第二話 不意打ちはチョコの味
秋原みのり。それが私の名前。私の人生が実り豊かなものになりますように、という意味で両親はつけたらしい。苗字が『秋原』だから豊穣の秋なんかにも関連付けられていそうだけど、両親から聞いたことはない。将来苗字が結婚して変わるかもしれないから、教えなかったのかも。
早朝、洗面台の前で自分の顔を睨みつける。小柄で小さい肩。伸びた黒髪に青みがかった薄灰色の瞳。フチの細いメガネをかけているけど、これは伊達。
対して四条。背は高いし、手足も長い。肩くらいまでだというのに、丁寧で綺麗に整えられている赤っぽい髪の毛は彼女の明るい印象とマッチしている。目も大きくて、メイクも上手い。まさに華の女子高生って感じ。対称的と言うには余りあるほど共通項がない。
「よく私は四条とあれだけ仲良くなれたよなぁ」
ある意味じゃ、私の人生は実り豊かなものになっている。『絵』の才能を早くに見つけることができて、『演技』の才能を持つ四条を友に持つことができた。最初こそ半ば脅しのようなものだったが……
──四条の『演技』は、俳優などのそれとは違ってより自然に、かつさりげないものだ。本人がその気になればちゃんとした芝居としての演技もできるだろうが、学校や日常生活が主戦場になっている彼女はそれだと大げさになる。ちょっとした微笑み、ほんの少しの不機嫌を醸し出す表情、悲しみを表現するための目の潤い。下手したら大げさにやるよりも難しいだろう演技を、彼女は毎日行っている。
それを、当初の私は見抜いてしまった。
それが一種の芸術であり創作であり作品であるのなら──私は認識することができる。彼女の本心からでた表情じゃなかったからこそ、私はそれが作り物であるとわかった。完璧な笑顔に、不快感のない不機嫌に、美しい目の潤い。どれもが嘘を物語っていた。あまつさえその嘘を交渉材料にしてこの関係を取り付けたのだから、強引極まりないというものだ。
「いってきます」
諸々の準備を済ませて、学校に向かう。私にとっては、この登校すら絵の練習だと思っている。遠くの景色の色合い、建物のパース、人物の頭身なんかが私の目に入ってくる。無意識に、というよりかは意識してそういう見方をしているわけだけど、これも案外楽しいものだ。
……逆に、これだけ私の生活は絵に侵食されてしまっているとも言える。普通の高校生なら勉強だとか部活だとか、それこそ恋愛だとか。みんないろいろな苦悩を抱えて生きているが、私は大した苦悩もない。絵という一本芯があって、それが揺るぎないものだから脇目も振らず人生を前進することができてしまう。暇つぶしを脳内でしていると、あっという間に学校だ。いつも時間ギリギリなので、さっさと教室へ向かう。
「おはよう! 秋原」
……まぁ、色々言ってはみたが、昨日、こんな恋愛の「れ」の字もない私に疑似恋人ができたんだけど。
「おはよ……四条」
また、四条の友人に睨みつけられる。どれだけ私は嫌われてるんだ。確かに、四条は人気者だ。彼女のもつ『演技』の才能はその美貌とともに人誑しに拍車をかける。それで、結果がこれだ。四条を神格視している連中が、私のような”ひっつき虫”を邪険にする。いやだとか、悲しいとか、そういう感情はないけれどひたすらに面倒くさいとは思う。しかもこれが四ヶ月続いている。そろそろ刺されるんじゃないかな、私。
HRの鐘が鳴ったので、そそくさと自分の席に座る。タイミングがよかった。あのままだと、四条の友人に難癖つけられそうだったから。
□□□
「あ、秋原さん。ごめんねぇ、今日こそはちょっと私たち桜と用事があるからぁ」
難癖をつけられた。いや難癖というべきなのか? ただ単に絡まれたと言うか、つばをつけられたというか。放課後になってすぐ、四条の友人が私のところにやってきた。四条はトイレか何かで離席しているらしい。助けは期待できそうにない。おい、私の恋人や、助けてくれやい。王子様みたいなことをするなら今がチャンスだろ。
「そう。でも、昨日そっちの用事は断るーみたいなこと言ってたけど」
「……そんなわけないでしょ」
「さぁ、じゃ、本人から聞いてみるのが早そうだね。四条はどこにいるの?」
きょろきょろと見回すふりをしてみるが、やはり四条はいない。どこにいったんだ、あいつ。恋人の演技をするなら一緒に帰るくらいの甲斐性を見せてほしいんだけど。
「……生意気」
「なにが」
「あなた、桜に目をかけられてるからって調子に乗ってない? その上からな態度とか」
「別に見下してるわけじゃないよ。ちょっと人より夢中になるものがあって、他人が眼中にないだけ」
