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第四話 あなたのことを知りたい

 ──秋原さんって、何考えてるの?

 ──秋原さんって、人の気持ちわからないの?


「知らなくていい」


 返事をするのは私の声だった。冷たくて、とても平坦。

 ……私の欠陥。自他の感情を汲めない。起因するところはわかってる。私は、現実から逃げたからだ。絵は、自分だけの世界だ。自分で世界を設定し、作り上げ、思いのままにできる術を手に入れた”あの日”から、私の現実は二の足を踏んでいる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()。それが私。喜怒哀楽も、愛も憎も。私は自分の中にあったものを作品に吐き出してきた。擦り切れた私の心は、いつしか少しずつ灰色に染まっていった。

 私は、絵を描くのが嫌いでも好きでもない。絵は過去の私に現実逃避の手段を与えて、今の私から現実を奪った。直視するためにはあまりにも勇気が必要で、かと言ってこれ以上逃げるためにはもっと現実逃避()がうまくならないとどこへも逃げられない。

 

 ──秋原さんって、人生楽しいの?

 

 その質問に、私の声は返事をしなかった。普通の人にとっての人生ってなんだろう。私は現実から逃げることが人生だから、人生は楽しい。絵を描いていればいいのだから。ただ、こういう無情で非情な現実と向き合って克服して、勉強や運動や恋をすることが人生だというのなら、つまらないものだと思う。私はどれからも逃げてるから。


「……楽しいよ」


 なんて答えれば良いのかわからなくて、どういう意味を込めたのかもわからない空っぽな返事が自分の口から出てくる。胸の奥が重たくて、もっと奥は締め付けられているような気がして、それに、耐えきれなくて。べき、となにかが折れる音が聞こえた気がする。


◆◆◆


 目を覚ますと、目の前に四条の顔があった。なにか言っているがよく聞こえない。耳鳴りがする。上体を起こしてみると冷や汗がべったりと私の顔にまとわりついていた。汗をかくし、夏は、嫌いだ。いや、もう九月ではあるんだけれど、残暑が厳しすぎる。最近の夏は異常である。


「──大丈夫!?」


 ようやく聞こえたと思ったら、四条の心配の言葉だった。顔を見ると、美しく歪んでいた。表現のほうが歪かもしれないが、それでも正しいと思う。完璧に調整された顔の皺や眉の潜め方。声色に至るまで美しく演技されている。人を心配するときも演技をしているんだな、とふと思ってしまう。悪夢を見たせいでナーバスになってるかも。


「大丈夫大丈夫……ちょっと暑かっただけ……」

「めちゃくちゃうなされてたけど……」

「あぁ、それね。ちょっとあれ、大食いさせられる夢見てたんだ」

「秋原は胃袋小さいもんね」


 余計なお世話だ。それにしても、最悪なものを見せられた。私の身に覚えのない経験ならいざ知らず、あの夢で見せられたのはまごうことなき私の記憶だ。中学時代に味わったあの屈辱。もちろん、当時のことはもう乗り越えているけどそれはそれだ。こうして掘り返されてまざまざと見せつけられたら話が違ってくる。

 汗で張り付くシャツを剥がしながら、首元に空気を送るように手で仰ぐ。昨晩はSNSに投稿するためのイラストを遅くまで描きすぎた。授業終わりから記憶がない。ずっと寝ていたのだろう。


「……本当に大丈夫?」

「大丈夫だって。ほら」


 にっ、と笑ってみせる。四条との演技練習もあって、私の表情は豊かになったはずだ。口角を上げて、目を細めてみる。

 だけど、あれ? なんだ、四条の反応があまり良くない。しかめっ面と言うか、とにかく不快感を表しているような表情。……演技じゃない? 四条の今持っている感情が、その表情から読み取れない。少し、胸がチクリとしてしまう。私は中学から成長していない。人の心を、ちゃんと見られない。汲めない。そんなことを考えたが、すぐに振り払った。


「へたくそ」

「え、いや、上手いでしょ。笑顔の練習だけはサボるなって言ってたから、笑顔だけは忙しくてもやるようにしてるんだけど」

「やっぱり、大丈夫じゃないでしょ」

「え~……」


 ……まぁ、確かに、本音を言うんだったらほんの少しだけ大丈夫じゃない。私のメンタルは強い方だという自負があるけれど、トラウマをあの鮮明さで見せつけられて無傷とはいかない。まさか、それを見抜かれるなんて。


