺しも死体処理も安いもんだろ。境で生きるよりマシ」
「なるほど。あと何でこの小屋で生活してんの?ご飯食べた後に言うのもなんだけど、ここで俺の母が死んだんだよ。婆様から聞いてない?」
「あー…多分聞いたけど覚えてない。ちなみにここ面人衆の休憩所になってる」
「え、正気?抗議しなって。だってここ墓地も近いんだよ?絶対もっといい部屋もらえるよ?」
「人を殺したり、死体処理してる奴らが幽霊如きで喚くと思う?俺だったら斬って糞して寝るわ」
「面人衆に染ってるねぇ、奏多君」
「「わははは」」
禄士郎と奏多の乾いた笑いが小屋に響く。
疑問が解消されたことで寝ようとした背を向けた禄士郎だったが許されるはずがなかった。
奏多が手を叩いて禄士郎を眠気から引き摺り出したのだ。
「おいおいおいおい!寝ようとすんなよ!」
「うるさいなぁ。別にいいじゃん、ここは面人衆の休憩所なんでしょ」
「短時間の下っ端が何言ってんだ。俺のこと聞いてきたんだから、自分のことも話すのが筋だろ」
「構って欲しいなら構っていいなよ、奏多君って寂しがり屋なんだね」
「きも。素性も知らない奴と仕事ができると思ってんの?」
『きも』は流石の禄士郎も傷つく言葉である。
しかし言葉に棘があるが奏多の主張はもっともだ。
禄士郎は過去にここで働いていた人間でしかなく、奏多からすれば知らない人間。
他の面人衆にも挨拶だけして終わらせる気だったが、一人くらいは禄士郎の素性を知っている奴がいてもいいだろう。
生憎と面人衆は婆様が口が固い人間を見つけて選出している。
裏を返せば奏多はあの門番のようにおしゃべりではないと言うことを婆様が保証していると言うことにもなる。
「話してあげるけど俺の許可なく他人に話さないでね」
「する気はないけど、話したらどうすんの?」
「桃坂家が奏多君を消すよ」
「やっぱなし。俺も寝る」
「話しまーす」
「やっぱ、きもいわアンタ!」




