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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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31/75

第八幕 融解熱

小春の人生において最大の失敗である。

 仕える相手を前に子供のように泣きじゃくってしまった。そのことに頭を抱えたくなる。


 (そもそもいきなり泣き出す女なんて普通は怖いのに、なんであの人は平然と受け入れてるんだ)


 小春と禄士郎は任務で来ていた倉庫から離れ、小さな公園のベンチに腰をかけていた。

 そして現在、隣で小春の言葉を待っている禄士郎は場違いの嬉しそうな微笑みを浮かべている。

 はっきり言って恐怖すら感じている。

 原因は自分にあると勝手に泣き出し、困らせ、挙句の果てに話を聞いてほしいと言い出した小春に対して目を細めて笑顔を浮かべたのだ。この男はどうなっているんだ。

 今から父親のことを相談する身ではあるが、本当に禄士郎にしてもいいものだろうか。

 だがあんな姿を見せてしまい、加えてお父さんに愛してもらえないと発言してしまった。もう無かったことにはできない。

 小春は姿勢を正し、禄士郎の顔を見上げた。


「禄士郎様、私の父親についてどこまで知っていますか?」

「小春が三歳の時に離縁。今は日談新聞社の社長。それくらい」

「それは母から聞きましたか?それとも…」

「那由さんからは何も聞いてないよ。身辺調査から知っただけ」

「……ですよね」

「一応言っておくけど身辺調査は奉公が決まった使用人全員に行うことだから!個人的に調べて小春の全てを知ろうなんてしていないからね!?」


 知られてまずい経歴がなくてよかった。こうは言っているが絶対やるだろ。などと小春は思ってしまったがちゃんと呑み込んだ。


 (…話すか)


 時間は有限。小春は事の経緯を話し始めた。


 小春は父親が何故出て行ってしまったのか、離縁した理由を知らない。

 那由に聞くことも考えたが京都への家出以来、小春と共に過ごす時間を取り戻すように、日常を楽しんでいる姿と透のことを濁す態度を見てしまうと聞けなかった。

 そして軍学校に入学してから那由は海外調査と称した旅行に出かけがちになってしまい、聞くタイミングを完全に逃していた。

 出て行った理由を考えなかったといえば嘘になる。

 あれやこれやと考えたとしても両親の間で何があったのかなんて知る由もない。


「状況的には今、小春は透さんの居場所を知ったから会うべきか悩んでいる。そして出て行った理由を知りたい。それは分かったけどどうしてそれが愛されないって考えになってしまったの?凉斗さんの話では、過去に透さんは小春に会いに来てたんだよね?」

「はい。ただ今回の任務で『命令一つで人を殺さなくてはならない』現実があって、かつて白夜軍の兵士として母が人の命を終わらせていたのなら。それが家を出ていく要因になっているのなら、今の私は…」

「…なるほど。那由さんと同じ道を選んだ小春を透さんはどう思うかって想像しちゃったんだね」


 小春は小さく頷いた。

 輪廻の糸に触れる紬師は人を救うことも殺めることもできる存在だ。紬師であることを選ぶなら人間と対峙しないという選択肢は取れない。

 倉庫で東雲が殺された時、紬師への覚悟は可愛いものだったと突きつけられた。

 禄士郎とコンビを組んだおかげで紬師としてやるべきことが体に染み付いていたので、目の前で人が殺されたとしてもかの子へ報告することはできた。

 だが感情を持っている一人の人間として小春の心は渦巻いていた。

 そして禄士郎は茶化すことなく、言葉を選び始めた。


「親に愛されたいっていうのは…うーん、至極当然だと思うけどなぁ。俺の意見としては人間って脆くていつ死ぬか分からないんだし、聞けるうちに来ておけばいいんじゃない?それとも一緒に会いにいく?」

「一緒には行きませんけど、そうなりますよね…」

「それに前にも言ったよ、考えすぎは毒だって。ほんと心臓に悪いよ、余計な殺人をするところだった」

「それはやめてください。…その、禄士郎様は人の死に慣れているのですか?」

「うん?ああ…まあ、生きるためには相手を殺さなくちゃいけないみたいな場所にずっといたからね。むしろ小春とコンビを組んでから純粋な『人』を殺すことが少なかったから忘れてたけど、俺たちはそういう場所にいるんだよねぇ」


