第三話 この表情が一番
「お、秋原」
久々に一人、美術室で絵を描いていると、部員がやってきた。──変人揃いの美術部。そう呼ばれる理由のうちの一人。長い茶髪をなびかせながら入ってきたのは、佐伯先輩だ。堂々とした振る舞いに、少し粗暴で男勝りな態度。何かと私に似ているところも多いと思う。
「ちょうどいいや、聞きたいことあったんだよ」
「なんです? 佐伯先輩関連って、いい思い出ないんですけど」
「そう思うのはお前の感性が乏しいからだな。出直せ」
「いやだなぁ、この人」
堂々としすぎているというか、軸がしっかりとしすぎている。自己中心的というよりも、唯我独尊的。私にも曲げられない軸や信念というものはあるが、この人は私以上だ。人としての格式が高い、あるいはカリスマ性があるような、そんなイメージ。実際、それに基づくだけの美貌と技術を持ち合わせている。女帝、と言いたくなるような人だ。
「お前四条と仲がよかっただろう。だから、彼女にモデルを頼めないかと思って」
「佐伯先輩が? モデルを? 人に頼む???」
正直、見た目が整っているという点で語るのなら四条と佐伯先輩は甲乙つけがたいといった感じだ。可愛らしさと美しさを兼ね備えている四条。美しさに振り切っていて、高嶺の華とも呼ばれる佐伯先輩。四条は学年で有名人だが、佐伯先輩だって学校中でわりかし有名だ。もちろん、悪名のほうが多いけど。
だがそんな佐伯先輩目当てで入部してこようとする男子もいると聞いた。とにかく美しいというエピソードにおいては事欠かない人だし、モデルなんて自分で写真を撮れば全部解決すると思うんだけど。
「そんなに不思議か」
「まぁ……佐伯先輩、自分のことモデルにすればいいじゃないですか。モデル体型だし」
「確かに秋原の貧相な身体と同じにされたくはない」
「チビで悪かったですね」
「褒めてるよ」
「貧相を褒め言葉で使ってる人初めてみましたよ」
けど、どうだろう。かなり感性が独特な人だし、よくも悪くも正直な人だ。本当に褒め言葉で使っている可能性がある。信じたくないけど。
「で、どう? 四条は引き受けてくれそうか?」
「無理でしょうね。知ってるでしょ? 四条は忙しいんですよ。私みたいなのとは違って友だちもたくさんいて、その子たちと一緒に遊んだりとかで」
「一昨日昨日は秋原と遊んでいたらしいけど」
「…………」
「なんだかんだ隅に置けないよねぇ秋原。ま、いいや。なんで今日は一緒じゃないの?」
「普通に友だちと帰ってましたよ」
「ふーん」
昨日だって、四条はほぼ無理を通して私と放課後出かけたようなものだ。今日こそ例の友だちたちと遊ばないと、すねそうだし。で、最悪なのはそのすねた友だちが私に嫌がらせをしてくること。面倒くさくてたまらない。実際前に一回あったし。
「じゃあ仕方ないな、秋原、モデルになれ」
「だーかーらー、佐伯先輩が自分で写真でも撮ればいいじゃないですか。あなた本当のモデルみたいだし」
「口説いても私は惚れないぞ」
「貶してます」
「モデルさんみたい、を貶し言葉で使うやつは初めて見たな」
笑いながら、佐伯先輩が私の隣に椅子を持ってくる。そのまま腰を下ろすと、まじまじと私の絵を見てきた。……よく人に見せたりするから恥ずかしいとかはないけど、それでもじっと舐め回すように見られると少し、ムズムズする。
「……はー、いつも思うけど、お前はいい絵を描くよな」
「口説いてます?」
「普通に褒めてる」
佐伯先輩も絵がうまいから、そう言われるのは素直に嬉しい。私の絵は、世界観を重視したイラストチックなものだ。ある場所の風景を切り取って描き、その中にキャラクターを描く。キャラクターと言うより風景がメインになっているから学校みたいな人が多いところでも気兼ねなく描けるし、絵柄の関係でアナログでも描きやすい。四条をモデルにしたりするときはもちろん人をメインに描くのだけれど。
「今どきのイラストって感じもありつつ、ノスタルジックな感じが好き」
「本当にちゃんと褒めてるじゃないですか。怖い」
