第七幕 救いの共犯
禄士郎と合流し、今小春たちは妖が目撃されたレンガ倉庫に来ていた。
案内は海軍横浜第三部隊に所属する佐久間兵長だ。
小春と禄士郎は佐久間の後に続いて倉庫内に立ち入る。
妖が目撃されてから倉庫内に人の立ち入りが禁止され、埃をかぶった木箱のみがある状態だった。
この倉庫以外で目撃情報もあったが、断然倉庫内での目撃数が多く占めている。
それだけなら白夜軍が動くこともなかったのだが、怪我人が出てしまっては要請を出すしか無かった。
「妖の特徴は覚えていますか?佐久間さんも見たんですよね?」
「すまない。夜闇の中で遭遇したもので形姿をはっきりと確認することができなかった」
「他の方も同様ですか?」
「ほとんどの報告にはそう上がっているがもうすぐお越しなさる東雲少尉が姿を見ている。東雲少尉は唯一襲われた人物だからな」
そうですか、と禄士郎は声色を変えずに木箱を調べていく。
小春もまた二人の会話を聞きながら木箱を調べる。
今のところ木箱の中や側面には何も無い。
だとすれば妖がここに現れる理由とは。空箱を隅まで調べつつ、首を傾げる。
嵐丸に教えてもらった闇市のことも思い出したが繋がりは見えない。
すると倉庫に足音が近づいてくる。
だがその足音は荒く大きく、まるで歩いてきている本人の心情を表しているようだ。
小春は調べていた木箱を置き戻し、禄士郎の元へと駆け寄った。
「佐久間兵長!何故白夜軍のガキ共を倉庫に入れているんだ!?」
倉庫に入ってきた東雲の鼻息荒く、額や鼻下に汗が滲んでいる。
強烈な香水の匂いが小春の鼻腔に突き刺さる。
恐らく体臭を隠すために多く振りかけたのだろうが、逆効果になっている。香水の甘ったる香りの中に異臭も同様に主張していた。
その匂いは禄士郎にも分かったようで笑顔を崩さないまま、か細い声で最悪と呟いている。
顎肉を揺らしながら憤慨している東雲には届いていないようで良かった。
反対に怒りの矛先でおる佐久間は狼狽えることもなく、静かに敬礼をした。
「東雲少尉殿に申し上げます。桃坂見習生と霧崎見習生の案内は筺辺大佐直々の命令です」
佐久間の視線に合わせて禄士郎と小春は足を揃えて敬礼をする。
小春のことは気にも留めなかったが、東雲にとって桃坂の名前は気になったらしく禄士郎を睨みながら鼻息の音量が小さくなっていく。
それでも禄士郎は笑顔を崩さない。さすが桃坂の一族である。
「だとしてもそんなこと何故私の許可なく案内したのだ!?これは命令違反だぞ!」
「海軍大尉殿及び中尉殿から許可を得ており、本件について東雲少尉に伝える必要性はないと言われております」
「貴様ァ…!」
東雲の額に青筋が増えていく。
正直に言うとこの四人の中で一番状況を分かっていないのは小春だった。
東雲と佐久間のやり取りの裏の意図がある事は分かっていても何を意味をしてるのか分からない。
そのやり取りで何かを察したのか、禄士郎は呆れを顔に滲ませながら再び木箱を調べ始めた。
小春は傍へと駆け寄り、禄士郎のジャケットに触れて思念を妖力に乗せて送る。
(禄士郎様、この状況は一体…?)
すると禄士郎は横目で小春に微笑みかけた。
その笑みが嵐の前の静けさのような、不気味さを孕んでいた。
そして禄士郎も小春の妖力を辿って思念を送り返す。
(多分、もうすぐ化け物が現れるよ)
(化け物?妖では?)
(東雲少尉の首元をよく見てみて)
小春は怪訝ながらも言われた通り、振り返って髪を掻きむしっている東雲を見た。
先ほどは見えなかったが軍服の詰襟から僅かに見える首に巻かれた包帯が見えた。
だがその包帯は黒く滲んでいる。
その事実に禄士郎が何故化け物と言ったのか腑に落ちた。
妖力の膜を纏っていない人間が化け物に直接触れられてしまうと触れられた箇所から穢れが感染る。
(妖ではないということは分かりましたけど、答えではないじゃないですか)
(東雲少尉の言動、佐久間兵長の言葉から色々と予測はできるけど…まあ、化け物が来たら大体は分かるんじゃないかな?)
そのまま禄士郎は会話を切り上げ、木箱を動かして念入りに調べていく。
禄士郎の行動は東雲に油を注いだようで、怒りのままに触るななどと叫んでいる。
だが禄士郎は軽く受け流しながらも器用に木箱を調べている。
(…きっとこの木箱の山の中に化け物が訪れる理由があるんだろうな)
小春は気を引き締め、禄士郎と同様に木箱を調べていく。
確かに木箱の山には疑問があった。
任務の概要書にここは処分予定の木箱を処分するまで保管する倉庫であり、運び込まれた木箱は再利用することもないので頻繁に誰かの手が触れることは無い。
しかも倉庫内は日当たりが悪く、湿気もあるため木箱に黴が繁殖しやすくなっている。
実際、調べた木箱のいくつかは黴が生えていた。
(だけど、黴が生えていない綺麗な木箱がほとんど)
ここから推測できることがあるなら、それは最近までここに保管されていた木箱は使われていたということになる。
妖もとい化け物が出現して倉庫の立ち入りが禁止になったのは十日前。
例え、十日前のその日に木箱を運び込まれたとしても黴が生えている木箱がある程度見つかってもおかしくはない。
これには禄士郎も気づいているのだろう。そして気づいているうえで化け物が来ることを待っている。
八割ほどは戦いたいという理由だろうが、後の二割は化け物が真相の糸口になるということを見越しているのだろう。
刹那、小春は開けた木箱の中を見て目を見開いた
彼岸花の花弁が一枚、そこにはあった。しかも花弁は通常の赤色ではなく、『青色』。
(ヒガン!?)
ヒガンは飴のような見た目の薬だが、多くを服用し死に至ったその時、彼岸花の花弁を吐いて死ぬ。
ヒガンを作っていた妖は幻術に長けていた。幻術の作用を彼岸花の種に込めて作っていたために服用者は青い彼岸花の花弁を吐くとされている。
その花弁が小春が調べている木箱の隅にあった。
(うっわぁ…大佐はこれを知ってて私達を送り出したのかよ)
ここに小春達を任務に送り出したのは単なる妖退治ではなく、海軍内部に蔓延っているヒガンの調査だったというわけだ。
木箱が黴びていないことも、ここに花弁があることも、この倉庫がヒガンの保管場所として使用されていたことの証拠になる。
小春は手早く手拭いで花弁を包み、ジャケットの内ポケットにいれる。
その瞬間だった。倉庫の外から大きな咆哮が響き、地面が大きく揺れた。
そして倉庫の天井が衝撃と共に穴が空いて崩れる。
崩れた天井から現れるのは言わずもがな、穢れを纏った化け物だった。
腕の筋肉が歪に膨れ上がり、黒くなった肌に亀裂がはいっている。
それでも化け物は雄叫びを上げ、その赤く充血した瞳で東雲を捉える。
「小春!」
「承知いたしました、任務開始します!」




