愛、以上のもの 二
「そもそもその魔女もどきを捕まえるのがお前たち人間の仕事だろうに」
「尽力しています。その魔女もどきは妖術ではなく本当に魔術を使っていたのですか?」
「…ああ、それなら見たほうが早そうだぞ?」
「見たほうが…?」
聞き返した瞬間だった。
大きな音が鳴り、屋敷が揺れる。灼司の耳が小さく動き、毛が逆立つ。
地震とは違う揺れだった。
これは何かの襲撃による揺れであることだけは把握することができた。
「灼司、ガキを連れて中央塔の展望台に来い」
「承った」
それだけを告げ、大旦那は姿を消した。言っていた中央塔に向かったのだろう。
小春は慌てて立ち上がり、外が見える庭園へと飛び出した。
空には黒煙が立ち上り、爆発音が小さく聞こえる。
襲撃が起きている場所は涼斗が行った繁華街にも近い。
背中にじっとりとした不快な汗が流れる。
「小春ゥ!オレたちも中央塔に行くぞ!」
灼司は二足歩行から四足歩行へと姿形を変え、本来の白虎になる。
まだ灼司と遊んでいた頃、本来の白虎の姿になった灼司の背中に乗せてもらったことを思い出す。背中に乗れと言うことなのだろう。
小春はニシキで通話を起動させながらその背中に跨った。
そして二人は塀や屋根を伝って中央塔へ向かう。
ニシキからコール音が数回鳴り、無事涼斗に繋がった。
『小春、無事か!?』
「こっちは大丈夫!そっちはどうなってる?」
『いきなり建物が爆発したしか分からねぇ。今は人と妖がごった返して状況が見えないな……うわ、まじか』
「涼斗?どうかした?」
『千田千子がいた』
「は!?なんで!?」
『あ〜クソッ、あいつ拾ってから合流する!灼司にもそう伝えとけ!』
凉斗の叫び声と一緒に通話が切れ、また新たな黒煙が一つ立ち上る。
一応、凉斗は白夜軍の祓魔師ほどではないが自衛できくらいの実力はある。
だがもし先ほどの千田千子がこの境に迷い込んでいるというのが本当なら、話は変わってくる。
「灼司!」
「なんだァ、どうかしたか?」
「今すぐ凉斗と合流しよう。ちょっとまずいかも」
「あん?大旦那に中央塔に来いって言われてただろォ」
「私一人で向かう。だから大丈夫」
小春は灼司の背から降りる。
降りた場所から中央塔までは走ってたどり着ける距離にあった。疲れるだろうが凉斗と千子の命と比べれば安いものだろう。
すると灼司はあ、と言葉を漏らし、大きな犬歯を見せて笑った。
何故だろうか、すごく嫌な予感がする。小春の中の警告音がまた鳴り響く。
「しゃ、灼司サン、すごいいい笑顔ですネッ…」
この笑顔を小春はかつて見たことがあった。特に悪巧みや悪戯を考えついた時に。
そしてその思いつきは碌なことがない。
心臓が早まるあまり、声が裏返ってしまった。
「おぉん?いやあ、妙案を思い付いてなァ」
「そっかそっか。じゃあ凉斗をよろし」
「まあまあまあまあァ」
人虎と小娘の力の差は大きく、虎の分厚い肉球から小春は逃れることがきなかった。
子猫のように首根っこを掴まれ、天高く持ち上げられる。そして腰を落とし、小春を掴んだ手を後ろに引く。
この体勢を小春は一年前に見たことがあった。
那由とイタリアに旅行した際、スリに財布を盗られて逃げられそうになった。その際、那由は道端の小石を今の灼司と同じ格好で思いっきりスリに投げつけた。
「灼司!まじでやめろ!ふざけんな!!」
「後で空を飛んだ感想聞かせてくれやァ!それじゃあ…」
「決めた!お前は後で焼肉にしてやる!美味しく食ってやる!いいか!絶対だからな!」
「行ってこォォォい!!」
灼司への殺意を抱えたまま小春は境の空を翔ける流星になった。
流星になった小春は殺意を抑えながら近づいてくる中央塔を見て覚悟を決める。
妖力を最速で全身に行き渡らせ、体を最大限に強化する。
これで無傷とはいかないが大怪我は避けられるだろう。
この数秒間の間、小春はイタリア旅行で那由に言われた言葉を思い出していた。
『いいか小春、紬師になるならこれから先、窓を突き破って登場!なーんてことが起きるだろうよ』
『起きてほしくない』