内心で自嘲する。私は、一言で言えばそういう人間だ。絵に夢中で、人の気持ちを汲み取れない。だから、私は他人の気持ちがわからない。
一触即発の様相を呈してきたその場に、ようやく四条が登場した。いつものように明るい顔で、私たちが諍いを起こしていることも知らずに割行ってくる。
「わ、どうしたのみんな。なんか顔怖いよ?」
「ちょうどよかった。四条、この人たちに説明を──」
「桜ぁ!」
きん、と耳を割るような声が響く。どうも私は、この人の声が嫌いだ。聞いていて疲れるというか、とにかく相性が悪い。話し方も気に食わない。間延びした語尾がテンポを悪くしている気がする。
「おーよしよし、どうしたの」
「ちょっと聞いてよ、秋原が──」
「あ、そうだごめんね。今日も私秋原と一緒に帰ろうかな」
「桜ぁ!?」
「桜ぁ」のバリエーションが多すぎる。さすがは四条の友人だ。ユーモアセンスに富んでいる。
「な、なんで……」
「秋原は私の大事な人だからね~」
「だから──」と四条は声を潜めた。
「あんまり意地悪しちゃダメだよ」
にこやかにそう言うと、四条は友人から離れた。……まったく、素晴らしい表情だ。笑顔なのに、しっかりと怒りを感じることができる。私の技術じゃ、演技であれを再現するのは不可能だ。絵なら容易だけど、”それだけじゃだめだ”。いつか、ああなれるといいんだけどな。
「いこっ」と声が聞こえたかと思うと、私は四条に引っ張られて教室を飛び出した。慌てて荷物を取ったからバランスが崩れているし、何より私と四条じゃ足の長さが違いすぎる。こいつめ、どれだけスタイルがいいんだ。必死でついていくのに精一杯になりながら、学校の玄関までたどり着く。私はもう肩で息をしないといけないくらい疲れているのに、 四条は息一つ切らしていなかった。ばけものか。
「ちょ……早すぎ……」
「そういう秋原は運動不足すぎ」
「私の人生に運動はいらない。動きは、キャンパスの中だけで作る」
「早死するよ?」
「巨匠は得てして短命だから」
軽口を叩くと、四条は「なにそれ」と笑ってくれた。とても、わかりやすくて助かる。……が、私が求めているのはそうじゃない。『絵』の才能を伸ばすだけなら確かにそれでもいいのだが、なんというか、私のわがままというか。好奇心? 興味本位? よくわからないけど、やはり隠されているものが気になるのは人の性。やっぱり、本心が見たい。……私が本心を見ても、何も汲み取れないとは思うけど。
「私を連れ出したってことは、恋人演技の練習でしょ? 昨日の今日で早いよね」
それに、頻度も高い。連日演技練習は久しぶりだ。
「恋の演技って今までで一番難しそうだしね~」
「そうなの?」
「だって、秋原恋とかしたことなさそうじゃん」
「あるし」
「ないなーこれは」
……実際、ない。初恋もまだだ。というか、恋愛への憧れも少ない。ちょっとそれは女子高生としてまずいのでは? と思わなくもないが、興味がないのだからしょうがない。面白そう、みたいな他人事としてなら多少興味はあるが、それまでだ。
「んー、じゃあ、今日はデート行こうか。デート」
「……何するの」
「初デートだから大事にしたいよね。どこがいいかな? って、秋原にはわからないか~。恋愛したことないもんね?」
「あるし」
「ふふ、ないなー」
小馬鹿にしたような感じなのに、不快感が全く無い。人の怒りのラインを見極めるのが上手いらしい。それはそれとして、やっぱりちょっと悔しい感じはある。確かに四条なら男なんて選びたい放題かもしれないけど、それは”石油王は何でも車買えるよね”って話だ。一般人と比較できるわけない。
「理想のデートとか、ないの?」
「……考えたことないかも。逆に、四条はあるの?」
「そりゃ、乙女ですから」
「あんま自分で乙女っていう人いないけどね」
だけどやっぱり、このデートは大事だ。私は絵がうまくなりたくて、そのために恋の演技を身に着けたい。というのもあるし、同じくらいに四条の本心を見てみたいという気持ちがある。デートなら、どうにかして彼女の本心を引きずり出せないだろうか。それこそ、昨日やられたみたいにキス……してみるとか。
「なぁに?」
四条と、バッチリ目があった。
「や、別に?」
「ふーん?」
「ニヤニヤしないで。叩くよ」
「ひどい」
げし、と軽く叩いてみるがびくともしない。体幹も強いのか、この完璧美少女め。
「ま、なんか食べに行こっか! お腹空いちゃった」
「え、もう?」