「まーね。でもわからないな。秋原って風景メインだし、キャラクターの造形には深いこだわりはないだろ?」
「まぁ……服装とかそのくらいですかね」
「ならなんで最近キャラクターの表情にこだわり始めてる?」
……恐ろしい人だ。四条ほどではないだろうが、この人も観察眼が優れている。四条との関係を知らないのに、ここまでのことに気づくことができるとは。
確かに、私は最近風景や背景よりもキャラクターに力を入れ始めている。四条との特訓を活かしたいから、というのは違う。目的と手段が逆になっている。だから、その根幹にあるのは──
「……いや、私も現実を見なきゃかなと思って」
「はい?」
「色々あるんですよ」
佐伯先輩を突っぱねて絵を描いていると、先輩が抱きついてきた。絵の具が着いてしまいそうだからやめてほしいんだけど。
「それよりさぁー、絵のモデルになってくれよ秋原ぁー」
「なんで私なんですか」
「可愛いから」
真面目な顔で言うのもやめてほしい。本気か嘘なのかわからなくなりそうだから。まぁ、この人は冗談でこういうことを言える人だから多分これも冗談なんだけど。
「はいはい」
「冗談だと思ってるだろ」
「そりゃね」
「私が冗談で絵のモデルを頼むこと、あったか?」
「……はいはい」
不機嫌そうに佐伯先輩が頬を膨らませている。整った顔立ちをしているから、それすら画になる。本当に、この人がモデルをやればいいのに。……頑なにやらないのは、なにか理由があるのだろうか。
「ぺちょ」
可愛らしく言いながら、先輩が絵の具を掬って私の頬につけてきた。何なんだこの人は。何がしたいんだ本当に。
「いい度胸してますね」
「無表情でそう言われるとゾクゾクするな」
「そのまま震えて眠ってください」
佐伯先輩が変人と言われる理由の片鱗。──屈指の女好きというところ。変態というか、なんというか……大の男嫌いで、特に自分に行為を向けてくる男性に特大の嫌悪を示すらしい。先輩に告白しようとしてえげつない毒を吐かれた男子生徒は数しれず。大雑把な言い回しが多い人だけど、実際は語彙力にも富んでいるから言葉巧みに心を折られた男子生徒は立ち直れないだろうなぁ……。
「おーいー構ってくれよ」
「絵を描いてるんですから邪魔しないでくださいよ。自分の邪魔されたら怒るくせに」
「それとこれとは話が別だ。私は猫なんだよ。構ってほしいときに構ってほしいし、構いたいときに構うの。猫、好きだろ?」
「先輩は可愛げないからヤです」
むぅ、とまた頬をふくらませる。ちょっとあざとい気もするが、この人なら素でこれをやっている気もする。同性の私でも可愛いと思ってしまうくらいだし、先輩に惚れ込んじゃう男子が後を絶たないのも納得かも。……全員返り討ちにあっているわけだけど。
「じゃああれだ、勝負しない?」
勝負。先輩がその言葉を使うときは、十中八九SNSにイラストを投稿してどちらがよりリアクションをもらえるかの勝負だ。フォロワー数が同じくらいの私と先輩は、この勝負をするのにちょうどいい。だが、どちらかというと私の方に分があるといえばそうだ。水彩感のある私の絵柄の関係上、アナログでもデジタルでも絵を描くことが可能。だから、普段学校で美術部活動をしている時間でも、私は自分の絵柄で練習することができる。対して先輩はアニメ塗りが主体の今どきのイラスト。デジタルが主戦場だ。学校で練習をしているときは、主にデッサンが多い。
自分の絵の理解度が高く、慣れという面からでも筆が早く理屈抜きに高い完成度で絵を作れる私。基礎がしっかりとしていて、理論や確かな技術で万人に理解され支持される絵を作れる先輩。
美術部ツートップ。それが私たちの画力。基礎が誰よりもしっかりとしている先輩との勝負は、いつも何かを学ぶことができる。細かなパース、人体構造、陰影の使い方。まだ、私はこの人の足元にも及んでない。
「いいですよ。勝負、久しぶりにやりますか。期限はどのくらいにしますか」
