落ちて溜まる 三
猛暑が日々帝都を襲う中、小春は任務に向かうため電車に揺られながら横浜へと向かっていた。
今回の任務は海軍が管理しているレンガ倉庫で現れた妖の対応だ。
透に再会し、凉斗から事情を聞いてから三日が経ったが未だ会うか会わないかの決断をできずにいる。
会ったところで何か変わるのだろうか、家を出て行った理由を聞きたいが聞かない方が幸せなのかもしれない。
そんな考えが往来して決断を鈍らせる。
那由の帰りを待っても良かったが、それだと自分で決断もできない子供みたいで納得がいかない気がした。
(優柔不断な奴め)
車内に横浜駅の到着を知らせるアナウンスが流れる。
電車が止まり、扉が開く背広を身に纏ったサラリーマンや異国から来た旅行客が続々と降りていく。
それに続いて小春も電車から降りる。
駅のホームの隅へと移動し、ニシキを起動させて時間を確認した。
禄士郎との待ち合わせ時間には随分早かった。
(家にいると落ち着かないからって早く出たけど早すぎたな)
うーんと小さく唸る。
どこかの喫茶店に入って時間を潰してもいいが、あまりそういう気にもなれない。
すると表示していた画面に深琴からの着信が表示される。
おそらく透の事だろう。あれから深琴に連絡もいれていなかったから丁度良かった。
小春は迷いなく通話ボタンを押す。
『もしもし小春ちゃん?』
「お疲れ様です、先輩。何かありました?」
『え、えっと、この間の小春ちゃんのお父さんのこと気になっちゃって。あの後、大丈夫でした?』
「あの後、幼なじみから父親のことを聞きまして。今は会うか会わないで悩んでいるところです」
小春は通話しながら改札を通る。
人が少ないところまで早歩きで移動し、深琴の声に耳を傾けた。
『そうなりますよね。小春ちゃんはどちらかと言えば会いたい、とか…?』
「…五分五分ですね」
『その、ね…あくまで私の意見ではあるんだけど、会わなくてもいいと思いますよ』
深琴の言葉に小春は面を食らった。
基本的に深琴は小春の事を応援してくれたり、肯定してくれることが多かった。だからこそ、心のどこかで会ってみればと言われるんじゃないかと思っていた。
「会わない方がいいですかね」
『いや、なんと言うか、その優しいお父さんとは限らないでしょう?もしかしたらお金が足りないから小春ちゃんを探してたとか…』
確かに深琴の言うこと一理ある。
小春は結局のところ透の現在を社長であること以外何も知らない。
もしかしたら会社経営がうまくいってなくて小春や那由に頼もうと探していたのかもしれない。
『もしかしたらって話ですから!小春ちゃんが会いたいならその方がいいと思うし、うん』
「先輩、ありがとうございます。参考になりました」
『力になれたなら良かった。小春ちゃん、この後は任務ですか?』
「はい。横浜で」
『そっか、頑張って!それじゃあ、また連絡しますね!』
「はい、先輩もお気をつけて」
ありがと、といって通話は途切れる。
参考にはなったが小春の中で迷いは大きくなった。
すると俯いていた小春の肩を誰かが叩く。
振り向くとそこには見知った顔が笑顔を浮かべて小春を見つめていた。
「やあレディ!浮かない顔だね?」
「嵐丸先輩…お疲れ様でございます」
「ノン!今の僕は兵士じゃないから堅苦しいのは無しだよ」
確かに嵐丸はいつもの白い軍服ではなく、カンカン帽に半袖のシャツと洒落た青年だった。
いつもは深琴が嵐丸のそばにいるからこの状況は妙な心地になる。
むしろ二人きりで話すのは初めてかもしれない。
「今日は悩める乙女なのかい?」
「そんなところです」
「ふむ…聞いてあげてもいいけどそれは禄士郎坊ちゃんの役目だからなぁ」
確かに相談相手候補に禄士郎もいたが、気軽に相談できる内容でも相談する相手でもない。
すると嵐丸は心春の意図を読み取ったのか、苦笑いを零した。
「確かに悩み次第では話しにくい相手ではあるな、彼は。では僕は話しにくいという悩みに助言を送るとしよう!」
「た、頼んでないです…」
「かかっ!純粋に小春くんと話したいだけさ。今は時間はあるかね?」
「まあ、二時間はありますね」
「随分あるね!よし、僕の所用と話に付き合ってくれ!」
嵐丸は持っていた日傘を差し、その中に小春をいれる。
だが嵐丸が持っている日傘は白い生地とレースで誂えたもので、明らかに嵐丸の所有物とは思えなかった。
違和感に小春は首を傾げた。
「嵐丸先輩、この日傘は誰かに借りたものですか?」
「そうだよ、姉上から拝借した。さすがに暑いし、日焼けすると湯浴みが辛くなるからね」
確かに、と小春は頷く。
過去に一度、イタリアに那由と旅行したとこがあった。
夏の地中海を見たいと渡航したが、日本の夏とは比べ物にならないほど日差しが強烈で小春も那由も肌を赤くした。
その後の湯浴みは二人で痛いと嘆いたことも覚えている。
日本の日差しはイタリアほどじゃないにしても長時間、炎天下に晒されるのはそれなりに辛い。その気持ちは小春は理解出来る。
「それとも男が日傘は奇妙かい?」
男は男らしく、女は女らしく。
今の日本はどれだけ科学発展しても人々の心の発展は遅い。
道行く老若男女が横目に嵐丸を見ている。小春もそう思うのかと嵐丸は問うているのだろう。
だが戦火の中を歩んでいる身からすれば武士心や大和撫子などは些細なことでしかない。命のやり取りで大和撫子なんて言ってられない。
「興味のない議題です」
「ふっ、あはは!本当に君は面白いな!それもそうだ!確かに僕の歩く速さについてこられてる時点で百合の花ではないね!」
「そういうことです」
嵐丸は大きく口を開けて笑う。
きっと小春がどう答えようと嵐丸が日傘を閉じたり、小春だけに使わせるということはしなかっただろう。
嵐丸のそういうところが小春は好きだった。
学内でも嵐丸は一際目立つ人物らしい。それは後輩の小春から見てもそれは察することができた。
禄士郎も目立つほうではあるが、どちらかといえば顔と家柄というところがある。
だが嵐丸は実力や家柄ではなく、その型破りで快活な性格が人目を引き寄せていた。
「それで嵐丸先輩、私たちはどこに向かっているのでしょうか?」
「今僕たちはヴァイオリンを受け取りに向かっているんだよ」
「誰のヴァイオリンですか?」
「もちろん、僕のだとも!」
目を見開くと同時に納得する気持ちがあった。
嵐丸の出自を聞くことはなかったが、どことなく仕草や身なりが小春や凉斗とは違うと感じてはいた。
そう、どちらかというと禄士郎や千子のような。
「ついに僕の正体が知りたくなったかい?」
「いえ、別に」
「僕はね、この横浜にある商家の一つ、橘家の三男坊なのさ!ヴァイオリン工房に向かいがてら僕の物語を聞かせよう!」
「さすがに道のど真ん中で歌い出すのはやめてください。歌う舞台が違います」
小春の抵抗も虚しく、嵐丸は自分の歴史を縷縷と語り出した。
こうなれば嵐丸は止まらない。とりあえず着いていくしかできないので耳を傾けながら歩く。




