祓魔師と紬師 三
「ぐすっ…なんで、私なのよ…うわぁん!」
耳を劈く泣き声で小春は瞼を開けた。
目の前には蹲って泣く少女。
(…ここはこの子の糸の中か)
小春は状況を整理するために周りを見渡す。
周りは小春達が訪れていた村に続く参道だった。
時は夕暮れ。そよ風に吹かれて葉桜が揺れている。
そして蹲る少女の足元は大きな血溜まり。
(死んだその時か、ここは)
輪廻の糸は自身が過ごした最後の日を鮮明に記憶してあることが多い。
少女は人生の最後に囚われ、次の生へと向かえずにいたのだろう。
状況を理解した小春は小さく息を吐き、怖がらせないように少女へ声を掛ける。
「こんにちは」
「ふぇっ!? あんた誰!?」
声を掛けられたことに驚いた少女は目を見開かせて顔を上げた。
渦巻く感情の中で驚きが勝ったのか、少女は涙は止まり、金魚のように口をパクパクと動かしている。
小春は少女から歩幅ほど距離を開ける。そしてしゃんがんで目線を合わせた。
「貴方、村井なつさんのお姉さんの村井えいさんですよね?」
なつが言っていた姉は今目の前で泣いている少女のことだ。
泣いて目元が腫れているが顔立ちがよく似ている。
「そ、そうだけど…あ、そうよ!あたしを殺した男が村の近くに住んでて今度はなつが狙われちゃうかもしれないの!その服、軍人様よね!?お願い、なつを!」
「落ち着いてください。犯人はこちらで対処しました。それに妹さんは無事です。犯人探しに協力してくださいましたよ」
「そう、そうなの…良かった…。あたし、気がついたらずっとここにいるの。村の方にも行ったけど誰もいなくて…ここは何なの?」
「ここは貴方の糸…ではなく魂の記憶の中です。走馬灯みたいものと思ってください」
持たらされた多くの情報に腑に落ちたのか、えいは目を伏せた。話を理解できるとは見た目ほど幼くないようだ。
事前に任務のため、小春はなつからえいが死んだその日の事を詳しく聞いていた。
えいが死んだ日の朝、両親と喧嘩したそうだ。
学校を卒業した後、帝都にあるデザイナーの専門学校に進学すると主張はするえいと結婚して村で身を固めてほしい親と口論になった。
そして親とは和解せずに村から離れた学校に登校。
その後本来なら帰ってきてもおかしくない時間でも帰って来ず、母親となつが探したところ、遺体となったえいを見つけたという訳だ。
「じゃあやっぱり、あたしは死んだのね…?」
小春ははい、と言葉にできず、頷くことしかできなかった。
恐らくえいは死んでいるという事実をどこかで認めたくなかったのだろう。
これは悪い夢なんだ、と。
だが小春の行動がその望みを消してしまった。
えいの瞳からまた涙が溢れだす。悔しさや、憤り、悲しみ。流れる涙には様々な思いが込められている。
(これもお母さんが仕事としてやってきたことなのかな)
脳裏に紬師として活躍する母親が浮かぶ。
少しの間、えいの泣き声に付き合ったのち、二人でぼんやりと夕暮れの空を眺めた。
彼女の最後の記憶でできた空間であるため、風が吹いていても雲が流れることもないし鴉の鳴き声が聞こえることもない。
「ねえ軍人様、お名前は?」
「霧崎小春と申します」
「小春さんね。どうせ死ぬんだし、あたしの話付き合ってよ」
「いいですよ」
すぐにここから出られないことを理解していた小春は躊躇いなく了承した。
それにえいが少しでも前向きに次に向かえるようにしてあげるのが今、ここで小春にできることだった。
「あたし、十歳の頃に帝都に行ったことがあるの。その時、映画館に行ったんだけど、そこで見た映画がすごく素敵だったの」
「何が素敵だったんですか?」
「全部よ。でも一番素敵だったのはヒロインの衣装だったわ。水色のワンピースも赤いリボンも、どの衣装もキラキラしてた」
「もしかして帝都に上京したい理由ってその映画ですか?」
「理由っていうよりはきっかけね。でもその映画に出てきたような衣装が作りたいから帝都に行きたいの。…ううん、行きたかったのよ」
人の死を覆すことはできない。
それを口に出すのはえいを追い詰めてしまうかもしれない。
なんて声をかけようかと目を泳がせていたが、それを見たえいがおかしそうに笑った。
「ごめんなさい、ただの愚痴よ。そんなことより、これ見て。私がデザインしたワンピース。記念すべき1着目よ!」
えいが胸元から1枚の紙を取り出す。
そこには深緑色のワンピースが描かれていた。まるで今、風に吹かれて揺れている葉桜のように瑞々しい。
その紙を大切に扱うえいの顔には柔らかな微笑みがあった。
「いつかこのワンピースを作る。それが夢だったの」
「なら作ってみますか?」
「え?どういうこと?」
