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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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訪れる嵐 三

大旦那監視組の灼司と那由は送迎車、小春は凉斗の運転によるバイクでそれぞれ浅草へ向かった。

 小春が降り立った浅草寺の近くは観光客で人が溢れかえ、活気で満ちている。

 本来なら目の前に聳え立つ雷門を那由と共に潜り通るはずだったが、今はその姿が見えない。


「那由さん、なんて?」

「車が一向に進まないから後で合流しようだって」

「浅草近辺は渋滞しやすいからな」


 ニシキに那由からのメッセージが数分前に届いていた。

 確かに車と人力車による行き交いで事故が多い故に那由達が小春達と合流できないのは想定済みである。

 むしろ小春としてそれが狙いでもあったと言っても過言ではない。

 小春は凉斗と一緒に足早に雷門を潜り抜けた。

 目的は参拝ではなく、本殿に向かうまでに並んでいる出店である。


「んで小春、お目当ては何だ?」

「簪とハンケチと万華鏡」

「簪と万華鏡は売っているだろうけど、ハンケチはピンキリじゃないか?良いものが確実に欲しいならデパートとかの方がいいだろ?」

「うーん、デパートは人通り見てから考える。それじゃ、ここで一旦解散で」

「いや解散しないが?」


 解散を示すため、小春は宣言したが凉斗は首を縦に振らなかった。

 大体凉斗と出かけた時はそれぞれ見たいものが異なって一旦解散することがほとんどだ。


「万華鏡を探すなら玩具屋として俺も万華鏡を見ておこうと思ってな」

「あー」


 当然の理由だった。

 小春は納得し、凉斗と共に出店巡りへと繰り出すために歩みを進める。

 観光客で道が歩けないほどではないが、混雑のせいで歩きづらい。

 軍服を着てくれば良かったと思いながらぶつかりそうになる肩を避けていく。

 軍服を着ていると良い意味でも悪い意味でも人々が道を譲ってくれるので人通りが多いところは便利なのだ。


「軍服着てくれば良かったかも」

「休みの時くらい脱いどけ。せっかく綺麗に仕上げたんなら堂々と歩けって」

「それ、もしかして今日の私を褒めてる?」

「おう。千田さんに負けず劣らずの美人だぞ」

「ふふん」

「返しは美人じゃないな」


 例え身内贔屓であったとしても褒めてもらえるのは鼻が高くなるくらい嬉しいものである。

 単純なもので自然と口角が上がってしまうほど小春の心は軽くなった。

 すると視界の端に今日初めての玩具店を発見した。

 簡素な台の上に布が敷かれ、玩具がそれぞれ並べられている。

 メンコ、ビー玉、コマ、ぬいぐるみ、英雄戦隊シリーズのキャラクターを模った面、そして万華鏡。

 小春は店に近づき、万華鏡を手に取る。


「いらっしゃい!えれぇべっぴんさんが来たと思ったらお目当ては万華鏡かい?」

「こんにちは。贈り物にしようと思って今、探し回っているんですけど他に種類ありますか?」

「数は少ないがいいのは取り揃えてありますぜぃ」


 手拭いを首から下げている店主は後ろに置いてあった箱から万華鏡を取り出す。

 店頭に出されていた万華鏡を合わせれば合計五つ。それぞれ華美な物から装飾のない簡素な物まで取り揃えられている。

 小春の後ろから凉斗が伸び、華美な万華鏡を取った。

 代わりに小春は手に取っていた簡素な万華鏡を覗く。

 だが覗いた先は簡素な外見とは異なり、教会のステンドグラスの装飾のように様々な色が輝いていた。

 万華鏡は凉斗の店でも取り扱っていて試しに覗いたこともあったが、その時の万華鏡より今覗いている物の方がより色彩や模様が美しかった。


「お嬢さん、吉原の方には行ったかい?」

「いいえ…?」


 浅草雷門から北へ向かうと遊郭吉原の歓楽街があり、小春のような遊女ではない女が入れるような場所ではない。

 怪訝そうに首を傾げると店主は慌てて変な意味ではなくて、と付け加えて話を続けた。

 興味ないのか、凉斗は変わらず唸りながら万華鏡を眺め続けてる。


「万華鏡は遊女の贈り物として吉原では定番でな、吉原近辺で多く販売されてるわけよ」

「ああ、なるほど」

「でもお嬢ちゃん、行くなら昼間のうちに行っときな。最近誘拐が増えてっからよ」

「それは恐ろしいですね」

「だろぉ?しかも攫われた子供は幻の都、境に連れていかれるらしくてなぁ」

「なるほど?」


 夏季休暇で休ませていた軍人としての思考が入り込んでくる。

 どうにも世間一般的には境は幻の都と言われ、選ばれたものしか行けないなどという尾ひれが付いている。

 確かに夜逃げする人間の行先として境は定番化している。だが行ける行けない人間が明確に別れるからこそ、こういう尾ひれが付くのだろう。


 (まあその尾ひれがあながち間違いじゃないのが恐ろしいんだけどね)


 事実として若い男女や子供を誘拐して境の遊郭や労働力として売り飛ばすということはある。

 だが白夜軍や警察の働きにより三年前から誘拐事件の件数は減っている。

 誘拐事件を減らすため、働きかけ率先して動いたのが当時まだ大尉だったかの子だ。


 (確か去年、その功績が讃えられて大佐になったんだっけか)