まだ放課後だ。……いや、もう放課後か? 私は一日二食でも動けるから、この時間に何かを食べたことはない。
「……秋原、そういえば一日何食食べるって言ってたっけ」
四条がジト目で私を睨んでくる。しっかり開いていないというのに、相変わらず大きくてキラキラとした目だ。
「あー、えと、不定期……?」
「なんでそうなるの……」
「朝はめんどくさくて、昼は眠くて、夜は疲れてるから。あと絵描いてる時とかは手が離せないし」
「はいはい、食べに行くよ。私が見てないと食事もできないのかこのお絵かき少女は」
そう言うと、四条は私の手をとって歩き始めた。別に、手を繋がなくてもいいんだけど。これも恋人の演技だからか、指を絡ませてくる。嫌というわけでもないし、合わせて私も指を組む。恋人繋ぎになると、四条がこっちを見てきた。
「なに」
「ふふ、別に?」
きゅ、と彼女の握る力が強くなる。いつもは歩く速さに差があるのに、今日は一緒に歩いてくれている。少し歩幅を小さくして、私の隣に。見上げるようにして横顔を見ると、傾き始めた太陽と重なった。光が強くて、表情を見られない。どんな表情をしているのだろうか。
「一応聞いておくけど、どこに行くつもり?」
「パン屋! なんか駅前に新しくできたらしいよ」
「え、駅前たまに通ってるけど気づかなかった」
「ちゃんと周り見てるの~?」
「見てる見てる……はずなんだけど」
空いた手で四条に突かれながら、駅前まで歩く。幸い、下校中の同級生はいないみたいだった。下校直後から少し時間が経っているからか。なんにせよ、運よく回避できてよかった。学年のマドンナと一緒に仲良く手を繋いで帰っていると知られたら、どうなるのかわからない。それくらい、四条には魅力がある。人を惹きつけるだけの力が。
十分ほど歩くと、駅とパン屋が見えてきた。本当に、駅前すぐそこ。どうして見落としてたんだろう。私の観察眼はそんなにダメなものだったか? もしかしたら、私に自覚がないだけで近くのいろいろなものを見落としているのかもしれない。
新しくできたとだけあって、とても綺麗でモダンな外装。こぢんまりとして可愛らしい雰囲気。落ち着いた色合いの看板なんかも店の外に出ていて、近くまで行くといい香りが鼻腔へ入る。ガラス張りの店正面から中が見える。ショーケースが横一文字に置かれていて、中に色々なパンが並んでいる。
「へぇ、こんなところが」
「私も初めてきたけど、いいところだね。私、こういう落ち着いた感じのところ好きなんだ」
「四条はいつも騒がしいけどね」
「なにおう」
言い合いながらも、二人でパンを選んだ。私は一番人気と書いてあったメロンパンを、四条はその隣にあったチョココロネを買う。
「一番人気とか、買うタイプだったんだ」
「ダメなの?」
「『一番人気って書いてあるだけバカの一つ覚えみたいに買うやつは愚かだよね』とか言い出しそうだし」
「言うわけないでしょ。一番人気って書いてあるだけで買う安定思考しかない人は人生楽しいのかとは思うけどね」
「めちゃくちゃ毒舌じゃん……」
店の外でパンを食べる。大きなメロンパンで、一かじりするのにも苦労した。顎が外れそうになりながらも、やはりメロンパンは美味しい。いくつになっても変わらず好きだろうな、これは。
「んー! 美味しいね、これ」
「うん。また来てもいいな、ここ」
「そういう時は笑うんだよ! 演技練習の成果はどこいっちゃったんだか」
「あぇ、それは、まぁ……」
確かに、私は四条との演技練習でいくつかの表情を身につけることができた。だが、咄嗟にその演技が出せるかというと別だ。今でも鏡の前で練習することはあるが、前もって心構えをしておかないと難しい。微笑むとか、そういう少しの表情ならできているとは思うけど……
「これはまた演技叩き込まないとかなー?」
「さ、流石に勘弁かも……」
”怒り”や”悲しみ”の演技練習などもう二度とゴメンだ。あれをやっている時期がここ最近でぶっちぎりに辛かった。完成した絵に絵の具をぶちまけたときよりもずっと。
「あ、秋原、口元パンくずついてるよ」
「え、どこ」
「んっとね……」
四条が顔を近づけてきた。
「ちょ、近……!」
「だめ?」
「許可してない!」
「恋人の演技練習は?」
「許可する!」
まずい絵のためとはいえ勢いでとんでもないことを──
と思ったときにはずいっと、さらに四条の顔が近づいた。長いまつげに、やたら血色の良い唇。なにか、メイクをしているのか? いや、どうだろう。メイクもある種芸術や創作のはしくれだ。作り物であるなら、私の目は──というか、そんなことより……!
