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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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第五幕 訓練

「単刀直入に申します。大旦那様と母の関係を知った上で私を境に行かせたのですか?」


 境での傷はまだ癒えず、腕に包帯を巻いたままで小春は軍学校にある上官室に来ていた。

 目の前には執務机に肘をついて任務報告書を眺める上官の筺辺(はこべ)かの子がいる。その表情には笑みが浮かんでいた。

 それは慈しみでも楽しげでも何でもない、意図が読み取れない笑みだった。

 かの子と那由に関係があると言う話は聞いたことがない。だが那由は元々白夜軍の紬師だ。何か関わりがあったとしてもおかしくはない。


「霧崎が行けばボロを出すかと思ったんだがな」

「それが真意ですか」

「冗談だ。妖に慣れているお前が適切と判断して向かわせただけだ。むしろ境側が魔女を一度取り逃がしていたこと自体、初耳だったからな」


 前髪をかき上げながら背もたれに体重を預け、面白そうに小春を見上げる。

 眼帯をしていて右目は見えないが猫のように釣りあがったかの子の左目に小春がハッキリと映った。

 そしてかの子の瞳は小春を試すためか視線が一切揺らがない。


「私はお前の母親と大旦那の関係は知らない。それは真実だ。お前を単独で向かわせたのは私の采配ミスだった、すまなかったな」

「…様々な偶然が重なっただけなので仕方のないことだと思います。それは任務に出向き始めたころから覚悟していましたから」

「殊勝な覚悟だな。霧崎が事件対応したお陰で魔女事件の大きな進展に繋がった。私としても感謝しているんだ」


 そう言うとかの子は机の引き出しから綴り紐で纏められた紙の束を取りだした。

 陸軍、海軍、警察では報告書をデジタルデータ化して運用されていることに対して白夜軍では未だに紙での提出を要求されている。

 おかげで任務後、禄士郎の報告書作成に付き合い、始末書、経費報告書に追われて小春は手首を痛めることがしばしばある。

 今回は左腕を骨折したため、報告書が書けないってことはなかったが不便を強いられた。


「そういえば大阪観光はしてきたのか?帝都ほどではないが大阪も都市発展の勢いがすごいからな」


 かの子の質問に小春はもっと眉間に皺を寄せた。

 楽しい大阪観光になる予定が療養でどこにも行くことできず、それどころか小春が寝ている横で大旦那に「那由は今何をしている」「那由は今どこにいる」と数々の質問攻めやら煽りやら。

 大旦那が飽きて帰ると今度は脅威の回復力で元気になった千子からの質問攻め。

 そんな二人を手早く追い払い、動けない小春の世話を焼いてくれた涼斗には感謝してもしきれない。小春ができたことは質問攻めしてくる二人に精々「知らない」「うるさい」「帰れ」という口答えするしかできなかったというのに。

 そして魔女の襲撃の後始末に駆け回る灼司とはまた別れの挨拶もできないまま、帝都に帰ってきたわけだ。


「……たこ焼き、食べたかったです」

「その様子だと楽しめなかったようだな。まあ、任務とはそういうものだから慣れろ。で、だ。本題に戻るが境を襲った石母田貴美子と契約した魔女は各地方で起きている一連の事件と同一犯と私は見ている。霧崎、石母田と実際に対峙してみてどう感じた?」

「実際に契約した人、大旦那様は魔女もどきと言っていましたが…何と言いますか、特に最後に炎で作り出した蟷螂。祓魔師及び紬師、もしくは強い妖が対処しなければ永遠に境を焼き尽くしていたと思われます。力を与える魔女も魔女もどきも我々にとって非常に危険な存在かと」

「まあ、そうだろうな。魔女と契約した者達は我々とは反対の場所にいる。要はこの日本で生きていきたくない。壊してしまいたいと願う者達が共通点として調査部隊の報告で挙げられている。霧崎の見解は正しい」


 静かな上官室に紙が捲れる音だけが響く。

 今はかの子の駒に過ぎない小春だが無駄死にだけは御免こうむりたい。

 ただこの場面でそんなことを口に出せるほど心臓は強くできてはいないが。


「顔に出てるぞ、面倒なことに巻き込まれたくないってな」

「失礼しました。私の表情が大佐の気分を害したのなら深くお詫び申し上げます」


 露骨に顔へ出てしまっていたようだ。

 こういうところがあるから人との駆け引きは苦手と感じてしまう。

 

「ははっ!お前は本当に冗談が通じないな。面倒なことだと思っているのは私も同じだ。魔女事件はともかく、その後ろにくっついてる問題は国力に対して大きな爆弾になりうる。察しのいい霧崎はどう行動するべきかはよく分かっているだろう?」


 日本がなぜスイスのように永世中立国として宣言が認められたのか。

 それは国力である妖術が銃に次ぐ日本の武器になっているからだ。

 単純に妖術が強いから、というわけではなく二十年前に発見された徳川幕府が隠した埋蔵金と天才達の手によって独自の発展があったが故に日本の国力は安定を築くことができた。

 これは軍学校で教えられる歴史の一つ。

 だが魔女の密入国を許し、その魔女が妖、人間問わずに被害をもたらしている。

 妖と人間の均衡を揺るがし、両者の対立を招くことになる。

 実際、大旦那は人間なんてどうでもいいと思っている現状を利用されて困るのは人間、そして灼司のような人間と共存を望む妖達だろう。


 (日本で内部崩壊が起きると他国から攻められる可能性がある。そうなれば戦争は避けられない)

 

 かの子が何を企んでいるのかは知らない。

 それが戦争を招くのか、はたまた避けることなのか、小春の知れるところでは無い。

 

「この軍服を着ている限り、私は筺辺大佐の駒です。ただそれだけです」

「懸命な判断だ。改めて魔女事件については追って白夜軍全体に通達する。それまでは他言無用でいろ。任務ご苦労だった、下がれ」

「承知致しました。失礼します」


 足を揃え、敬礼してから小春は部屋を出た。

 今の時間、校内では座学授業だからか酷く静かだ。

 今から授業に向かっても好奇な目で見られ、余計に目立つことだけなので教室とは反対方向に足を向ける。

 が、小春を待ち伏せしていた者がいた。


「何してるんですか、禄士郎様」

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