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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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13/75

愛、以上のもの 三

とにもかくにもこの場を静かにさせるために小春はまず千子の元に駆け寄る。

 千子が何か言っていたがすべて聞き流し、凉斗が持っていた手拭いを千子の目に巻く。

 妖力に充てられ、素質が開花すると妖が見えるようなる事例もある。

 ただその例は眠っていた体内の妖力を突然呼び覚ますので起きる負荷に体が耐えられないのだ。

 だから今の千子のように血を流すことがある。他にも発作や失神なんてこともザラだ。

 素質を持っている者は体の成長とともに見えるようになるのが一般的である。

 そして小春は千子の微弱な妖力を辿り、負荷で解れかけている輪廻の糸を紡ぎなおす。

 

「今行っているのはあくまで応急処置ですから」

「小春さん、この騒動の結末を見るまで私は病院に行かないわよ」

「後遺症が残るかもしれません」

「目のことかしら?それならノープロブレムよ。今手拭いで視界が見えないはずなのにくっきり見えるのよ、しかも痛くなる前よりも」

「何がノープロブレムですか。手拭い越しでも視界良好なのは千子さんの少ない妖力を最大限に使ってるからです。そのまま妖力が枯渇したら最悪の場合、盲目になります」

「上等よ。これを逃したら小説家の名折れだわ」


 あの強気で自身に満ち溢れた瞳は手拭いで見えないのに小春を捕らえて逃さない。

 禄士郎しかり、千子しかり、小春はこういう人間にはどうにも強く物申すことができなくなる。

 小春は逡巡ののち、わかりました、と声を漏らした。

 千子が禄士郎と似たような性格であるなら一度決めたことを覆すようなことを言わない。

 小春や凉斗が駄目だと言っても、病院には行かないの一点張り攻撃が始まるだろう。


「凉斗、悪いけど千子さんの護衛頼んだ」

「こいつを守る義理が俺にあると思ってんのか?」


 呆れ顔をしながら千子を見た涼斗の言い分は最もだ。

 小春には軍人として千子や妖を守る義務はある。それは小春が軍服を着ている限り。

 だが反対に涼斗はバッシキを整備する一般の絡繰り技師でしかない。守る義理はないし小春の頼みを断る権利もある。

 

「千子さんの恋人は少なくとも白夜軍の兵士。旅費にお釣りが出ると思うけど?」

「……わかったわかった。というわけで謝礼は貰うすよ千田さん」

「ダーリンはダメよ!私が怒られちゃう!原稿料で払うわ!」

「謝礼が用意できるなら誰でもいいって、そこは」


 刹那、また爆発音が境に轟く。

 魔女の勢いは劣ることなく、街を燃やしていく。

 飛び交う悲鳴も爆発音も魔女の高笑いも収まる気配がない。

 魔女の捕縛と事態の収束は任務外ではあるが、白夜軍としてここにいる小春には逃げるという選択肢は選べない。

 すると凉斗が素早く小春の右手袋を外し、親指に嵌めている指輪型のバッシキを見た。


「お前、また無茶しただろ。バッシキを壊すのはこれで何個目だ?」

「いやぁ…色々ありまして…」

「説教は後だ。新しいバッシキを渡しとく。最新式だ、丁重に扱え」

「気をつけます…」


 小春はひび割れしているバッシキを取り外して、貰ったバッシキを新たに嵌め直す。

 バッシキとは祓魔師と紬師が戦闘の際に使う補助装置だ。

 本来、輪廻の糸は魂だ。魂を肉体から切り離して武器に変形させること自体、自殺行為に等しい。

 輪廻の糸が全て体から切り離されると人間は過集中状態になり、五感全てが研ぎ澄まされる。

 だがその代償として反動で一週間体が動かなくなるということもあれば、糸を体と切り離す感覚が心的外傷になることもある。

 バッシキは体から切り離せなかった糸の部分の穴埋めをする装置になっている。

 例に漏れず、小春もまたバッシキなしでは自分の輪廻の糸を武器に変えることは難しい。

 そんな中でもバッシキを使わず、糸の全てを簡単に紬師に委ねることができる人間もいる。


 (だから凉斗に常識の皮を被ったバケモンって言われるんだよな)