 なんてことを考えながらも小春は万華鏡を吟味する。

 まだ一軒目ということもあってか、いまいち決め手に待ったがかかってしまう。

 店主にバレないよう後ろに立っている凉斗を見る。

 凉斗も次の店に行きたいのか、万華鏡から視線を外して周りを見渡していた。


「おじさま、こちらの人形をください。買わせていただきます」

「おや、万華鏡はお気に召さなかったかい?」

「せっかくなので吉原の方に行ってみようかと」

「ガハハ!こいつぁ、いらねえことを言っちまったな!その人形は十円だよ」


 小春が渡そうとした十円玉は店主の手には届かず、代わりに店主は後ろにいた凉斗から代金を受け取っていた。


「良い兄ちゃんだなぁ!甘えときな、お嬢ちゃん!」

「ほら良い兄ちゃんと行くぞ小春」

「自分で言うもんじゃないでしょ」


 小春は店主からシルクハットを被った狸のぬいぐるみを受け取り、次の玩具店へと足を進めた。

 吉原の方へ向かう途中で那由達と合流できたら、とニシキを起動して電話を掛ける。

 程なくしてコール音が鳴り止み、代わりに大きな那由の声が小春の鼓膜に突き刺さった。


『小春!今どこだ!?』

「……今、吉原の方へ向かって凉斗と歩いてる。お母さんうるさい」

『ん?悪りぃな!てか何で吉原?小春は入れないだろ』

「吉原に用があるわけじゃなくて」


 凉斗の背に隠れながら小春は歩きながら通話を続ける。

 道中とは違って小春を守るようにして凉斗は玩具屋を探していた。電話している小春が誰かとぶつからないようにしてくれているのだろう。

 こういう細やかな気遣いができて女に声をかけられるような凉斗だが、小春が独り立ちできるまで見届けるといって恋人を作ろうとしない。

 実の妹ではないが兄を心配する心情になってしまう。

 すると二軒目の玩具屋を見つけたのか、凉斗が振り返って顎で小春の視線を誘導した。


「吉原の近辺にある玩具屋に用があるだけ。だからその近辺で合流したいんだけど」

『ああ!?何だって!?周りがうるさくて聞こえないって!』

「もういい、わかった。後で電話する」

『え、ちょっと小春!?』


 めんどくさくなり、無理やり通話を切った小春はニシキの電源を落とした。

 すると凉斗の足が止まり、自然と小春の足も止まる。

 何事かと顔を上げると何か言いたげな顔をした凉斗が小春を見下ろしていた。


「何?」

「なんか今日の小春、那由さんに当たり強くないか?」

「別に。こんなもんでしょ」

「言いたいことがあるならちゃんと言っておけよ」

「…うっさい」


 そのまま凉斗はため息を一つ吐き、見つけた玩具屋へとまた歩き出した。

 小春もまた凉斗に続いて歩き出す。凉斗の言葉が小春の心に待ち針の如く突き刺さり、ぬいぐるみを抱えている手が力んでいく。

 小春とて凉斗の言い分が分からない年頃ではもうない。


 (素直に言えたらもっと可愛い女の子になれてる)


 脳裏に浮かぶのは忖度なしにはっきりと物を言う千子の顔。

 いくら洒落を真似ても、千子のような女性に似つかない。簡単に可愛げのない娘が変わることは難しい。


 (もっと素直になりたい)


 気持ちに呼応するように抱えていたぬいぐるみが「ぺぷ〜」と間抜けな鳴き声を上げた。

 どうやら狸の腹の部分を強く押すと音が鳴るらしい。

 ぬいぐるみの鳴き声に驚いたのか、凉斗がまた振り返って小春とぬいぐるみを見下ろす。


「怒ってるのは分かったから。狸でももっとマシな鳴き声だぞ」

「本当にここで怒り狂ってやってもいいんだけど?やってやろうか?」

「何で俺が脅されてんだよ…」


 今度は苛立ちを込めて力強く狸の腹を押す。さっきより大きな音が鳴った。

 その後も度々音を鳴らしては玩具屋を巡り、ついに小春達は吉原近くの玩具屋まで辿り着いた。

 やはり遊郭の近くということもあって高価な商品を取り扱う店も多い。

 玩具屋も同様で値段もそれ相応の値段の商品が並んでいる。

 慣れない靴で吉原まで歩いたおかげか、禄士郎に贈りたいと思える商品に巡り合うこともできた。

 途中で記念に凉斗と共に人力車に乗ってみたりと小春の気持ちはすっかり晴れやかだ。


「おい小春、花魁道中だ」


 万華鏡が入った袋を眺めていると凉斗が声を上げた。

 呼ばれた小春は紙袋から目を離し、凉斗が指差す方へと首を動かす。

 ゆっくり優雅に艶やかに絢爛豪華を着こなす花魁が堂々と道の真ん中を歩き、その後に新造(しんぞう)や鈴を鳴らす禿(かむろ)が続く。

 小春はすっかり先頭を歩く花魁に魅せられてしまった。

 そしてニシキを起動させ、カメラモードに切り替えて艶やかな花魁をカメラの枠内に収める。


 (禄士郎様は花魁道中とか見たことあるのかな)


 小春は静かに撮影ボタンを押した。

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