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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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融解熱 四

「おいおいおい!小春じゃねェか!」

「…灼司」

「顔色悪すぎるだろォ!?出血か!?誰にやられた!?」

「違う…」


 一ヶ月前に見た虎の顔がそこにはあった。

 灼司は小春に色々聞きたかったようだが、喋るのもやっとの状態の小春の体をいそいで調べるしかなかったようだ。


「おめェ、さては水を飲まずに歩いていたな?昼餉は食ったかァ?」


 小春が首を横に振ると大きなため息を吐いて、灼司は横たわる小春の体を優しく姫抱きにして持ち上げた。


「どこ行くの…」

「人間の病院だボケェ」

「やだ…行きたくない…」

「ああ?馬鹿か?人間の体は繊細なんだぞ?死にてェのかァ?」

「やだ…灼司…」


 きっとひどい顔をしているのだろう。小春はそう思いながらも灼司の顔を見る。

 視線がかち合い、怒りを露わにしていた灼司も黙ってしまった。

 そしてまた大きなため息を吐いて、近くに待機させていたであろう火車の車に小春を抱えたまま乗り込んだ。

 小春と灼司を乗せた火車は空へと駆け上がって行く。


「虎の旦那、行き先は変わらずでいいんですかい?」

「いや、三鷹に向かってくれェ。料金もその分払うからよ」

「かしこまりやした」


 それだけを聞くと火車は走り出す。境に行った時に乗った火車とは違い、かなり緩やかな運転だ。

 すると灼司は鞄から水筒を取り出し、小春に握らせた。

 飲めということなのだろう。小春は渇いて痛む喉に水を流し込んだ。


「で、なんであんなところにいたんだよ」


 次に灼司は手拭いを取り出し、水を飲み終えた小春の顔を拭う。

 小春はもうされるがままだった。


「お父さんに会った。心が気持ち悪かったから歩いて整理しようと思った」

「炎天下の中、歩いて気持ちを整理できるわけねぇだろォ」


 ぐうの音も出ず、小春は眉を顰めた。

 そんな小春の表情を見た灼司はめんどくさそうに「悪ィ、言葉間違えた」と呟く。

 どうにも灼司の前だと安心してしまう所為か、小春は透とのことを全て話した。


「なるほどなァ、父親か」

「そういえば灼司って家族はいるの?」

「まァ、虎として生まれたから虎の兄弟や母親はいたけど、人間の様になってからは群れから追い出されて一人になっちまったな」

「へえ…」

「だけど、小春の気持ちは分からんでもねェぜ?」


 灼司は小春の体を支えながらニヤリと鋭い犬歯を見せて笑った。


「子供が親を許さないって気持ちを持つことは悪いことじゃねェよ。これは妖の考え方だけどよォ、妖は親よりも誰と過ごしたかっつーことを大事にしてんだよ。だから小春が父親を父親として思うことが違和感なのは当然だ」

「でも愛されたいって禄士郎様の前で泣いた」

「ほう?雨宮の坊ちゃんやオレの前以外で泣くとはなァ…進歩したなァ…。でもどんなに家族みたいな存在が近くにいても親に愛されたいってのは子の願いの一つだろうよ。小春は特に中途半端に愛されたんだから尚更だなァ」


 小春の体調が落ち着いたのが見て分かったのか、今度は饅頭を取りだして小春の口に突っ込んだ。

 口に入れられた饅頭は餡子の甘さだけでなく、どこか塩の味がする。吐いて敏感になっている胃袋にはちょうどよかった。


「塩饅頭?」

「おう、食っとけェ」

「ありがと…あのさ、お父さんと会って話したら余計に分からなくなった。会ってみたかったのに、いざ会話したらなんだか…なんていうか…」

「それよォ、まず親父さんに謝ってもらったか?親父さんが小春を傷つけたこと」

「…思い出せない。お父さん色々言ってたけど」


 何度も昼間のことを思い返しても透の謝罪が思い出せない。

 いきなり声をかけたことについての謝罪は店に入ってすぐに言われたのは思い出せるのに。

 思い出すために唸る小春を見た灼司は何かを悟った様に天を仰いだ。

 そして互いにある程度唸った後、自然とため息を吐いた。


「なんだかなァ…塩饅頭、もう一個食うか?」

「食べたい」


 小春は食べていた塩饅頭を飲み込み、また塩饅頭を受け取って口に含んだ。


「不器用な人たちだな、おめェの両親はよォ」

「私もそれは思った。そんで私もその血を引き継いでる」

「よく分かってんじゃねェか」


 そう言った灼司は小春のボサボサに乱れた髪を余計に乱れるように思いっきり撫でた。しかも今日は大盤振る舞いでいつもは触らせてくれない尻尾を小春の腕に巻き付けてくれている。

 小春を安心せようとしているのだろう。昔から小春が泣くとこうして慰めてくれる。


 (眠くなってきた)


 ゆりかごのように穏やかに揺れる火車の運転と灼司の温かさに瞼が重くなってくる。

 完全に意識が落ちる前に小春は塩饅頭を飲み込んだ。

 その様子を見ていた灼司が赤ん坊かよ、とけらけらと笑った。

 今はもうなんでもいい。言い返す気力もない小春は体毛で柔らかな灼司の胸板に頭を預ける。


「寝てていいぞォ。家まで送ってやるからよ」

「ん…ねえ、私、お父さんに対して怒っていたのかも。今もお父さんのことを考えると冷静になれない」

「ガハハ!今はそれでいーんだよ。おめェはようやく傷ついていることに気づいたんだ。だから時間って薬がよく効くぜェ」

「そっか。薬が効いたら…言いたいこと、言えるように…なるかな…」

「なれるなれる。だから今はめいいっぱい生きなァ、人間の命は短かいんだからよ」


 灼司の言葉と共に瞼の隙間から夜空に輝く星を見た。

 何故、灼司が帝都にいるのか。魔女事件の後の境はどうなっているのか。もし帝都にいるならいつまでいるのか。

 聞きたいことは山のようにあるのに小春の体と意識が微睡の中に落ちていく。

 飛んでいる下から聞こえてきた電車の音や人の声が徐々に遠く薄れていき、小春は静かに眠りについた。

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