SNSで得られる評価値を得点化して、期限内にどちらがどのくらい得点を伸ばせるのか。ここまでの勝敗はほぼ五分。だからこそ、おもしろい。一緒に絵を描いてくれる人がいることは、何にも代えがたい──
「ん? 今回はSNS使わないよ?」
「え」
その言葉で呆気にとられてしまった。じっと先輩を見ていると、楽しそうに説明をしてくれる。相変わらず温かい笑顔を見せる人だ。太陽みたい、というよりも春みたいって感じの。強い光とか熱じゃなくて、誰も彼もを受け入れるみたいな優しさ。
「今回は美術部員から点数を出してもらう部内戦。あえて”期限”を設定するならこれから一時間。部内トップツーが勝負するって言えば、一時間後でもみんな来てくれるでしょ」
「ちょ、ちょっとまってくださいよ。じゃあ、今回の勝負内容って──」
「”お互いの人物画”──つまりアナログ勝負。絵柄や色彩の観点で秋原に分があるけど、デッサンやパース、細かいところで私に分がある。いい勝負でしょ?」
だけど、テーマ設定が人物画になっているのなら、最も評価されるのはそういうデッサンだ。どのくらい人体を丁寧に描けるのか。服の構造、しわ、影、光──平等な勝負に見えて圧倒的に佐伯先輩が有利だ。
しかも今回は一時間での制作。純粋な筆の早さも完成度に左右される。もちろんこれも先輩のほうが早い。
「いい勝負、ですかね」
「いい勝負いい勝負。確かに、前までなら私のほうが圧倒的に有利だったかもしれないけどね」
「……?」
どういうことだろう。別に、今の私も昔の私も対して画力や筆の早さに大きな差はないはずなんだけど。意味がわからないままでいると、先輩が絵を描く準備を始めた。早く準備をしろと言っているみたいで、私も釣られてキャンパスを新しくする。今まで描いていた絵は別日に描くとしよう。
お互いに準備ができると、向かい合う形で座る。今回のお題は”お互いの人物画”。……そういう意味で言うなら、確かに私のほうが有利なのかもしれない。佐伯先輩は改めて見なくてもモデルみたいな、絵みたいな人だ。
黙っているからお嬢様みたいな清楚で長い茶髪。まつ毛も長いし、大きな瞳は伏し目がちになってもきれいに見える。鼻筋も通っていて高く、やはり美しいという印象が何よりも先行する。本当にどこかのお嬢様なんじゃないのかな? これだけ美しいと、やはり描きやすい。そのまま絵にするだけで画になるのだから、私のほうが簡単だ。するすると形を取って、そこから詳細化していく。
「……もしかして、その眼鏡って度が入ってないの?」
反射的に眼鏡に指をかけた。フチの細い丸メガネ。
「あぁ、これですか。よくわかりましたね」
「顔の輪郭がズレてない」
「なるほど」
理屈はわかる。けど、改めてめちゃくちゃじっと見られているのだなと感じてしまって少し恥ずかしい。
「なんでそれかけてるの? ない方が垢抜けて可愛いんじゃない? あ、そのままでも可愛いよ?」
「女の子口説かないと死ぬんですか?」
「いやいや……本当だって。で、なんで伊達メガネ?」
鉛筆を立てて、片目を閉じて残ったもう片方の目で鉛筆越しに私を見てくる。絵を描く人がよくやる、対象の比率を測るときの手法だ。私はすかさずそれを指さした。
「それ」
「ん?」
「それですよ。先輩だって、何かを描こうとする時そうやって比率を測るでしょ? 顔を傾けて、眼鏡のフチを合わせれば、これでも似たようなことができるんですよ」
色々と、便利なのだ。いつも絵を描いているとか、いつも絵のことを考えているわけじゃないけど、それでも今後描きたい景色とかものとかの比率を測る事ができるというのが素晴らしい。
「本当に、絵を描くのが好きなんだね」
「先輩も人のこと言えないでしょ」
「じゃ、私のことは好き?」
また冗談を、と思って先輩を見てみるけど、いつもより引き締まった表情をしている。……あれ、この人ってこんなに真面目な顔もできたのか。「全然好きじゃないです」というのも憚られて、ちょっと言葉を選ぶ。
「……まぁ、先輩ですし。尊敬はしてますよ」
「それは、好き?」
「え」