 禄士郎はまるで他人事のように呟き、ネクタイを緩めた。

 海の向こうでは太陽が沈み、星が煌々と夜を照らしている。潮風が涙と汗でベトベトになった小春の頬を撫でていく。

 きっと今の小春に足りないものはこういうところなのだろう。


「いつか私も慣れてしまうんでしょうか」

「俺は色んな小春が見たいからどっちでも有りかな。でもしなくていいことはしなくていいし、汚れは俺が全部引き受けるよ」

「…いや、その前に私は死なないように気をつけないといけない気がします」

「それはそう!不吉なこと言わないでよ…!」


 久しぶりに思い切り泣いたせいか、目が痛みながらもが心はどこか軽かった。

 何度も禄士郎と共に戦ってきたが、いまだに禄士郎の半分も小春は知らないし分からない。

 これ以上、禄士郎の領域に踏み込んでしまえば知らぬ存ぜぬは通じない。


「禄士郎様」

「なあに?」

「私、禄士郎様とコンビが組めて良かったと初めて思いました」

「………お」

「禄士郎様?」

「俺、今死んじゃうかも」

「感謝を述べただけで死なないでください」


 呆れながらも小春は眉を垂らして小さく笑う。

 那由と透は出会い、互いを想い合って小春が生まれた。その事実は確かにある。

 恋や愛は今の小春にははっきりと向き合うことも説明することもできない。

 禄士郎とどうなっていきたいか。小春は禄士郎からぶつけられる想いをうまく咀嚼できずにいる。


「禄士郎様」

「んふふ、今日はたくさん呼んでくれるね。どうしたの?」

「禄士郎様の好きなものってなんですか?」

「え?どうしたの急に。そんなの小春だけど」

「そうじゃなくて。例えば珈琲(コーヒー)とか」

「ああ、そういうやつね」


 小春の問いかけに禄士郎は顎に手を当てて考え出す。

 外部に禄士郎の身辺調査を依頼したところでバレて怒られるのがオチだ。

 だったら少しずつ桃坂禄士郎という人間をこうして知っていこう。今の小春にできる最大の歩みだった。


 (私は知らないことが多すぎる)


 両親のこと。禄士郎のこと。紬師として生きること。

 知らなくてはならないことが山積みだ。だが今、傍で仕える人のことを知らないまま、遠くにある事実を知ることなんてできない。

 すると禄士郎は何か思いついたのか、顔を上げた。


「万華鏡。あれ好きかも」

「ほお」

「幼い頃、母さんに見せてもらったことがあったんだ。それがすごく綺麗だったのは覚えてる」


 禄士郎の言葉に小春は少し驚いた。

 意外だった。今まで任務などで多くの時間を共有した中で禄士郎から『母親』の話が出てくることはなかった。

 そんな禄士郎にとっても小春の反応は意外だったのかむず痒そうに目を逸らす。


「これ、兄さん達には言わないでね。気を遣われたりしても面倒だし」


 禄士郎と響介は異母兄弟だ。それは奉公が決まった際に香山から聞かされた。

 異母であっても禄士郎は響介を慕っている。それは兄弟仲を見ていれば分かった。

 禄士郎の気持ちはわからないでもない。

 定期的に本邸へ任務のことを報告することがあるが、響介が弟の近況を聞いてくる姿を見るとそれくらいは話してもいいんじゃないかと思ってしまう。

 だがそれは二人の問題だ。小春が口を挟むことでもない。


「任務が落ち着いたら買いに行ってもいいかもね。小春に贈るために」

「なんで私なんですか」

「俺の(さが)だよ。諦めて」

「そうですか……あの禄士郎様」

「もう、あははっ!んふふ、はいはい、禄士郎様だよ。なぁに?」


 今日の禄士郎はよく笑う。名前を呼んだだけで楽しそうに笑いを溢している。

 しかも耳を傾けながら小春に少しだけ近寄ってきた。

 いつもなら距離を詰められた分だけ離れていたのだが。


 (まあ…今日はいいや)


 今日くらいはただの霧崎小春として禄士郎と話そう。

 嵐丸の言う通り、どれだけ紬師として化け物や妖を祓っても、桃坂家に使える身であっても『十六歳の霧崎小春』は必ずいる。


「私、父と会ってみます。なぜ家を出ていったのかも聞いてみます」

「うん、いいんじゃない?小春が理由を知りたいって気持ちを押し殺す必要はそもそもないんだし」

「本当は…理由を聞くのがすごく怖いです。だから父から理由を聞けたら一緒に玩具屋に行きませんか?」

「それは構わないけど、何で?」

「万華鏡を買おうかと」


 小春の発言にいやいやと禄士郎が首を振る。

 そして予想通り、頑張ったご褒美なら俺が買うなどと言い始めた。禄士郎の貢ぎ癖は菓子や食事で充分だ。

 それにこれは小春が買わないと意味がない。


「万華鏡はご褒美の為ではなくて禄士郎様に渡す為に買うんです」

「え、俺に?何で?」

「相談に乗ってくださったお礼です。先輩方も相談に乗ってくださいましたし、何かお礼がしたくて」

「……ちょっと待って。それ、嵐丸さんも含んでる?ねえ?」


 瞬時に空気が凍り、小春は口を閉じた。まずい。非常にまずい。

 禄士郎にとって嵐丸は天敵で小春が嵐丸が話していると間に割って入って来るくらいには苦手な存在と認識している。

 嵐丸へ相談、正しくは相談の相談ではあるが禄士郎のいないところで背中を押してもらったのは事実だ。

 小春が先輩という言葉を発してから禄士郎からの視線が突き刺さって痛い。


「…禄士郎様、もう夜も更けてきましたし帰りましょう」

「今度は俺の質問に答えて。ねえ小春?嵐丸さんにいつ会ったの?いつ相談に乗ってもらったの?」


 禄士郎にゆっくりと詰められては離れ、気がつけば小春の臀部はベンチの端に。

 例え、会ったことは偶然で成り行きでと説明しても禄士郎は許さないだろう。

 だったらもう小春には逃げるか、大人しく禄士郎の怒りを受け止めるしか選択肢が残されてない。

 小春は気づかれないように腰をゆっくりと浮かび上がらせる。


「今日の任務前に会いました!不可抗力です!」

「あ、こら!逃げるな!不可抗力なら逃げるな!」

「あなたは不可抗力でも怒るじゃないですか!」

「嵐丸さんだから怒るんだよ!」

「理不尽!」


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