ここはえいの糸の中。言ってしまえばえいが思えばここを村の参道じゃなく、いつか見た帝都の街並みに変えることも可能だ。
そしてここには手助けができる紬師の小春もいる。
小春はえいを立ち上がらせ、血に濡れた手を優しく握った。
「こ、小春さん、なに」
「目を閉じてください」
「う、うん!」
「えいさんが映画を見た場所は帝都のどこですか?」
「えっと確か渋谷だった気がするけど」
「じゃあ渋谷の街並みを思い出してください。いつでした?どんな人たちが行き交っていましたか?」
「確か初夏だったわ。村と違ってすごく暑かったもの。そうよ!暑いのに軍人様達が長袖で暑そうだなって思ってたし」
えいを中心に光が瞬き、参道だった景色を塗り替えてゆく。
塗り替えられていく景色はえいが見たいつかの渋谷だ。
誰もいなかった静かな村から一変し、雑踏音が絶え間ない都会に変わっていく。
人々の声や大型ビジョンの音にえいは閉じていた目を開いた。
現れた渋谷の景色にえいは飛び跳ねながら喜ぶ。
「うそ、ここって渋谷じゃない!?」
「えいさん」
「すごいすごい!あの渋谷よ!」
「えいさん、私を見てください」
喜ぶえいの集中を切れさせないように手を引き、互いの距離をより縮める。
突然のことに驚き、顔を上げたえいの瞳に小春が大きく映った。
この距離を縮める動作は小春が禄士郎と話をしていてよそ見をしてしまったときにされる。
悔しいがこれが小春にはとても効果的なのだ。
「あ、えっ、こはっ、るさん…!?」
「私に集中して」
瞳を逸らさない小春の言葉に対してえいは必死に頷き、顔を赤くして俯いてしまった。
十五歳の女の子には刺激的過ぎたかと反省したが、すぐに思考を切り替えて妖力に集中する。
今はえいの想像を糸に反映させることが先決だ。
「えいさんが作りたいワンピースはどんな生地ですか?」
「…絹。風になびくスカートが葉桜をイメージさせるの」
「アクセサリーはどうしましょうか?」
「黄色のブローチ。緑色だけだと寂しいから」
えいが言葉を紡ぐ毎に血濡れた着物は描いたワンピースへと作り変わっていく。
着物の袖は洋服の袖口へ、下駄は艶やかに輝くパンプスに。
乾いた血がべっとりと付いていた手から汚れが落ち、純白のレース状の手袋が飾る。
健康的な肌に少し白粉を乗せ、愛らしい唇と柔らかな頬には桃色の紅を乗せる。
夢半ばで殺された哀れな村娘は思い描く美しい自身へと変わっていった。
光は程なくして消え、行き交う人々の声が耳に残る。
「えいさん、目を開けてもいいですよ」
「…ねえ、この服って」
「はい。えいさんの想像を元に紡いでみました」
「そうよ、この服だわ。この服を作りたかったの」
どうやら上手くいったようだ。
妖力を介してえいの想像を共有することも紬師は可能だ。
だがその想像を形にできるかは紬師の技量が問われる。
小春の同期の中でこれができる紬師は少ない。幼い頃から妖が見え、糸に触れることができた小春だからできることなのだ。
(まあ、禄士郎様にはあまり情を持ちすぎるなって言われてるけど)
禄士郎がまずこの光景を見たらそこまでしてやる必要は無いと咎めてくるが、今は当の本人がいない。
まあ、バレなきゃいいのだ。
そんな事情を知らないえいは無邪気にワンピースを翻してくるくると回っている。
その姿はお忍びで遊びに来た貴族の令嬢のようだった。
えいは建ち並ぶ店のガラスに反射した自分の姿を見て頬を染めた。
「なんでワンピースを作ってくれたの?」
「そのワンピースは次の未来まであなたを連れていってくれるお守り、みたいなものです。それに作ったのはえいさんです。私は少しお手伝いさせて頂いただけですので」
「…あたしは行かなくちゃいけないのね」
小春は静かに頷く。
だが今度は涙を流すことはなく、えいの顔には笑顔が浮かんでいた。
「ねえ、最後のお願い聞いてくれる?」
「私にできることであれば」
「お母とお父に酷いこと言ってごめんなさい。でも2人の娘で良かったって。なつにはまた来世でも姉妹になってほしい。あんたは大好きな妹だからって。それぞれ伝えてほしいの」
「任されました。紬師の名にかけて必ず伝えます」
「ありがとう!」
そのままえいは人混みに向かって走り出す。
えいの未練であった渋谷がゆっくりと溶けて消えていく。
瞬間、えいが振り返り、手を挙げた。
「行ってきますっ!!」
その言葉に目を見開き、小春は息を呑んだ。
胸に込上げる切なさを堪えて、えいのように手を挙げる。
「行ってらっしゃいませ、えいさん!良い旅を!」
この返答であっているか、今までいってきますに返してくれる相手がいなかった小春にはわからない。
だけどありったけの声量と不安にさせないように笑顔でえいに叫ぶ。
えいの次の旅に沢山の幸せが訪れるようにと願いながら。