ぱち、と瞬きをする間に先輩が立ち上がった。いつの間に。容姿だけじゃなく、一つ一つの所作も洗練されたような人だ。どこかの暗殺者みたいに素早く音もなく動いたりする。目を瞬かせているうちに、先輩が私の目の前まで迫ってきた。一時間しかないから、早く元の場所に戻って欲しい──とか。どうして今こんな近くまできたんだろう──とか。どうして私は何も言えなくなってるんだろう──とか。そんなことを一つ一つ考えているうちに、先輩は私の頬に手を添えてきた。
「私は、好きだよ? 秋原のこと」
ふっと笑うから、こっちもそれにつられてしまいそうになる。
「私、は」
そもそも、先輩の言う好きってなんだ。私のことを友人として好いてくれているのか? それとも……いや、女好きとは言っても流石にそれは……ありえる、けど。どういうのが正解なのか迷っているうちに、先輩は顔を近づけてきた。自然と視線が唇に吸い込まれる。この雰囲気、わかる。四条が頭をよぎった。初めてキスをされたあの放課後。二回目のキスをしたパン屋。あの時と、同じ雰囲気を感じる。咄嗟に、手を口元に持っていった。ちゅ、と手のひらにとても柔らかい感触を感じる。
「……ん、だめなの?」
「や……だって」
そこから言葉が出てこなかった。嫌じゃない。けど、それは違う気がする。嫌じゃないからってキスをしてたら、私は大抵の人間とキスをできてしまう。
「四条とは、してたのに?」
びっくりして、手のひらをどかして先輩の顔を見る。いじわるな、いつもの佐伯先輩だ。
「パン屋のところでしてたじゃん。しかも、秋原から」
「あれは……色々事情があって」
見られてたのか。とはいえ、演技の練習のため一時的に恋人っぽいことしてるんです、なんて言っても納得してくれないだろう。内容が意味不明だ。それに、私と四条だから──悩みを抱えた者同士だからこそ、この関係性は成り立ってる。だけど、佐伯先輩は完璧だ。絵が描ける、運動ができる、勉強ができる。やっぱり、少し、違う。
どうにか色々と理由を探して、先輩に何かを言おうとしたけど憚られる。「先輩は私たちと違うから」と言ってしまうのは、なにか胸のあたりがモヤモヤとしてしまう。
「その事情、私には言えないの?」
「や、その……大した事情でもないんで……」
「大した事情じゃないのに言えないんだ?」
「……うぐ」
どうにか良い言い訳を考えてみるけど、どうやったってそんなもの出てこない。私と四条がキスをしていて、しかも私からしていたことに関してどう言い訳をすればいいんだ。申し開きもありません、としか言いようがない。煮立った頭で、からかうような笑みを浮かべる先輩を見つめる。わけもわからなくなって、私は先輩の口元にキスをした。
ちゅ、と小さいリップ音。口の端の、ほっぺとも唇とも言えないところ。
「こ、これで勘弁してください……?」
きょとん。本当にそんな擬音が聞こえてきそうな顔で、佐伯先輩は私のことを見つめてくる。そりゃそうだ。いきなり、あんなことしたんだもの。ああと頭の中で叫んでみるけどもう遅い。すぐに、先輩はにんまりと笑った。
「ふぅん、そっかそっか」
「な、なんです」
「秋原はキスが大好きなんだね~」
「なっ」
そんな痴女みたいな。私はこれまで男子とキスどころかハグも、手を繋いだこともない。……四条とはやったけど。
「ま、いいや。秋原って冷静に見えて割と感情的だからね。四条の時もこんな感じにわけわかんなくなってキスしたのかな?」
「私はいつだって冷静です」
「どーだか」
満足そうに先輩は椅子に戻った。 鉛筆を取って、また絵を描き始める。何だったんだ、と思いつつ、じっと私は手のひらを見つめてしまった。さっき、先輩の唇が当たった右の手のひら。少し湿っぽくて、でも、本人が目の前にいるから手を拭くこともためらわれる。……いや、先輩相手なんだからそのくらいのことしたってバチは当たらない気がするけども。しかたないから、その感触を握りしめて、私も鉛筆を手に取る。馴染んだ重さを確かめながら、ディティールを描き込むために視線を上げる。
