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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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救いの共犯 二

小春は手を鳴らし、素早く禄士郎の糸で大鎌を紡ぐ。

 そして紡がれた大鎌を手に収めた禄士郎は問答無用で化け物に向かって刃を振り下ろしていく。

 その間に小春も佐久間たちの元へ走り、庇うように自身の糸で紡いだ短刀を構える。

 化け物は東雲の首の穢れを頼りにここに来たのだろう。これは小春も禄士郎も分かっていた。

 だが化け物になった人間が何者だったのか、そして何故東雲に殺意があるのか、それが分からない限り化け物を完全に祓うことができない。

 すると禄士郎は化け物との戦いを楽しみながら声を上げた。


「小春!捕縛は難しいかも!」

「そこをなんとか!」

「小春のお願いは叶えてあげたいけどこれは無理だね!」


 刹那、小春の背後で拳銃のセーフティが外された音が小さく響く。

 振り返ると佐久間が東雲の頭に拳銃を向ける光景があった。

 頼むから状況をちゃんと説明してほしい。この状況に驚きより困惑の方が小春の中では勝っていた。

 そして今まで淡々と話していた佐久間が声を上げる。


「桃坂見習生!彼は私たちが生み出したものだ!できるなら苦しみなく彼を殺してはくれないだろうか!」


 投げかけられた禄士郎は応戦しながら顔を歪ませた。

 戦いを楽しみたかったのにとか、なんでそんな面倒くさい命令を聞かねばならないのか、などと思っているのだろう。見事に全て顔に出ている。

 一連のやり取りと行動で佐久間たちは化け物が関係者であり、化け物になった理由を知っていることも分かった。

 確かに化け物を捕縛する理由は無くなった。それに捕縛したところで化け物化が進行しているので人間に戻れる可能性は低い。


「経緯に関しては東雲少尉に吐かせる。化け物になった原因も少尉だからな。それで筺辺大佐殿も納得するだろう」

「佐久間、貴様!貴様まで私を尻尾切りする気か!?」


 額に汗を浮かべながら叫ぶ東雲に対して佐久間は何も言わずに哀れみを込めた視線を送っていた。

 セーフティが外されている今、東雲はいつ佐久間に撃たれてもおかしくはない。

 小春はそんな二人のやり取りに頭を痛ませながら次の行動を考える。

 今ここで小春と禄士郎がしなければならないこと。

 それは『命の選別』である。

 守るべき対象、排除すべき対象、それらをここで選択できるのは小春と禄士郎だ。

 佐久間達が化け物を視認できても輪廻の糸は見えていないようだ。

 それは小春が大鎌を作り出した時の二人の目の動きを見れば分かることだった。

 通常なら第一に現状で守るべき対処は佐久間と東雲だろう。

 だが小春は二人に目線を向けず、化け物を見た。

 禄士郎は捕縛は難しいと言い、今も楽しそうに化け物と戦っている。しかも佐久間の命令を無視して化け物を『生かしている』。

 戦闘狂の禄士郎でも私情で上官命令を無視することはない。

 小春は禄士郎の妖力を辿り、思念を乗せて送る。


(禄士郎様、その方は救える可能性があるんですか?)


 投げた言葉は正解だったようで満足そうに笑みを浮かべた禄士郎は妖力で化け物を縛り、小春の横に降り立った。


「戦って分かったけど、化け物特有の穢れが少ない。むしろ山梨の奴のほうが純粋な化け物だね」

「分かりづらいですけど、外部からの妖力で穢れを活性化させている。そんな感じがします」


 妖力の糸によって縛られ、雄叫びを上げている化け物を見た。

 体から滲み出ている穢れから妖力が流れが見えている。


「あくまで予想の範疇だけどヒガンの服用による副作用じゃないかな。さっきここでヒガンの花弁を見つけたし」


 どうやら禄士郎も花弁を見つけていたようだ。

 禄士郎の予想が正しいと仮定するなら化け物はヒガンを服用していた、なおかつヒガンの大量の服用で死ぬのではなく、化け物になってしまったということになる。

 だがヒガンについての報告書に目を通していたが化け物化する事例は見たことが無かった。

 