「やっぱり、四条は目がいいね」

「どういうこと?」

「んー、綺麗だし。目がいいから」

「さっきと言ってることあんまり変わんなくない?」


 わかってないみたいで、四条は可愛らしく首をかしげた。長い茶髪が肩にかかって、滝みたいになっている。こういうのも、演技だもんなぁ。男子が食らったらイチコロであることは間違いない。あざとかわいいというやつだ。


「って、それより早く着替えないと」

「え、次の授業って体育?」

「そうだよ! しかも──」


 マラソン。なぜそんなことを高校生にまでなってやらないといけないのか。しかも、食事を終えた四限の後に。内心ではぶつくさと文句を言いながら、私は着替えて校庭までやってきた。ここ数週間は同じ文句を言っている。義務教育が終わり、もう私たちは大人の中途段階にいる。これから高校を卒業して、大学だとか、就職だとかそういう道に進む岐路。じゃあなにか? 大人って大人になってもこうやってマラソンをするんだ? ふーん。でも、そうやって悪態をついても状況は変わらなくて、私が特別体力少なくて、特別マラソンが苦手なことも変わらない。


「……ぁ」

 

 毎回、スタートラインに立つのが苦手だ。今日は、タイミングが悪い。さっきの悪夢が思い出される。今みんなと並んでいる状況と、いやに重ねてしまう。私はスタートダッシュを切れなかった。あの時、中学のあの頃、私は躓いてしまった。おんなじスタートラインに立って、みんなと一緒に走り始めたはずなのに。


「秋原」


 センチメンタルになっていた私を引き戻したのは、四条だった。いつの間にか私の隣に立っている。


「え、四条、スタート私より前じゃないの」


 足が速い人はスタート位置が前側になるようになっている。四条が特別早いわけじゃないけど、私と比べたらずっと早いからこんなところにいるわけないのに。


「秋原が心配だったから」

「大丈夫だって……」

「だめ。やっぱり来てよかった。走れないでしょ、そんな状態じゃ」

「走れるし、ここで休んだら放課後にやらされるんでしょ?」


 うちの高校のよくわからないところだ。マラソンだけ、何故か休むと別日の放課後にやらされることになっている。放課後は絵を描きたいし、なにより……四条との練習だったりもある。こんなところでくじけているわけには行かない。頑張らないと。


「んー、じゃあ、今回は私が見ててあげるから、無理はしないでよ」

「いいのに……」

「だめ」


 言っても聞いてくれないみたいで、彼女の背中を押してみてもびくともしない。テコでも動かないつもりだ。というよりどうなってるんだこの体幹。それとも私が弱すぎるのか?

 そんなことを考えているうちに、スタートの合図が鳴った。ワンテンポ遅れて走り出すも、人が多すぎて弾かれる。肩がぶつかり体が潰される。もつれる足を細く刻みながら回していると、目の前に四条がやってきた。先導してくれている。人と絡まらないようにかき分けている。

 若干の申し訳なさを感じながも、私は四条について行った。心地よいくらいの速度。合わせてくれている。本当にちょうどいいくらいの苦しさで、私がさっきまで考えていたようなことは頭の中から抜け落ちていた。息を切らしながら、四条の横に並んだ。


「いい、ねっ」


 弾む声でまた笑いかけてみる。

 

「ははーん、余裕だね。じゃあ、ちゃんとついてきてよ?」


 言われるまでもなく、私は四条の後を追う。けれど、「ん?」と頭の中に疑問符が浮かぶ。少しづつ、本当に少しづつ速度が上がっている。やばいぞ、このままだとついていけない。そこからはもう無我夢中で、頭の中を真っ白にしながらしがみつくしかなかった。

 マラソンのコースは学外まで伸びる大回り二周分。もちろん学校の先生がそのコースの随所にいるわけでもないし、適当なところでサボることができた。実際、走っている間にコース脇で座っている生徒を何人か見る。