ぎゅ、と目を瞑った。また昨日みたいになるものだと思って、身体を強張らせると、口の横のあたりに柔らかい感触がやってきた。……ん?
「あっは、お口にキスされると思った?」
「……四条」
「怒ったんなら演技しなきゃ。無表情だよー?」
「屈んで」
命令口調で、四条の顔を私の前まで持ってこさせる。そのまま、四条の頭を抱えるようにしてホールドした。
「え」
有無を言わさず、私からキスをする。恋人の演技を習得するんだ。これくらい──
若干、四条の唇から甘い味がする。チョココロネのチョコ。ぬるくて溶けてて、味も薄い。けど、ほんのすこいだけ美味しい。くらえ、という思いで、もう一度キスをする。ちょっと唇ではむみたいにして、工夫もしてみる。そうだ、私は今日四条の本心を見に来たのだ。それがこういう行動の先にある恥じらいとか羞恥心とかだったとしても、私はそれでいい。彼女がその演技を保てなくなるくらいの感情を吹き出させて、それを見たい。
結果それを見ることが絵につながるかわからない。演技の練習にもならない。人の気持ちを汲めない私に意味はないかもしれない。それでも──
とん、と四条に弾かれた。
「わっ」
力が強い。普段私に触れるときは抑えているだけで、多分、四条とは滅茶苦茶な力の差がある。きっと、殴り合いになったらボコボコにされるんだろうな。そうならないことを祈るけど。
ぱっと四条の顔を見てみるが、そっぽを向いてしまっていた。口元すら抑えているので、耳元くらいしか見えない。……恥ずかしがってるのかな。いや、でも、昨日は四条からキスをしてきたんだ。勢いでキスをしちゃったけど、冷静に考えたら四条はこういうことに慣れてるんだ。演技だって一流。この程度で本心を見せたりしないか。
「…………」
「四条?」
反応がないので声をかけてみるが、返事もくれない。……やらかしたかも。ちょっと調子に乗りすぎた。回り込もうとしたところで、ようやく四条が振り向いた。同時に私の額にデコピンを食らわせてくる。
「あたっ」
「……ばか」
にへへ、と笑っている。よかった、いつもの四条だ。……いやよくない。本心を全く見られてない。完璧な演技派の四条だ。何も変わってない。
「痛いなら痛がらなくっちゃね?」
「無理だよ……そんな咄嗟にはできないって」
「じゃあ、もっと私と練習しなきゃね~?」
嘘でしょ。痛がる演技を習得するまで殴られるとかされるんじゃないの? ボコボコにされる、というのが現実味を帯びてきた。
「……絶対練習しないから」
「痛いのはいやか~」
「痛いのなんて誰でもいやでしょ」
「そうかな?」
残ったチョココロネを頬張りながら、四条はいつも通り微笑んだ。
「私は秋原にいじめられたら、嬉しいけどな~?」
からかってるな、こいつ。目が物語ってる。そして、私にわかるようそう演技しているのも気に食わない。
「……変態。将来DV彼氏にでも捕まっちゃえ」
「それはないね。私、人を見る目はあるから」
そうだ、それが、四条桜という人間だ。人を見る目を持って、人を魅せる術を持つ才女。
──なら、彼女から見て私はどう見えてるんだろうか。絵に全てを委ね、作品からでしか理解を示さない私。自分のことは客観的にみることができない。だから少し気になる。私は彼女にとっての才女なのだろうか、それとも愚かな醜女にも見えているのか。
……四条の隣に立つなら、少しくらいは身だしなみに気を遣うべきなのか? 恋人の演技も本格的に始まったことだし、もっと恋人らしいことをしてもいいのかもしれない。……私に務まるとは思えないけど。
チラと見ても、隣で笑う四条の口元には少しのチョコもついていなかった。いつもいつでも、演者のようなきれいな少女である。
何も考えずに書きまくってます。楽しい。
十秒前に完成したので推敲の”す”の字もありません。誤字脱字ご了承ください。逐次修正します。
次話はいつも通り未定です。
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