「もし俺の予想があっているなら彼の糸から穢れを取り除けば助かる可能性はある。ただ穢れに浸食された両腕は切り落とさないといけないけどね。でも彼から穢れを取り除けば後は彼の生命力と小春の応急処置次第で助かるはずだよ」


 小春は深琴から教わった骨を接合した方法を思い出した。

 外部からとはいえ、化け物の中には今妖力が流れている。つまりその妖力を利用すれば腕を切断をした後、応急処置は可能だ。

 だが小春の中には不安が渦巻いていた。

 

「俺たちが助けたとしても、それが彼にとっていい結果だったとは限らない。むしろなんで殺さなかったって言われるかも」


 小春の不安を見事に的中される。

 第三者の判断で腕を無くした状態で人生が始まることになるだろう。

 嵐丸は投げかけた選択は相手に委ねろと言った。だが今はどうだ。

 化け物は呻きながら小春と禄士郎を睨み続けている。

 ただの見習生である小娘が化け物の命を一番と判断するべきなのか。

 腹の底から体が冷えていくようだった。

 すると禄士郎は声を潜めて後ろにいる二人には聞こえないように小春に囁く。


「でもね、穢れの浸食が両腕だけに留まっている。化け物化を普通の人間が抑えるのはまず無理だ。どういう経緯、目的なのかは俺達にはわからないけど彼がまだ『生きたい』って思いが残っていることは分かる」

「それは…」


 そして禄士郎がまた一歩近づき、小春の小さな耳にその薄い唇を近づけた。

 禄士郎の吐息が耳輪にかかり、小春の肩に力が入る。

 

「共犯。ねえ、助けちゃおっか?」


 最悪である。小春を見る顔は蜜のように甘やかな笑みを浮かべ、桃のように頬を染めていた。

 この男は共犯という言葉を使った。

 人が関係を深めるとき、罪の共有が一番の効力を持つと千子はいつだか言っていたが、禄士郎にとって使った『共犯』はそんな可愛いものじゃないのだろう。

 小春は高揚した表情を見てそれだけは理解できた。

 だが、小春としても禄士郎と同意見ではあった。

 近づいた禄士郎の肩を押し退け、距離を開けながら睨む。


「あの方は助けます。でもそれが罪であるなら私一人で充分でしょう」


 猫騙しでも食らったように禄士郎は驚いていたが、すぐにまた嬉しそうに笑う。

 そして小春が押し退けた右手の手首を優しく掴んで引き寄せた。

 これでは押し退けた意味がないと文句を言いたかったが、今ここで暴れ回って抵抗するのは逆効果だろう。

 小春は顔を上げた。


「小春は本気でそう思ってるだろうけど」


 次に驚いたのは小春だった。

 何故なら小春の目の前にある(かんばせ)には甘い蜜など欠片もなく、ただ影が差した無の表情がそこにはあった。

 すると掴まれた右手は禄士郎によって動かされ、気がつけば小春の右手は禄士郎の心臓の上だった。


「一人でなんて絶対にさせない。それにね、ここにある俺の糸はとっくに小春の物なんだよ」


 小春の奥底から湧き上がったのは怒りだった。

 他人が聞いたら口説き文句のようにも聞こえる文言をこんな状況で言い放ったことに腹が立ったのではない。

 互いを繋ぐために命を差し出したことに小春は憤りを感じてしまったのだ。

 禄士郎は自身の命を軽んじている。それは前から感じていたことだった。

 

「糸は一人一本。禄士郎様の糸は禄士郎様の物ですよ。簡単に差し出さないでください」


 刹那、時が動か出したかのように拘束していた糸が切れ、化け物の咆哮が倉庫を揺らした。

 それに弾かれたように小春と禄士郎は化け物に向かってそれぞれ走り出す。


「もう!小春の頑固者!いいじゃん!糸の一本や二本くらい!」

「頑固者で結構です。今は祓うことに集中してください」


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