「も、もうむりぃっ」


 その生徒たちに倣うようにして、私もコース脇に倒れ込む。自然が多く残っていて木陰のある場所だった。周囲に人も居ないから、その場で大の字になる。

 それに気づいたのか、四条が小走りで私のところまで戻ってきた。


「ありゃりゃ、ギブアップか」

「わ、わた、わたしにしてはっ……がん、ばっ、た……!」

「なんて?」


 肺がぺちゃんこになりそうだ。仰向けになるのも辛くて、横向きになりながら息をする。土の匂いがした。


「ふふふ」

「わ、ぁしが苦しんでるの、そんな、面白い……!?」

「いや、ちょっと元気になったかなって」

「死にかけだけど……?」


 四条が私の隣りに座る。地べたから見上げる彼女はいつもよりも大きく感じて、顔に落ちる影が少しだけ大人びて見える。


「秋原、元気なさそうだったしね~」

「だい──」

「大丈夫じゃないでしょー」


 四条が私の頭を撫でてくる。……子供じゃないんだから。そう思いつつも、その手から逃げられるだけの力が残ってないので受け入れるしかない。こひゅこひゅと音を立てて息を吸っていたが、ほんの少しだけ落ち着いてくるような感じがした。


「私たち、さ、友達でしょ」

「そりゃ……」


 四ヶ月も一緒にいるのだ。夏休み期間だって、そこそこの頻度で会っていた。立派な友達だ。……頭の奥で、わーわーと何かを言っているもう一人の私がいるけど、今それは関係ない。無視できる。頭を撫でてくれる手の感触に集中して、暗い言葉を吐き散らかしてくる私を抑え込んだ。


「だったら、ちゃんと私に話すこと。辛かったり、大変だったりしたら正直に言ってよ? 私たち、これでも恋人の演技を習得しようとしてるんだし」

「たし、かに?」


 納得させられそうになっているが、そうそう人に言えるものじゃない。そもそも問題はもう解決しているのだ、私は中学生じゃなくなった。もう、高校生だ。いつまでも過去のことに縛られる必要はない。なんとも言えなくて黙ってみるが、四条が私から離れる気配がない。体を起こす。仕方なく、私は核心には触れない程度に語り始める。


「ちょっと、悪い夢を見たんだ。中学の頃の夢」

「何か、あったの?」

「ちょっとね」

「……いつか話してよ」


 やっぱり、四条は人の気持ちを汲むのが上手い。いいなぁ、なんて、思ったりする。私が本当に話したくないことは話さなくてもいいって言ってくれて、私が抱え込んでいるときは吐き出させてくれる。私も、もし、四条みたいに──

 らしくないことを考えている。私らしくない。人を羨むなんて、まして、四条相手にその人の心を見る目を羨むなんて。悲しいような、苦しいような、ちょっぴり怒っているような。ささくれくらいの負の感情がかたまって、胸の中で暴れていた。


「ねぇ四条」

「なに?」

「……ハグしても良い?」

「えっ」

「恋人でしょ」


 恋人と言うより、恋人らしさを求めているだけの関係だけど。それに、四条がためらいがちなのも、その表情を見ればわかる。……見ればわかるってことは、演技ってことかぁ。……ともかく、汗をかいているから嫌なのだろう。さっきまで走っていたし、まだまだ夏の暑さが残る季節だ。汗をかきにくい体質の私でも少し汗ばんでいた。代謝のいい四条なら、なおさら。


「軽くでいいんだ」


 嫌なのはわかっているけど、それでも、私はこの胸のささくれをどうにかしたかった。妬み嫉みとも喜怒哀楽ともかけ離れたようなこの感情の所在がわからない。そもそも、私は自分の感情すら読むのが苦手なのに、こんな訳のわからないものを持たされてもよくわからない。少しでも、安心したい。馴染んだ人の馴染んだ体温で、私は私を取り戻したい。

 すっと、遠慮がちに四条が腕を開いた。来るなら来いと言わんばかりの姿勢だ。いざ来い、と言われると私も少し萎縮してしまって、足踏みをするみたいに手を上下させる。でも、こういうときは、勢いで──!


「おいそこ! 休むな!」


 ビクッと、四条が肩を跳ねさせる。私は時折こうして休んでいるから慣れている──先生だ。随所には配置されていない。しかし、こうしてたまに巡回にはやってくる。すぐに立ち上がって今度は私が四条の手を引いた。


「ほらっ、行くよ!」


 なんだか私が四条の前にいるというのがおかしかった。いつもは四条が引っ張ってくれるというのもあるけれど、身長差で彼女が走りづらそうにしているのが余計に面白かった。いつもきれいな姿勢で走っているから、なんだか新鮮だ。