「……あの」
「ん、なぁに?」
「いや……やっぱりなんでもないです」
視線がかち合ったとき、少しだけ息を呑んでしまった。言えるわけない。先輩の表情がさっきよりもずっと穏やかで、綺麗で、びっくりしてしまったなんて。
「表情、描き直しじゃん」
先輩に聞こえないよう、小さくつぶやきながら表情を描き直す。綺麗に描けた先輩の顔を消すことに僅かな罪悪感を覚えながら、練り消しをこすりつけた。
□□□
「おー、やっぱ二人ともうまいなぁ~」
一時間経って、美術部員全員が部室に集まっていた。まさか、本当に集まるなんて。私と先輩を含めて十人弱の部活。人数はそこまで多くないが、将来絵を描くことを仕事にしようとしているような人たちの集まりだ。その一票は非常に価値がある。
「ふふーん、さぁさ、みんな遠慮なく投票したまへ」
先輩は胸を張ってみんなの様子を後ろから見ている。部内戦における投票は、基本的に匿名で作品が出される。先輩後輩とか、個々人の関係性で投票が偏るのを避けるためだ。なんて、そんなの、今はただの形だけになっている。正直、私たちはお互いの絵柄をおおよそ把握しているから絵を見ればどちらの絵が誰のものなのかすぐに分かる。でも、みんな公平性を保てるように投票する。一人の絵描きとしてお互いを認めている。そんな場所が、私にとっては心地良い。
負けるだろうことはなんとなくわかっているから、期待はせずにその結果を待つ。
「いや~いつも迷うけど、今回はもっと悩ましいな。秋原、画力上がった?」
同学年の美術部員の女の子が私に声をかけてきた。
「んー、どうだろ。相変わらず絵は毎日のように描いてるけど、特に実感はないよ」
「ふーん?」
しげしげと私と絵を見比べながら、その子は私の絵に投票してくれた。
「え、ほんとに?」
「なにが?」
「や、佐伯先輩じゃなくて私に入れるんだって」
「今回はね~、何ていうんだろ。確かに、デッサンとかは先輩のほうが上かもしれないけどさ、こう、秋原の方はさ」
にっ、とその子は指で口の端を持ち上げた。
「表情が特に良いなって思ったから」
それは、と言いかけて言葉に詰まった。先輩の表情が良かったから? それとも、四条との特訓が画力として表れたから? どっちなんだろう。わからなくなって、私は適当に返事を返すことしかできなかった。考え事をするときみたいに、口元に手を当てる。どっちも、といえばそうなのかもしれない。私の画力は日に日に成長しているに違いないし、四条という演技のプロフェッショナルのお陰で表情に対する理解は飛躍的に深まっている。だから、あの時の先輩の表情に思わず目を奪われたんだもの。
……うーん?
ちらと先輩を見ると、目があった。楽しそうに、私の方に近づいてくる。
「間接キスしたくなったのかな~?」
ニマニマと笑う先輩を見て、私は反射的に口元に当てていた手を離す。すっかり忘れていた。
「……違います」
「そっかそっか」
やっぱり、私はこの人が苦手かもしれない。いつもからかってくるし、私のことを子供みたいに扱ったりするし。
結局、投票の結果はわずか一票差で私の負けだった。負けたことに対する悔しさとかよりも、まさか先輩相手にここまで善戦できたことに驚いた。
「また私の勝ちだな」
勝ち誇ったように、先輩はまた胸を張る。ニマニマ笑ったり、ドヤ顔をしてみたり、いろんな顔を私たちに見えてくれるけれど──
「そうですね」
自分の絵を見ながら、私は小さく笑ってみた。色んな顔を見せてくれるけど、先輩は──この表情が一番だと思う。
リアルのほうが少し落ち着いたので執筆を本格再開しました。
他で賞に応募しようと考えている作品があり、そちらと並行執筆になるのでどうしても速度を出せませんが頑張っております。
商業作家並みに毎日書いている気がする(小声)
次回は戻って四条メインの話になるのでお楽しみにしていてください。
佐伯先輩を好きになった方、面白いと思っていただけた方は評価・感想いただけると励みになります。