 ガラス窓から紅蓮の業火の中で笑う魔女を見る。

 丁重に扱えと言われたが、恐らく貰った新しいバッシキも壊して修理を頼むことになるだろう。

 いくら凉斗のどんなバッシキでも修復する素晴らしい腕があっても今回は拳と怒りの雷を覚悟しないといけないかもしれない。

 大旦那の行くぞ、という声で魔女の元へと転移する。

 燃え盛る建物や逃げ遅れて息絶えた遊女や男娼達が無惨に状況を語る。

 炎がケラケラと嘲笑うように小春達を熱していく。


「のう、魔女もどき。懲りずにまた来たのか?」


 扇子を広げた大旦那が歪んだ笑みを浮かべる魔女に問いかける。

 大旦那を視界に捕えると魔女は笑みを消した。燃え盛っているのは建物や道端に転がる遺体だけでなく、彼女が着ている白いセーラー服も彼女を彩るように燃えている。

 隣にいた灼司が小声でジャンヌ・ダルクかよ、と呟いていたが、それには小春も同感であった。

 まるで火刑に処されたジャンヌ・ダルクが蘇ったような光景だ。


「アンタが妖の長?」

「そうだ。こうして顔を合わせるは初めてじゃがな」

「そう、じゃあアンタの死もマユリに捧げるわ」

「随分早急な娘だな」


 魔女から放たれた炎の弾が大旦那に襲い掛かる。

 だがまるで塵を吹き払うように、扇子から桃色に色づいた唇を覗かせ、ふぅと息を吹く。

 その姿は色気を孕んでおり、まるで一流の芸者のような仕草だが吹いた息は魔女の炎を氷に変え、その熱はたちまち水蒸気へと消える。

 紅蓮に染まっていた町から紅色と熱が冷めていく。人体が焼けた異臭と炭の匂いが小春の鼻腔を擽る。


「ゆっくり話そうじゃないか」

「アンタ達と話すことなんてあらへんわ。苦しんで死ねや」

「何とも口が粗暴な娘じゃな。お前に渡すものがある。氷雨(ひさめ)!」


 大旦那の声と共に氷雨という名の妖が姿を見せた。

 濃紺の筒袖と裁付袴を着合わせ、般若の仮面をしていた。

 頭からは白銀の獅子(しし)(かしら)を被っており、その背には大太刀を携えている。

 そしてその手には濁った目を見開かせた女の頭部が掴まれていた。

 ここに千子がいなくて良かったと小春は思う。遺体が焼けた臭いと女の頭部を持った妖なんて彼女に見せれたものじゃないからだ。

 刹那、水蒸気で湿る空気の中、般若の仮面の奥からその名に似合う氷雨のような声が響く。


「母の首をお持ちしました」

「小娘。この首をやろう。貴様の(つがい)を壊した元凶じゃ。お前はこの首が欲しかったのだろう?」


 そういうと氷雨はごみを投げるように持っていた母親の首を投げ捨てた。

 そして投げられた首は魔女の足元まで転がっていく。

 ただ魔女は何を言うでもなく、その首を見下ろしていた。魔女の感情がうまく読み取れない。


「ねえ灼司、番ってことは彼女は恋人の復讐に来たってこと?」

「察しがいいなァ、そういうことだ。アイツの番はここに売られて薬漬けにされちまったんだよ」


日本で妖に見える人間が売られるという事例はある。

 もちろん、それは妖と同盟を結んだ時点で違法になり、人間を買った場合は白夜軍の討伐対象になる。

 今回の任務の一つである麻薬の調査こそ、元凶となっている妖の討伐の布石だったのだ。

 だが、今やその討伐対象になる予定だった妖は今や息子に頭を投げ捨てられ、魔女への和平交渉に使われている。

 これが妖の流儀なのだ。強引で極端で、人を力を得た獣と見なす。


 (これで魔女が大人しくなるなら楽なんだけど、そうはいなかないのが人間なんだよな)


 下唇を噛み締め、魔女は力の限り、仇の首を踏みつけた。

 瞬間、踏みつけている靴底から炎をが巻き上がり、首を塵にする。


「私がこんなもので満足する訳ないやろ、舐めとんのか。これでうちの炎が止まる理由がなくなったわ!!全部、消えてしまえ!!」


 魔女は再び業火の炎を纏い、輪廻の糸を削っていく。

 その光景を大旦那はじっとりと眺めていた。堪えきれない笑みを扇子で隠しながら。

 和平のために用意された首は業火の勢いを加速させる油になってしまった。

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