 残り半周、私は思いっきり走ってみた。過去を置き去りにできるわけでもないし、それで何かが解決するわけでもない。それでも、四条と近い速度で、似た景色で、同じ色で混ざりあいながら走るのが心地よかった。……少し、苦しかったけど。


「ぜひゅぅ……ぜふぅぁ……」


 前言撤回だ。死ぬほど苦しい。半周走り切ることには、すでに視界が歪んでいた。もはや数メートル先すら見えない。後ろの方から四条が声をかけてきているみたいだけど、それすら聞こえない。なんて言ってるんだ? 水の中にいるような声のこもり方で、ぼわぼわとしか聞こえない。

 ゴールラインを超えると、私はそのまま倒れ込んだ。


 □□□


 ──秋原さんって、人の気持ちわからないの?


「知らなくても……」


 同じ夢を見た。中学の、とある人から言われたその言葉。相手の顔も名前も、私は覚えちゃいない。それでも、その言葉と声色は怖いくらいに刻みつけられていた。相手のことなんて何も覚えてないはずなのに、それだけが残されているのが、怖い。私がその人にトラウマを抱えていて、忘れようとしたから? それとも、私が他人に興味を──。

 返事を言い切る前に視界が明るくなると、まだら模様の天井が目に入った。保健室。背中の柔らかい感触を感じ取ると、すぐにそう結論づけた。

 

「あ、起きた」


 起き上がってすぐ、四条と目があった。


「四条……わざわざ来てくれたんだ」

「そりゃあ、擬似的な恋人ですから」

「殊勝なことで」


 ふと気になって時間を確認してみると、六限目半ばというところだった。今から授業に戻っても何もわからないだろうし、このままもう半分たっぷり二度寝をしてしまおうか。

 ……ん?


「え、あれ、四条、授業は?」

「出てないけど」

「サボりじゃん」

「秋原には言われたくないね」

「ぶっ倒れたまま授業出ろと?」


「そんなことは言ってないでしょー」と四条は私の額を指で弾いてきた。


「秋原、弱っちだからねぇ。ぶっ倒れるのもしょうがないしょうがない」

「弱っちい……」


 実際そうかも知れない。私の生活は基本、絵に傾倒したものになっている。休日は家から一歩も出ないで絵を描く。平日は家に帰る前に絵を描く。帰っても絵を描く。もちろん家から出ない。……高校生でこんな生活をしていて大丈夫だろうか。


「……秋原って、不満を溜め込むタイプ?」

「急にどうしたの」


 藪から棒に出てきた質問に、私は眉を潜めた。大方、さっき私が大丈夫大丈夫と言っていたからだと思うけど、心配しすぎだとも思う。悪夢を見て、精神的に少し参っているだけだし、身体に不調が出ているわけじゃない。……いや、体の不調なら今出てるか。


「だって、なかなかさっき話てくれなかったから」

「四条が心配するほどのことじゃないよ」

「それでも、悲しいよ。秋原が辛いと思ったんならどうにかしてあげたいし、それ以上に、その辛さをわかってあげられないのが、私も辛い」

「四条ちゃんは私の全部をわかりたいのかな?」


 少しふざけてそんなことを言ってみるが、四条からの返答はなかった。ここで何も言われないほうが恥ずかしいのだけれど。


「……ま、四条だって私に隠しごとくらいたくさんあるでしょ。不満とかも聞いたことないしね」

「不満とかないし」

「私に一つくらいあるんじゃないの?」

「ないよ」


 言い切られてしまった。


「……秋原は、私になにか不満があるの?」

「え」

「そう聞くってことは、あるのかなって思っただけ」


 あるわけない、と私たちが本物の恋人なら私はそう言っていたかもしれない。実際、私は四条にほとんど不満を抱いていない。むしろ、四ヶ月前半ば脅しをしてまでこの関係を取り付けたのに、良く付き合ってくれていると感謝をしたくなるくらいだ。

 ただ一つ、絶対に看過できない不満があった。以前までの私なら無視していた。けれど、私は四条とここまで深いつながりを持つことができた。だからこそ生まれてくる、不満。

「不満、あるよ」と小さく呟くと、四条は肩をすくませた。怖がっている。それが、わかる。わかる、ということ自体が私にとってはよくなかった。


「──いつも、私の前で演技してるでしょ」


 そう、私は、表情から人の気持ちを読み取る力が著しく衰えている。だからこそ四条との協力関係が生まれて、私は人の心を理解しようとする努力を、四条は演技を鍛え人を騙しきろうとする努力をしてきた。