『そんな時はとりあえず思いっきり壁を突き破っていけ!人生の中で立ちはだかる壁を突き破る練習だと思え!』
『お酒飲み過ぎ。水飲もうね』
『あとは突き破った後に大声で名を名乗りな』
『なんで?』
『そりゃあ、だって』
小春の体が窓ガラスにぶつかる。
大きなガラス音が鼓膜を揺さぶり、割れたガラスの破片が小春の頬や手を掠っていく。
受け身の姿で転がり、衝撃を軽減させる。骨への損傷はなかったが勢いが収まらず、転がった先の壁に背中がぶつかってしまった。
痛みを堪えながら、ゆらりと立ち上がる。
顔を上げた先には目を剥いた大旦那が小春を見ていた。
(今日はいろんなことを思い出すな…命日かな…)
そして大きく息を吸い込み、姿勢を正す。
那由の言葉が鮮明に蘇る。
『カッケーだろ?』
「お待たせいたしました!!霧崎小春、到着いたしました!!」
「登場の仕方も那由とそっくりとか何なんじゃお前ぇ!!当てつけか!?儂、お前のこと嫌いじゃ!!」
那由のアドバイスは大旦那に油を注ぐ結果となってしまった。
拍手を浴びることも感心されるわけではなく、大旦那の額に青筋が立ち、怒声が鳴り響くだけだった。
その後はまた子猫のように首根っこを掴まれ、窓の近くまで運ばれ、妖と魔女が交戦している景色を見せられる。
戦況は苛烈しており、逃げ惑う者、泣き喚く者、武器を持って応戦する者で混沌を極めていた。
『もどき』であっても力は本物。魔女の捕縛はそう簡単にはいかないようだ。
大旦那は小春を乱暴に地面へ下ろし、口を開いた。
「何故、ただの人間がいきなり魔術を扱えるようになるのか知っているか?」
「本物の魔女と契約し、無理やり魔術が扱える体に作り替え、そして輪廻の糸を魔力に変換することで魔術の修行もせずに扱うことができるようになる、と調査にはあがっています」
「だが輪廻の糸を魔力に変換することは命、残りの寿命、次の生への繋がりを削ることになる。それを魔女もどきは知らない。だからこそ奴らは加減を知らずに暴れ回る。可哀そうなやつらよなぁ?」
「…少なくともあそこで暴れている魔女もどきはあなた方に何か覚えがあるから暴れているのでは?」
大旦那の蒼い瞳が細くなる。
その瞳の奥にある思惑がゆらりと揺らめき、小春の表情を読み取ろうとする。
麻薬と魔女の襲撃。これが繋がっている確証があるわけではない。
今、小春が行っているのはカマかけだ。
そしてそのカマをかけた先は妖の長。本当に今日は命日なのかもしれないと小春は大旦那をにらみ返した。
「儂にカマかけとは肝が太い人間じゃ。相手は選んだ方がいいと思うがな」
「選んだ結果です」
「呆れた…ほんまにお前は那由の娘じゃのう。そうじゃ、あの魔女もどきは境南の統括主の首を狙っている。そしてお前たち政府が捕まえたがっているやつでもあるしのう」
「…そうでしたか。上官にいい報告ができそうです」
人間の世界なら麻薬が流れていることを止めなかった大旦那も同罪になるが、相手は妖。
妖のルールは単純で分かりやすい。よそはよそ、うちはうちでしかないのだ。
すると螺旋階段から足音が徐々に小春たちがいる最上階に近づいてくる。灼司達だろう。
そこでふと小春の脳裏にあることがよぎる。
合流した灼司の背には凉斗と千子がいる。妖にも慣れていて小春と同様に肝が据わっている凉斗なら特に大旦那を見て騒ぐこともないだろう。
だが問題は千子のほうだ。
なんの奇跡か、境に入ってしまったのはしょうがないとしても、おそらく千子は今妖が見えるようになっているはずだ。
元々妖が感じることができる素質を持っている人間が境という妖力が充満した世界に飛び込んでしまっては輪廻の糸が一気に覚醒する。
「大旦那!遅れて悪ィ!」
「小春やばい!千田さんの血が止まらねえ!」
「あ、小春さん!さっきぶりね!ところで目から血が止まらないのだけれど、どうしたらいいかご存じかしら!?」
一気に騒がしくなった。小春は三人の顔を見たのち、ため息を呑んで目頭を抑える。
大旦那も何か言うのを諦めて責めるように隣にいる小春を睨んでいる。
(私が悪いのか、これ…?)




