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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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35/75

第九幕 訪れる嵐

僅かではあるが朝に吹く風が涼しくなった。


「小春起きろー。飯だ」

「んぇ」


 窓が開き、もたらされた涼しい風が寝起きの小春の皮膚を刺激していく。

 寝起きにあまり脳が働かないが、一つだけ思うことはあった。

 何故、寝間着姿の凉斗がいるのか。


(いやここ、凉斗の家じゃん)


 重たい頭を動かし、部屋を見渡す。

 やはり凉斗宅の空き部屋で、見慣れた部屋だった。

 昨日、灼司の胸板に埋もれて眠り、自宅で目覚める予定だったが凉斗宅になっている。しかも当事者である灼司の姿がない。


「凉斗、灼司は?」

「昨日の夜、来たぜ。本当は小春の家まで運ぼうと思ったけど鍵を貰い忘れたから俺の家でいいか?って」

「ああ…」


 確かにポッケには鍵と財布が入ったままで枕元には日傘が置かれていた。

 どうやら小春の服をまさぐる手段は取らなかったようだ。よくできた虎である。

 小春は日傘を持ち、目を擦りながら階段を下りる凉斗の後についていく。

 居間には二人分の朝餉が用意されており、小春の腹の虫が鳴いた。

 体調もすっかり良くなった体は食べ物を欲している。

 

「いただきます」

「おー。あ、小春」

「ふぁい?」

「物を食べたまま返事をするな。…まあ、いいや。今、家に帰んないほうがいいぞ」


 口に炊き立ての艶やかな白米を口に運びながら首を傾げた。

 すると凉斗はうーんと唸りながらも座って、みそ汁を一口飲んだ。

 戸締りはしっかりとしたが、もしかしたら泥棒でも忍び込んだのだろうか。

 だとすればそれはそれでまずい。バッシキの予備や魔女事件の翻訳した資料を家で保管してある。

 卵焼きの一かけらを噛んで飲み込み、小春はさっきまでいた空き部屋へと駆け上がった。

 あの空き部屋からは小春の家が見えるのだ。


「は…」


 部屋の窓から見た家の様子はまさしく化け物屋敷というのがふさわしかった。

 なぜなら二つの強大な妖力が溢れ、周りにいた妖たちが逃げ出したくなるような化け物が住み着いている家になっていた。

 妖力を感じられない人間からすればただの霧崎宅でしかないのだが、小春みたいな妖力を感じ取れるものからすれば末恐ろしい現場である。

 しかも片方の妖力は感じたことのあるもので、刻みつけられた記憶が蘇って鼓動が早くなる。

 様子を窺いに来た凉斗は小春の後ろでため息を吐いた。


「なんで大旦那様が私の家にいるんだ?訳がわかんないんだけど」

「…あそこに大旦那の他に灼司と那由さんがいる。こういえば分かるか?」


 これまでに動かしたことがないほど眉を顰め、小春の口角は下がった。

 最悪である。これは凉斗も同意のようで自宅を無言で指さす小春に対して答えるように何度も頷いた。

 そのまま互いに無言のまま、居間に戻る。

 そしてみそ汁を一口飲んで心を落ち着かせようとしたが、小春の本音は許さなかった。


「何だあの家!?帰りたくないんだが!?一晩で地獄への入り口になってるのはおかしいだろ!?」

「いやあ、すげぇもん見たわ。同情するけど」

「私、お風呂入りたいのに!今まで任務より困難なのは狂ってんだろ!?」

「さすがに俺の家に小春の下着は無いから一度帰るしかないだろうな」


 持っていた椀にひびが入りそうになるほどの怒号が小春の口から溢れる。

 

「灼司が帝都に来た理由って絶対大旦那様絡みじゃぁん…しかもお母さんもいるって碌なことにならない…」

「大旦那と那由さんのことは灼司からの聞いてたけど…こりゃあ筋金入りだな、おもれー妖」

「やめろ凉斗。大旦那様は耳が良いんだ」

「やっべ」


 凉斗に咎めはしたがその通りなのだろうと小春はげんなりした。

 もし灼司が大旦那を回収するために帝都に来たのであるなら納得はいく。

 目の前で凉斗がケラケラと笑いながら朝餉を平らげていく。そんな態度にムカつく奴だと苛立ちながら小春はみそ汁を飲み干した。

 先程まで美味しく感じたみそ汁の味がもう感じられない。


 (だったら灼司と遊べないか…)


 小春は朝餉を完食し、台所で皿を洗いながら今後のことを考える。

 那由の帰還。大旦那の行動力。風呂に入りたい小春。全てが最悪の組み合わせである。

 下着を近くの店で買って凉斗の家で借りるのもできなくはないが、流石にずぼらの小春でも汚れた服をもう一度着る気にはなれない。

 そもそもこんな早朝に服屋が開店しているはずもない。


 (家が破壊されてないだけましか。うわぁ、帰りたくねぇ…)


 破壊されてはいないが溢れる妖力の量からして一触即発と考えていいかもしれない。

 だがここで嫌がり続けても事は進まないし、体は汚いまま。

 近隣の人達が活動を始める前に事を収めた方がいい。

 小春は洗った皿を拭きあげ、満たされた腹を括った。



 

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