 ……私は、人の気持ちがわからない。最近はこの特訓を通してマシになってきたけど、それでもまだまだだ。私に根付いた過去は、常に私の茎を曲げて成長させる。現実逃避という、あまりにも強引で大雑把な手段で。

 けれど、私には作品を見る力がある。映像作品だとか、漫画、絵画、なんでもいい。演技だってその範疇。私が見て『わかる』ということは、その作品の範疇にある。四条の表情は、いつも、わかりやすかった。


「私は人の本当の気持ちを汲めない。けれど、四条だけは、その演技を通して気持ちを理解できた。けど、最近は少し寂しいって気持ちもあるよ。友達、なんでしょ。私と二人の時でも演技を続けられるのは、ほんの少し、寂しい」


 ……これは、私のわがままだ。私の人生に絵が欠かせないように、四条の人生には演技が欠かせない。それを剥ぎ取れ、と言っているのは、酷だ。私は、私の絵が”かさぶた”に似ていると思う。私は中学で心に傷を負った。それでも、その傷を絵で覆い隠すことができた。縫合するよりも自然に、強力に、時間をかけて癒着したソレは、剥がそうとすれば激痛を伴う。四条の演技も、そうかもしれない。四条が過去になにかあったとか、なにかトラウマを抱えているだとか。そんな話を私は聞いことがない。それでも……その演技を続けるにはなにか理由があるはずだ。常に演技をし続けなければならない理由。それが何にせよ、私は、四条の本当を見たい。


「それ、は」


 笑顔が僅かながらに崩れたのが見えた。その隙間から覗くものは、私にはわからない。それでいい。やがて、何かを弁解するように四条はぽつりぽつりと言葉を話し始めた。遠慮がちにして顔を隠そうとする仕草とか、伏し目がちに見てくるところとか。そんなところを愛おしく思いながら、話を聞き続ける。


「私の演技は……その、秋原にとって不都合なものを、隠すわけじゃ……」

「でも、四条は演技を続けてる。今も、少ししか本心が見えてない。演技って、わかるからね」

「その……」


 少しやりすぎただろうか。だけど、ここでこの不満を解消しないとこの先私は四条を信じられなくなる。演技を見せてくれることは、感情を読み取れない私への配慮かもしれない。演技を続けることは、彼女にとって当たり前のことなのかもしれない。私は呼吸をするように絵を描く。四条は手足を動かすように表情を作り出す。そういう話かもしれない。難しいことなんて、なにもないのかも。でも、どんな形の着地点でもいいから、私はアンサーがほしい。言えないのなら、それでいい。それが四条のアンサーだというのなら、私はそれで納得する。待つことができる。


「……ごめん、言えない」

「そっか」


 そんな答えでも、私は満足できた。練習してきた笑顔を、綺麗に作って四条に見せてみる。精一杯の感情表現。せめて四条が笑ってくれれば、と思ったのだが、四条は真剣な表情になってから私を抱きしめてくる。


「わ、急にどうしたの」

「さっき、ハグしたいって言ってたから」 

「あぁ……」


 倒れる前のことを思い出しながら、言葉を反芻する。あのときは悪夢で参っていたらからあんなことを口走ってしまったので、今になると少し恥ずかしい。離れようとするけど、四条がその倍以上の力で私を抱きしめてきた。ちょっと、苦しいよ。なんて、言えなかった。なんだか、四条が甘えてきてるみたいで。


「絶対、いつか話すから。絶対、ぜぇぇぇったい……私の心の準備ができてからだけど」


 どんな表情をしているのか、私からは見えなかった。だけど、耳元が少し赤くて、体温が熱っぽくて、声が僅かに上ずっている彼女の様子を見れば──私が今の四条の表情を見たところで、その心を読み取ることはできないのだろうと確信させる。

 そっと、私は四条の背中に手を回した。背が高い彼女を抱きしめようとすると、かなりいっぱいいっぱいになってしまう。やっぱり大きいな、なんて感じながら、軽くその背中を撫でてみる。


「いじわるなこと聞いちゃったか」

「ううん……私こそ、演技ばっかでごめん」

「いいよ別に」


 ──だって、まだ、私は四条の知らないところを知れるから。

 ……全部を知りたいというのは、お互い様なのかもしれない。

『あなたのことをおしえて』という曲をおすすめします。

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